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出先から会社へと足早に向かっていると、肩にかけたバッグから感じた違和感。マナーモードにしているスマホが震えている。立ち止まって取り出したスマホの画面を見て、ため息が出た。だが、出ないわけにはいかず、香山奈月は画面を操作した。
「は……」
『奈月? あなた何してたの?』
耳に当てた途端、聞こえてきた甲高い声に思わず耳を離す。こちらの言葉など聞かず、第一声がこれである。いつもながらこっちの都合はお構いなしだな、と奈月は内心うんざりしながら、あくまで冷静さを保った声で応じた。
「仕事よ、お母さん」
独り暮らしを始めてもう何年だろう。ある意味過保護な母により、大学卒業まで実家から出ることが許されず、毎日毎日お小言をもらいながら生活することにうんざりだった。就職も地元で、と言われていたのを何とか振り切り、ようやく解放されたと思ったら、今度は頻繁に電話がかかってくる。日中は仕事だから出れないと言っている
のに、少しでも電話に出れないとこれだ。
『仕事、仕事って。あなた、今、彼氏は? 結婚はするつもりなのよね?』
そして二言目がこれ。
母の心配は分かる。今年、20代最後を迎える娘が心配なのだろう。結婚して出産することを考えたら、早い方がいいというのも分かっている。奈月だって、結婚したくないわけではないのだ。子供だって欲しい。でも、相手がいないのだから、仕方がないじゃないかと思う。
「うん、でもお母さん」
『でも、じゃありません! お相手がいないなら、お見合いでもなんでもしなさい。来年は30歳でしょう。お母さんがあなたを産んだのは……』
「ごめんお母さん、バスが来たから。また連絡する」
はじまりかけたいつものお小言を遮り、奈月は小さな嘘をついた。まだ電話口で捲し立てている母を無視して、奈月は電話を切る。そのまま電源も落として、バッグに押し込んだ。
母が奈月を産んだ年を越えたのはもう5年前か。結婚についての話題が出た時は、大抵話が長くなるし、その後に続くのは8年前に結婚した姉のこと。4人の子持ちとなった姉、深月は容姿端麗、成績も優秀で奈月の自慢の姉であるが、ことあるごとに比べられるのでさすがに参ってしまう。早々に打ち切るのが一番。
「は……」
『奈月? あなた何してたの?』
耳に当てた途端、聞こえてきた甲高い声に思わず耳を離す。こちらの言葉など聞かず、第一声がこれである。いつもながらこっちの都合はお構いなしだな、と奈月は内心うんざりしながら、あくまで冷静さを保った声で応じた。
「仕事よ、お母さん」
独り暮らしを始めてもう何年だろう。ある意味過保護な母により、大学卒業まで実家から出ることが許されず、毎日毎日お小言をもらいながら生活することにうんざりだった。就職も地元で、と言われていたのを何とか振り切り、ようやく解放されたと思ったら、今度は頻繁に電話がかかってくる。日中は仕事だから出れないと言っている
のに、少しでも電話に出れないとこれだ。
『仕事、仕事って。あなた、今、彼氏は? 結婚はするつもりなのよね?』
そして二言目がこれ。
母の心配は分かる。今年、20代最後を迎える娘が心配なのだろう。結婚して出産することを考えたら、早い方がいいというのも分かっている。奈月だって、結婚したくないわけではないのだ。子供だって欲しい。でも、相手がいないのだから、仕方がないじゃないかと思う。
「うん、でもお母さん」
『でも、じゃありません! お相手がいないなら、お見合いでもなんでもしなさい。来年は30歳でしょう。お母さんがあなたを産んだのは……』
「ごめんお母さん、バスが来たから。また連絡する」
はじまりかけたいつものお小言を遮り、奈月は小さな嘘をついた。まだ電話口で捲し立てている母を無視して、奈月は電話を切る。そのまま電源も落として、バッグに押し込んだ。
母が奈月を産んだ年を越えたのはもう5年前か。結婚についての話題が出た時は、大抵話が長くなるし、その後に続くのは8年前に結婚した姉のこと。4人の子持ちとなった姉、深月は容姿端麗、成績も優秀で奈月の自慢の姉であるが、ことあるごとに比べられるのでさすがに参ってしまう。早々に打ち切るのが一番。
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