俺が好きなのはあなただけ〜恋愛初心者は極上男子の腕の中〜

鈴屋埜猫

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 ため息は飲み込み、顔を上げて奈月は人混みに逆らって歩き出した。靴音を響かせながら、自社ビルの入口で社員証をかざし中に入る。

「あれ、主任。直帰じゃなかったんですか?」

 ビルの4階フロアに入ると、終業時間を過ぎた頃ということもあり、ちらほらと帰り支度をしている人の姿がある。その中で奈月の姿を見つけて声をかけてきたのは、後輩の真壁亜也まかべあや。彼女は奈月が初めて教育係を勤めた相手で、今は直属の部下の一人だ。クリクリとした大きな瞳が印象的な彼女は、奈月に懐いてくれていて、奈月も妹のように感じている。
 彼女はこれから帰る所なのだろう。パソコンの電源を落とし、バッグに荷物を詰め込んでいる所だった。

「ちょっと書類を取りにね」

「また持ち帰りですか? 仕事し過ぎですよ」

 むぅ、と頬を膨らませる亜也に笑いながら目当ての書類を探す。それをバッグに入れていると、亜也があっと声を上げた。

「そうだ、主任。今からお時間あります?」

「え? 特に用はないけど……」

 今日は金曜日。土日休みの仕事のため、あとは帰るだけだ。たまに飲みに行く仲でもあるため、その誘いかと思っていると、亜也は何故かウキウキしながら携帯の画面を見せてくる。

「これ、行きません?」

「……何これ」
 見せられた画面に自然と眉が寄る。一面ピンクに染まった画面に散りばめられた無数のハート。その中央には男女が楽しげに会話する写真と、街コンという文字。

「今から行くんですけど、一緒に行くって約束してた友達が行けなくなっちゃって」

「それで、私?」

「主任って、今、彼氏さんいませんでした、よね?」

 おずおずと聞いて来た亜也に、奈月は苦笑いを浮かべる。

「彼氏なんかいたことないわよ」

「でも、欲しいんですよね?」

 奈月の返答に、亜也が食い気味に言葉を続けた。身長が低い亜也に上目遣いで見つめられると心が揺れる。彼女は最近24歳の誕生日を迎えたばかり。ちょうど奈月の母が彼女を産んだ頃だ。
可愛らしく見上げてくる亜也を甘え上手だな、と思いながら奈月は亜也の頭をポンポンと撫でる。よくあざといと他の女子社員に陰口を叩かれてしまう彼女だが、この可愛さが真似できそうにない奈月は感心してしまう。これでコロッといってしまう男性たちの気持ちが分かるような気がした。

「分かった。行きましょ」

「やった! ありがとうございます!」

 正直、合コンやら街コンやらに参加した経験がないから、不安でしかない。でも、可愛い部下の頼みを無下に断ることは奈月にはできなかった。
 それに、母とのこともある。あの調子では、次に控えている盆休みに見合いをセッティングされかねない。そうなる前に何か手を撃たねばなるまい。
 果たして街コンとやらで相手が見つかるかは不明だが、出会いの場は日常の中に早々ないのだ。ならば自分で作るより他にない。これもいい機会だ。
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