俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

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 スーツのシミ抜きのために、奈月はジャケットを預かってその場で帰るつもりでいた。ところが。

「どうぞ」

 ドアを開けた侑李が笑顔でこちらを振り返る。戸惑いながらも促されるまま部屋に入った奈月は、完全に萎縮していた。
 男性の家に入るなんて人生初だ。人の家をジロジロ見るものではないと思うが、視線をどこに持っていけばいいか分からず、ついキョロキョロしてしまう。おまけに、彼の住むタワーマンションは、入口にコンシェルジュがいて、部屋もとてつもなく広い。奈月の部屋の何倍だろう、と考えかけて虚しくなってやめた。

「あ、では、洗面所をお借りします」

「こちらです」

 とにかく、やることやってさっさとお暇しよう。そう決めて、侑李が開けてくれた玄関脇の部屋に入る。だが、その広さに圧倒され奈月はポカンとしてしまった。

「お茶、淹れてきますね」

「あっ、どうぞお構いなく!」

 背後から聞こえた声に慌てて振り返るが、既に彼の姿はない。足が長いから歩幅が広いのか。足音も大してしなかったのに、足が早い。
 立て続けに驚きすぎて、頭がついていかない。こんなにテンパるのは本当にいつぶりだろう。とにかく落ち着かなくては。そう思いながら、奈月は肩から下ろしたバッグを探る。
 奈月のバッグはいつもパンパン。 A4ファイルが余裕で入るサイズ感とポケットが多い機能性が気に入っている。さすがに休日はもっとデザイン性のあるバッグに変えるけれど、大きさはあまり変わらない。今の流行りは小さいバッグらしいけれど、物が多い奈月は使いこなせる自信はない。
 お気に入りの猫柄の化粧ポーチとハンドタオルを取り出し、洗面台に向かう。淡いクリーム色の洗面台はピカピカで気後れするが、やらなければ終わらない。ここからは時間との勝負だ。
 化粧ポーチの中から一本のペンを取り出す。洗面台に広げたジャケットに付いたシミの場所を確認して、ハンドタオルをその部分に当てる。そしてひっくり返し、裏側からペンで万遍なく叩いていった。

「ペン……?」

 集中していたせいで、耳元で聞こえた声に飛び上がりそうになる。ふと見ると、洗面台の端に大きな手が見えた。
 いつの間に側に来ていたのだろう。全く気が付かないほど集中していたらしい自分に驚く。

「シミ取りペンです」

「シミトリペン?」

 聞き慣れない言葉だったのだろう。カタコトの様に言うから、思わず笑ってしまった。

「名前の通り、シミを取るペンなんですよ。ここに薬剤が入ってて、シミの部分を叩いて布から追い出す感じで叩くんです」

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