俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

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 侑李と同棲してどれくらい経つだろう。一緒に暮らすと決めてから、徐々に荷物を引き上げてきて、今では彼の家に帰ることが当たり前になっている。
 もうそろそろ元のマンションを引き払うべきか、と思っていたある朝、彼が焼いてくれたトーストにかぶりついていると、ふと彼が言った。

「奈月さんは、地方の出身だったよね? お盆は帰省するの?」

 何気なく、といった様子でコーヒーを飲みながら尋ねられ、奈月は固まった。トーストを咥えたまま動かなくなったため、侑李が何度か目を瞬かせる。

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 かじったトーストを咀嚼しながら、頭に浮かんだのは母のこと。そういえば最近、恐ろしいくらいに連絡がない。いつもならこっちが忙しくても、不在着信が山ほど入っていてもおかしくない頃だ。

「ご実家はどこ?」

「福岡です」

「じゃあ、帰るなら飛行機かな?」

 読んでいた経済新聞を畳みながら、侑李はちょっと考えるように宙を見る。

「奈月さんのご両親にご挨拶を、と思ってるんだけど……お盆は忙しいかな?」

「へ?」

 侑李の言葉に奈月は素っ頓狂な声を上げる。確かに、プロポーズされたし、指輪ももらったし、同棲だってしてる。いずれはお互いの親に挨拶を、という流れになることは分かっていたけど、こんなに早くていいんだろうか。

「奈月さんは、気が進まない?」

「いえ、そんなことは……」

 気が進まない、なんてそんなことはない。結婚したい、子供が欲しいという思いで街コンに参加したくらいなのだ。彼の気持ちは嬉しいし、願ってもないこと。ただ、あの母が何と言うだろう。

「侑李さんのご実家は?」

「都内だよ。ただ、父はすでに他界したし、母は忙しい人で……連絡はしても、いつ捕まるかは」

「そうなんですか」

 そういえば、彼の家庭のことは初めて聞く。これまでそうした踏み込んだ話はしなかったな、と改めて思った。

「あ、弟ならすぐ会えるな」

「弟さんがいるんですね」

「うん、3つ下。奈月さんは兄弟いる?」

「姉が。私の方は一つ上です」

「そうか。そういえば、お互いの家族の話って、初めてしたね」

 にっこりと笑う侑李も、同じ思いだったようだ。こういう話ができると、親密度が上がるような気がするから不思議だ。

「侑李さんはお盆に集まったりはないんですか?」

「ないな。お墓参りには行くけど。奈月さんのところは?」

「集まります。でも……家業が忙しいので、ほぼそっちの手伝いになりますね」

「家業……お家はお店を?」

「あ、はい」

 コーヒーを一口飲んで、そういえば実家の話もしたことなかったのだな、と気付いた。

「あの……実は、旅館なんです」

「旅館?」

「山間のところで、温泉があって、景色も良くて。ただ、交通の便があまり良くないんですけど」

「お客様の入りは?」

「上々です。送迎バスも出してますし、常連さんが多くて。今は姉が旦那さんと切り盛りしてます」

 姉が結婚したのはもう7年前になるだろうか。幼馴染で奈月もよく知る男性とは、高校生の頃から付き合っていて、彼は三男だったこともあって、とんとん拍子に話が進んだ。今は、板前として厨房に立ちながら、姉を支えてくれている。
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