俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

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 グリシーヌホテルの名前が出た途端、目を見張った従業員たちを察知してか、侑李がそれとなく取りなした。そして彼が評した安心感は、この旅館がずっと大事に守り続けてきたことだ。それが伝わったのだと分かり、居合わせた従業員たちからホッと安堵した様子がうかがえた。それは深月も同じだったようだ。
 挨拶を終え部屋へと案内する為、荷物を抱えた馴染みの従業員が先頭を歩き出す。その後ろに侑李が続き、奈月も続こうとすると、すかさず深月が身体をくっつけて来た。

「イケメンじゃん!」

 囁くような音量だが、姉の興奮が伝わってくる。奈月の腕にしがみ付くかのように抱きついて来た深月に、奈月は苦笑した。

「出たよ、お姉ちゃんのミーハー発言」

「いや、だって、こんなイケメン初めて見たし」

「そりゃ、私だって」

「写真もらってたけど、実物の破壊力半端ない!」

 いつもは品行方正で高嶺の花と称される深月は、周りから大人しいと思われがちだ。だが、実際は感情豊か。ただ、興味がないことは全く関心を示さないので学生時代は大人しい、物静かな女性だと勘違いし、夢を見て告白する男子が後を立たなかった。そういう人たちは大抵、姉を言いなりになるタイプだと思っているので逆鱗に触れて、毒を吐かれ悲惨な目に遭う。そうでない時は樹かわざと悪役を買って出て、撃退していたものだ。

「良い人見つけたね、奈月。お姉ちゃんは鼻が高いよ」

「まだちょっとしか話してないのに、分かるの?」

「分かるわよ。それに、あんたを見る目が違うもの」

 そうだろうか、と奈月は前を行く侑李の背中を見る。今日はネイビーのシャツに白のチノパン姿の彼は、身長が高くて細身な身体をしている。でも、シャツの下は意外と筋肉質でガッチリとしているのを知っている。奈月を優しく包み込んでくれる、力強い男の人。

「あとはお母さんね」

「お父さんは?」

「連絡したけど、いつも通り音沙汰なし。今、どこにいるのやら……」

 堅実で厳格な母だが、意外にも父とは恋愛結婚だったという。写真家の父は海外を飛び回っていて、良く秘境と呼ばれる場所に行く為、携帯を持っていても電波の問題で連絡が取れないことはザラだった。

「ストッパーいないからどうなるか……メール見て、帰って来てくれると助かるんだけど……」

 口では早く結婚しろ、彼氏はいないのか、と言う母だがいざ相手を連れて来るとごねる。それは深月の時に経験済みだ。深月は跡継ぎという立場もあってのことだと思うが、迎えにも出てこないのは単に忙しいという理由だけではないだろう。

「奈月は侑李さんと同じ部屋でいいのよね?」

「あ、うん。構わない、けど?」

 本当は奈月も母屋にと思ったが、姉たち夫婦や子供たちで占領されている、と聞くとスペースを開けてもらうのも気が引けた。かといって、家族の前で彼氏と同じ部屋に泊まるというのも恥ずかしいのだが、別に部屋を取るのは旅館に迷惑かと考えた末の決断だった。

「部屋、桔梗の間にしたから、ゆっくりくつろいで」

「え? めっちゃ良い部屋じゃん?」

 桔梗の間はいわゆるジュニアスイート。露天風呂も完備している、結構人気な部屋だ。

「ちょうどキャンセルが出たのよ。それに決めたのはお母さんだから。料金は元々予約してくれた部屋のでいいって」

「え、でも……」

「良いのよ、甘えときなさい。お母さん、なんだかんだ小鳥遊さんに悪く思われたくないのよ」

 ウィンクして見せる深月に、奈月は微笑みを返す。

「こちらのお部屋です」

 先頭を歩いていた従業員が立ち止まり、中へと促す。そこで深月が腕を解いたので、奈月も侑李に続いて中へと入った。

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