7 / 96
1-7
しおりを挟む
そこでようやく、指先が冷えていることに気付いた。こんなこと、慣れたものだと思っていたけれど、恐怖は感じていたようだ。今になって震えが沸き上がってくる。
「本当に、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です、ちょっと驚いて……」
自分で自分を抱き締めるように腕を回す。その様子に気付き、声をかけてくる彼に笑ってみせながら、深く息を吐いた。と、視線を下げたことで、彼が手にしているジャケットに目が止まる。
「あ、それ……」
折り畳んで手に持っているそれは、奈月がワインで汚してしまったジャケットだ。奈月の視線を追った彼が、ああと微笑む。
「あの、やっぱりクリーニング代を……」
「いえ、大丈夫ですから」
財布を取り出そうとするが、やんわりと止められる。だが、このまま何もせずに別れるのはどうなのだろう。たぶん、このまま二度と会わなくなる相手だ。だからこそ、何かせずにいられないと思ってしまう。
「なら、せめてシミ抜きをさせていただけませんか?」
「え?」
「あ、でも高いスーツは下手に手を出さない方がいいのかな……」
染み抜きで生地を痛めることもある。仕事柄、自分のスーツに付いた多少のシミなら自分で対処する術はあるが、奈月のスーツはそんなに高いものでもない。
すると、頭上から抑えた笑い声が聞こえてきた。その声につられて顔を上げると、彼が顔を背けながら口許に拳を押し当てているのが見えた。
「すみません、笑ってしまっては失礼ですね」
喉でクックと笑っている小鳥遊の顔が心底楽しそうで、思わず魅入ってしまう。でも、途端に恥ずかしさが込み上げて、頬がカッと熱くなった。
「すみません、アホなこと口走ってますね、私」
一人でグルグル考えてしまうのは奈月の悪い癖だ。会社で主任になってからはテンパることはなくなっていたというのに、恥ずかしい。
すると、奈月の前にグレーのジャケットが差し出された。見上げた先で、彼が微笑む。
「では、お言葉に甘えてお願いしても?」
「あ……はい。喜んで」
イケメンの笑顔は破壊力が抜群だ。ジャケットを受け取った奈月は、彼につられて笑みを浮かべた。
「本当に、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です、ちょっと驚いて……」
自分で自分を抱き締めるように腕を回す。その様子に気付き、声をかけてくる彼に笑ってみせながら、深く息を吐いた。と、視線を下げたことで、彼が手にしているジャケットに目が止まる。
「あ、それ……」
折り畳んで手に持っているそれは、奈月がワインで汚してしまったジャケットだ。奈月の視線を追った彼が、ああと微笑む。
「あの、やっぱりクリーニング代を……」
「いえ、大丈夫ですから」
財布を取り出そうとするが、やんわりと止められる。だが、このまま何もせずに別れるのはどうなのだろう。たぶん、このまま二度と会わなくなる相手だ。だからこそ、何かせずにいられないと思ってしまう。
「なら、せめてシミ抜きをさせていただけませんか?」
「え?」
「あ、でも高いスーツは下手に手を出さない方がいいのかな……」
染み抜きで生地を痛めることもある。仕事柄、自分のスーツに付いた多少のシミなら自分で対処する術はあるが、奈月のスーツはそんなに高いものでもない。
すると、頭上から抑えた笑い声が聞こえてきた。その声につられて顔を上げると、彼が顔を背けながら口許に拳を押し当てているのが見えた。
「すみません、笑ってしまっては失礼ですね」
喉でクックと笑っている小鳥遊の顔が心底楽しそうで、思わず魅入ってしまう。でも、途端に恥ずかしさが込み上げて、頬がカッと熱くなった。
「すみません、アホなこと口走ってますね、私」
一人でグルグル考えてしまうのは奈月の悪い癖だ。会社で主任になってからはテンパることはなくなっていたというのに、恥ずかしい。
すると、奈月の前にグレーのジャケットが差し出された。見上げた先で、彼が微笑む。
「では、お言葉に甘えてお願いしても?」
「あ……はい。喜んで」
イケメンの笑顔は破壊力が抜群だ。ジャケットを受け取った奈月は、彼につられて笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる