俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

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 入院の手続きが終わると、次は警察がやって来た。上司の万里江とバトンタッチした奈月は、亜也の入院準備のため鍵を預かり病院を出た。その道すがら、奈月はモヤモヤした気持ちを持て余していた。
 彼女の事故は単なる不注意ではない。一頻り泣いた後、戻ってきた万里江も加わりゆっくり説得し、ようやく聞き出した真実。ポツリポツリと話してくれた彼女の苦痛の表情に、奈月たちは頷きながら聞き役に徹した。ただ、その内容は奈月たちの手に負えるものではなかった。
 だが、警察に任せるべきだとどれだけ説得しても、彼女はなかなか首を縦に振らなかった。彼女が嫌がる以上無理強いはできないが、このままでいいとは思えない。実家の方にも一応連絡は入れたが、すぐには来ることは難しいだろう。奈月も彼女と同じく地方の出身だ。何かあった時、頼れる人がすぐ近くにいないというのは不安なものだ。だからこそ、支えになってあげたいと思うのだが。
 きちんと整理整頓された亜也の部屋は、オレンジなど明るい色でまとめられていて亜也らしさが溢れていた。事前に彼女から聞いたタオルや服の場所から見繕い、途中で寄った奈月の家から持ってきた紙袋に詰めていく。最後に戸締りを確認し、また病院へと戻る。警察は一旦帰ったらしく、病室には疲れて眠っている亜也と、万里江の姿だけがあった。

「香山、ありがとうね」

「いえ……先輩、真壁さんは……」

 力なく首を振り、亜也の髪を撫でている万里江に奈月は唇を噛む。万里江は奈月の入社当時からの先輩だ。彼女から営業のノウハウを学び、一緒に勝ち取った案件も何件もある。彼女が主任ねなってからも一緒に仕事をし、奈月が亜也の指導に当たることになった時にはいろいろと相談に乗ってもらった。部長に昇進してからは、フロアが別になったこともありなかなか会えなくなったが、ことあるごとに飲みに行ったり差し入れをもらったりしている。
奈月が万里江に頼っているように、自分も亜也に頼られる心強い存在になれたら、と思っていただけに、今回のことはショックだった。

「すみませんでした。真壁さんの異変に、私、気付かなくて」

「香山のせいじゃない。私だって気付かなかったもの。まさか、真壁がこんなことになるまで悩んでたなんて」

 ため息をつきながら亜也を見つめる万里江の瞳は、どこか母親のような温かみを感じさせた。2人は眠る亜也を起こさぬよう、荷物を片付けて廊下に出る。

「私が残るから、香山は帰りなさい」

「ですが……」

「あんたも酷い顔してる。これはあんたの責任じゃないんだから、そんな顔しなさんな。真壁だって、あんたがそんな感じじゃ、逆に責任感じちゃうよ」

 バシッと背中を叩かれて、痛みに息が詰まる。だが、万里江の言う通りだ。傷付き、悩んでいるのは亜也であって、奈月がどんなに心を痛めようと本人がどうするかが重要だ。

「この件は私たちだけじゃどうしようもない。本人がいくら否定しても、現場を見ていた人の証言だってある。あとは警察に任せるしかないよ」

「はい」

 亜也の事故は多数の目撃者がいる。それらの証言によって、単なる不注意ではない、第三者が絡んだ事件として扱うことになると警察の人が話していた。あとは、被害者である亜也が被害届を出すか否かによって、状況が変わってくるらしい。
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