38 / 96
7-4
しおりを挟む
入院の手続きが終わると、次は警察がやって来た。上司の万里江とバトンタッチした奈月は、亜也の入院準備のため鍵を預かり病院を出た。その道すがら、奈月はモヤモヤした気持ちを持て余していた。
彼女の事故は単なる不注意ではない。一頻り泣いた後、戻ってきた万里江も加わりゆっくり説得し、ようやく聞き出した真実。ポツリポツリと話してくれた彼女の苦痛の表情に、奈月たちは頷きながら聞き役に徹した。ただ、その内容は奈月たちの手に負えるものではなかった。
だが、警察に任せるべきだとどれだけ説得しても、彼女はなかなか首を縦に振らなかった。彼女が嫌がる以上無理強いはできないが、このままでいいとは思えない。実家の方にも一応連絡は入れたが、すぐには来ることは難しいだろう。奈月も彼女と同じく地方の出身だ。何かあった時、頼れる人がすぐ近くにいないというのは不安なものだ。だからこそ、支えになってあげたいと思うのだが。
きちんと整理整頓された亜也の部屋は、オレンジなど明るい色でまとめられていて亜也らしさが溢れていた。事前に彼女から聞いたタオルや服の場所から見繕い、途中で寄った奈月の家から持ってきた紙袋に詰めていく。最後に戸締りを確認し、また病院へと戻る。警察は一旦帰ったらしく、病室には疲れて眠っている亜也と、万里江の姿だけがあった。
「香山、ありがとうね」
「いえ……先輩、真壁さんは……」
力なく首を振り、亜也の髪を撫でている万里江に奈月は唇を噛む。万里江は奈月の入社当時からの先輩だ。彼女から営業のノウハウを学び、一緒に勝ち取った案件も何件もある。彼女が主任ねなってからも一緒に仕事をし、奈月が亜也の指導に当たることになった時にはいろいろと相談に乗ってもらった。部長に昇進してからは、フロアが別になったこともありなかなか会えなくなったが、ことあるごとに飲みに行ったり差し入れをもらったりしている。
奈月が万里江に頼っているように、自分も亜也に頼られる心強い存在になれたら、と思っていただけに、今回のことはショックだった。
「すみませんでした。真壁さんの異変に、私、気付かなくて」
「香山のせいじゃない。私だって気付かなかったもの。まさか、真壁がこんなことになるまで悩んでたなんて」
ため息をつきながら亜也を見つめる万里江の瞳は、どこか母親のような温かみを感じさせた。2人は眠る亜也を起こさぬよう、荷物を片付けて廊下に出る。
「私が残るから、香山は帰りなさい」
「ですが……」
「あんたも酷い顔してる。これはあんたの責任じゃないんだから、そんな顔しなさんな。真壁だって、あんたがそんな感じじゃ、逆に責任感じちゃうよ」
バシッと背中を叩かれて、痛みに息が詰まる。だが、万里江の言う通りだ。傷付き、悩んでいるのは亜也であって、奈月がどんなに心を痛めようと本人がどうするかが重要だ。
「この件は私たちだけじゃどうしようもない。本人がいくら否定しても、現場を見ていた人の証言だってある。あとは警察に任せるしかないよ」
「はい」
亜也の事故は多数の目撃者がいる。それらの証言によって、単なる不注意ではない、第三者が絡んだ事件として扱うことになると警察の人が話していた。あとは、被害者である亜也が被害届を出すか否かによって、状況が変わってくるらしい。
彼女の事故は単なる不注意ではない。一頻り泣いた後、戻ってきた万里江も加わりゆっくり説得し、ようやく聞き出した真実。ポツリポツリと話してくれた彼女の苦痛の表情に、奈月たちは頷きながら聞き役に徹した。ただ、その内容は奈月たちの手に負えるものではなかった。
だが、警察に任せるべきだとどれだけ説得しても、彼女はなかなか首を縦に振らなかった。彼女が嫌がる以上無理強いはできないが、このままでいいとは思えない。実家の方にも一応連絡は入れたが、すぐには来ることは難しいだろう。奈月も彼女と同じく地方の出身だ。何かあった時、頼れる人がすぐ近くにいないというのは不安なものだ。だからこそ、支えになってあげたいと思うのだが。
きちんと整理整頓された亜也の部屋は、オレンジなど明るい色でまとめられていて亜也らしさが溢れていた。事前に彼女から聞いたタオルや服の場所から見繕い、途中で寄った奈月の家から持ってきた紙袋に詰めていく。最後に戸締りを確認し、また病院へと戻る。警察は一旦帰ったらしく、病室には疲れて眠っている亜也と、万里江の姿だけがあった。
「香山、ありがとうね」
「いえ……先輩、真壁さんは……」
力なく首を振り、亜也の髪を撫でている万里江に奈月は唇を噛む。万里江は奈月の入社当時からの先輩だ。彼女から営業のノウハウを学び、一緒に勝ち取った案件も何件もある。彼女が主任ねなってからも一緒に仕事をし、奈月が亜也の指導に当たることになった時にはいろいろと相談に乗ってもらった。部長に昇進してからは、フロアが別になったこともありなかなか会えなくなったが、ことあるごとに飲みに行ったり差し入れをもらったりしている。
奈月が万里江に頼っているように、自分も亜也に頼られる心強い存在になれたら、と思っていただけに、今回のことはショックだった。
「すみませんでした。真壁さんの異変に、私、気付かなくて」
「香山のせいじゃない。私だって気付かなかったもの。まさか、真壁がこんなことになるまで悩んでたなんて」
ため息をつきながら亜也を見つめる万里江の瞳は、どこか母親のような温かみを感じさせた。2人は眠る亜也を起こさぬよう、荷物を片付けて廊下に出る。
「私が残るから、香山は帰りなさい」
「ですが……」
「あんたも酷い顔してる。これはあんたの責任じゃないんだから、そんな顔しなさんな。真壁だって、あんたがそんな感じじゃ、逆に責任感じちゃうよ」
バシッと背中を叩かれて、痛みに息が詰まる。だが、万里江の言う通りだ。傷付き、悩んでいるのは亜也であって、奈月がどんなに心を痛めようと本人がどうするかが重要だ。
「この件は私たちだけじゃどうしようもない。本人がいくら否定しても、現場を見ていた人の証言だってある。あとは警察に任せるしかないよ」
「はい」
亜也の事故は多数の目撃者がいる。それらの証言によって、単なる不注意ではない、第三者が絡んだ事件として扱うことになると警察の人が話していた。あとは、被害者である亜也が被害届を出すか否かによって、状況が変わってくるらしい。
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる