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十
しおりを挟む「暁が申したように、妾たちは「天狐」と呼ばれる種族です」
縁側から奥へと移動した綾野は、火鉢にかけていた鉄瓶を取ると二人分のお茶を淹れる。その所作の美しさに見惚れていると、芳ばしいお茶の香りが鼻をくすぐった。
「妾たちも本来は柚葉たちと同じく狐の姿です。ですが、狐の姿になることはもうほとんどありません」
「では、ずっと人の姿なのですか?」
「ええ。まぁ、例外はありますけれど。柚葉たちと違いますのは、「天狐」として生まれたかどうか、ですわ」
温かな湯気を上らせる茶器を手に、綾野は縁側で字の練習を続ける少女たちに視線をやる。由奈もその視線を追って見やると、柚葉の背後に尻尾があるのに気付いた。どうやら字を書くことに夢中で、変化が解けているらしい。
「あの子たちは「天狐」の一族ではありませんの。元は野良の狐。それが何らかの事情で妖力を持ち、妾たちが保護したのです」
「何らかの事情……」
「一人一人様々ではありますが、例えば柚葉は人間が好きでよく里に降りていましたの。最初の内は良かったのですが、中には心ない仕打ちをする者がいて、餌を与えるふりをして彼女を捕まえ、酷い仕打ちを」
由奈たちの視線に気付いたのか、柚葉が顔を上げる。そして、由奈と目が合うと嬉しそうに微笑み、何事か書いた紙をこちらに見せるように掲げた。だが、残念ながら字が読めない由奈は、何が書いてあるのか分からない。
「瀕死の状態になりながら、それでもあの子は人間が好きで好きで堪らなかったようで、その思いを抱えたまま妖狐になりました。この世に残した悔恨。それが強いほど、ただの狐に力を与えます。そして死にきれず、妖力を得て妖狐と成り果てる」
再び書き物を始めた柚葉を見て、綾野は息を吐く。
「妖狐となった者が術師に見つかれば、妖怪として払われるか、手先にされ苦しむことになります。それ故、妾たちは彼女たちを保護し、身を守る術を教えるのです。彼女たちが望むなら、ここから出ることも許します。寂しいですけれどね」
「綾野さまは、彼女たちの母親のような存在なのですね」
「そうなれればいいと思いますわ」
視線を合わせた由奈たちは、どちらからともなく微笑み合う。
「由奈さま、ここまで聞いて、妾たちが恐ろしくはございませんか?」
「え?」
「妾たちは人の成りをしているだけの化け狐です。そんな中に突然連れて来られて……」
「そう、ですね……」
不安そうに眉を寄せる綾野の問いかけに、由奈は考える。だが、その心に不思議と恐れはなかった。
「驚きましたけど、すごいなぁ、というのが強くて」
「すごい?」
「だって、本当に人間にしか見えません。柚葉さんは耳と尻尾が出ていたから辛うじてそうかも、とは思いましたけど。でも、狐の姿になったのを見た時も、恐いとか思いませんでしたから」
微笑んで答えた由奈に、一瞬ポカンとした綾野は、途端に笑い出す。その声に、書き物をしていた二人も驚いてこちらに視線を向けた。
「ふふっ、申し訳ございません。でも、おかしくて……」
「私、おかしなこと言いました……?」
「いいえ、違うんです……由奈さまの方がすごいですわ。弟が惚れてしまった理由が解った気がいたします」
「? どういう……?」
一頻り笑った綾野は、目尻に浮かんだ涙を拭った。
「由奈さま。あなたさまをこちらに「花嫁」として招いた理由ですけれど、それは直接弟にお聞きくださいな。あなたさまを選んだのは、弟ですので」
そう言って微笑んだ彼女は、美味しそうにお茶をすする。由奈は戸惑いを抱えながら、彼女がそれ以上語ってくれそうにもないので、諦めるしかなかった。
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