俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

5-3

　別に一人の時を狙った訳ではない。だが、楽しそうな他の参加者を微笑みながら見守る彼女に、つい声をかけていた。できるだけ、変に思われないように。あくまで主催側の人間として接しようと、言葉を探す。

「ご気分が優れませんか？」

「あ、いえ……」

　慌てて壁にもたれていた背を伸ばす彼女の声に、心臓が鷲掴みにされた気がした。女性らしい高い、ハリのある声。凛とした響きを持って耳に届いた彼女の声を、もっと聞きたいと思った。
　突然声をかけたからか、バランスを崩しフラついた彼女に反射的に伸ばした手。腕の中にすっぽりと収まった彼女に、心臓が高鳴る。

「……大丈夫ですか？」

　一瞬、声をかけるのに間が生まれたのは、彼女から仄かに香るいい匂いに酔ったから。香水とは違う、清潔感のある香り。柔軟剤か、シャンプーか分からないが、清々しい香りだ。

「すみません……ごめんなさい、ワインが」

　体制を立て直した彼女から謝罪の言葉を受けて、侑李はジャケットにワインがかかったことを知る。別にこれくらいなんて事はない。だが、彼女は気にしたらしく、クリーム色のハンカチを取り出した。その手をやんわりと止める。
　心底申し訳なさそうな彼女から多大な謝罪を受け、こっちも申し訳なくなってくる。スーツがグレーだから赤いワインが目立ってしまうだけなのに。しかも、侑李の名札を見て運営側の人間だと悟った彼女は、さらに萎縮してしまった。
　街コンは初めてで慣れていないのだと、謝らなくてもいいのに謝り続ける彼女が気の毒になり、いらないことを言ってしまったが、結果的に彼女の笑顔が見れた。会場に入る前に垣間見た横顔。それを今度は真正面から見れて、侑李の心臓がうるさいくらいに音を立てる。彼女に聞こえてしまうのではないだろうか、と心配になるくらいだが、顔には出さないように筋肉を総動員して表情を作る。でないと、ニヤけてしまいそうだった。
　だが、結局は街コン参加者と主催側の人間。立場を利用した形で、彼女の名前が『香山奈月』というのだと知っただけで、それ以上を望むのは立場上、どうかと思う。だが、神様はいるらしい。
何故か帰らずにいた彼女を見つけた時は心が弾んだ。だが、彼女に声をかける男性を見た途端、胸に沸いたドス黒い感情。笑顔だが、どことなく事務的な受け答えをする彼女が後退るのが分かった時、侑李の身体は自然と動いていた。