俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

文字の大きさ
上 下
13 / 96

2-6

しおりを挟む
「は、はぁっ!? 婚約破棄された!?」
「ちがっ、まだ、まだ書類に印は押してないもの! 不成立よっ」
「それもう最終勧告受けてるじゃない」

 動揺した私が婚約破棄合意書と共に駆け込んだのは、もちろん友人であるエリーの家、フィオリ伯爵家である。

 いつもは塩対応で私の話をほとんど全部聞き流しているエリーだが、流石に予想外だったのか珍しくお気に入りの読書を止めて私の方へと向き直ってくれた。
 
「で、なんでそんなことになったのよ?」
「エリーに借りた小説の真似をしたら……」
「創作物は創作物って言ったでしょう!? で、なにやらかしたの」
「き、君を愛するつもりはないって言いました」
「バカ決定」

 はぁ、と思い切りため息を吐きながら頬杖をつき呆れた顔を向けられた私は思わず俯いてしまう。
 
「大体私は、三角関係の本で大人の余裕を、平民からの逆転劇で健気に思い続ける大切さを学んでほしかったのよ」
「君を愛することはない、は?」
「そんなバカなことをしないようにの釘さし」
「うぐっ」

 まさかあの一瞬でそんな意図を込めて本をピックアップしてくれていたとは。
 そしてその一冊を選んでしまうとは。

 自分の浅はかさに思わず頭を抱えてしまう。

「そもそも、『君を愛することはない』は最終的に溺愛する側が言うセリフなの」
「はい」
「コルン卿に愛されたかったならアリーチェが言うセリフではないわ」
「はい」
「むしろ好感度を下げるだけよ」
「……はい」

 辛辣な、だが事実であることを指摘されて項垂れた私だったが、ここであっさりとコルンを諦めたくはない。

“だってこんなに好きなんだもの”

 もう嫌われてしまったかもしれないし、最初から私のことなんて少しも好きじゃなかったからこんな書類を用意していたのかもしれないが……それでも、まだ私は自分の力では何も頑張っていないのだ。

「婚約はお父様頼みだったし、それに毎日ただただ彼へとつきまとうことしかしてなかったわ」
「あら、それはいい気付きね」
 

 努力をしよう。私はそう思った。

 貴族の子女が通う学園でも、トップクラスの成績常連のエリーに比べ私は中。
 それも限りなく下のカテゴリーに近い中という学力。

“まずはわかりやすくそういった数字が出るものから頑張ろう”

 不器用だからと避けていた刺繍もやってみよう。

「もう受け取ってはくれないかもだけど……」

 それでも、今までの私から変わりたい。

“コルンが私を好きだったなら、こんな書類を用意しているはずはない。それに私の言葉にだってもっと他の言葉をくれたはずだわ”

 愛することはない、なんてセリフにあっさりと納得して受諾してしまったのだ。
 きっとそういうことなのだろう。

「だからせめて、好かれる努力をしたいわ」

 自分磨きならコルンへ迷惑はかけないし、騎士として努力している彼に釣り合うようになりたい。
 そうして少しでも成長したら、もう一度だけ彼に告白しよう。

“振られてしまったらちゃんと諦めてこの書類も提出するわ”

 だからもう少しだけ、彼の婚約者でいさせてください。
 自分勝手だとはわかっているけれど、私はそっと婚約破棄合意書を仕舞ったのだった。


 
 それからの私は頑張った。
 なんだかんだで面倒見のいいエリーに勉強を見て貰い、先生へも積極的に質問をしに行った。

 エリーには迷惑をかけているが、「人に教えられるということはそれだけ私の身になっているということよ。復習にもなるし構わないわ」なんて素直じゃない言い方で私を応援してくれている。

“今度エリーの読んだことのない本を取り寄せなくちゃ”

 私はとても友人に恵まれている。
 そして彼女のお陰もあって私の成績はかなり上がった。
 中の上……いや、上の下と言ってもいいくらいには上がった。

「この調子で頑張ればもう少し上を目指せそうだわ」

 コルンに会いたくなる気持ちを必死に堪え、演習場に通っていた時間を勉強へと費やした甲斐がある。


 それに刺繍も始めた。
 母に習い名前を刺繍するところから始めたが、出来は酷いものだった。

“でもいつか、家紋とか入れられるようになれば”

 名前ですら手こずっているのに文字と絵柄が複雑に絡み合っている家紋を刺繍出来る日が来るかは正直怪しいが、いつか彼が第四騎士団から第一騎士団まで出世する頃までには習得したい。

「その頃はもうコルンと婚約者同士ではないかもしれないけれど」

 それでもきっとコルンは優しいから、受け取ってはくれるだろう。

 
 
「アリーチェってどうしてそこまでコルン卿に執着してるのよ」

 放課後自主勉をするために訪れた学園図書館で、エリーにそう聞かれ思わず苦笑する。

「一目惚れ!」
「はぁ? 顔が好みってだけで今こんなに頑張ってるの? まぁ勉強することは悪いことじゃないけど」

 呆れたようなエリーの声色につい私は吹き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

溺愛社長の欲求からは逃れられない

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛社長の欲求からは逃れられない

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。 一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感! ◆Rシーンには※印 ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます ◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

処理中です...