狐に嫁入りいたします。

鈴屋埜猫

文字の大きさ
上 下
9 / 13

しおりを挟む
 翌朝、由奈が目覚めたのは日も上りきった時分だった。明るくなった外の様子をボンヤリと布団の中で見ていたが、すぐさま飛び起きる。そして、すぐに自分が寝ている場所が祖母と過ごした家ではないことに気付いた。
 祖母を亡くした喪失感。そして、もうあの家に戻ることはないのかもしれないと、由奈の心がチクリと傷む。だが、同時に宴でのことと、その後の暁の訪問を思い返し、由奈は恥ずかしさに自分の身体を掻き抱いた。夜着をきちんと身に付けているため、一瞬夢かと思ったが身体にまだ僅かに残る甘い余韻が夢ではないと告げている。では、初めての絶頂でそのまま気を失った由奈にこれを着せたのは誰なのか。答えはどう考えても一つしかなかった。

「由奈さま、お目覚めでしょうか」
「っ! はいっ」

 一人で七面相していた由奈は、声をかけられるまで障子戸の向こうに小さな影が控えているのに気が付かなかった。慌てて由奈が返事をすると、僅かに開けられた障子戸の向こうにきちんと人に化けた柚葉が手をついていた。

「おはようございます。お召し物をお持ちいたしました」
「お、おはよう、ございます……」
「お召し替えを手伝わせていただきます」
「え? いや、自分で……」

 着替えくらい一人でできる。というか、今まで人に手伝ってもらうことなど、数えるほどしかない。それも幼い頃のことだ。
 断ろうとした由奈だったが、柚葉が準備し始めた着物を見て硬直した。それは今まで見たことがないほど、綺麗な藤色の見るからに上質そうな着物と、金糸の入った帯だった。

「あの……私の着物は……」
「あちらは洗ってございます。まだ乾いてございませんので、こちらで我慢していただけますか?」
「我慢なんてそんな……こんな綺麗な着物、見たことないもの」

 触れるのも恐れ多いとは思うが、触ってみたい衝動に刈られ由奈は手を伸ばす。そして、昔、隣村に嫁ぐことになった仲良しのねえやの花嫁衣装を思い出した。あの時、色鮮やかな着物の美しさに、つい手を伸ばそうとした。だがすぐに、ねえやの母に手を叩かれたのだ。泥にまみれた汚い手で触るな、と。その後、こっそりねえやが触らせてくれようとしたが、由奈はもう手を出そうとはしなかった。あれは、村の中でも器量よしと言われたねえやに許された特別なもので、由奈には一生縁のないものだと子供心に分かったから。
 だが、目の前にある藤色の着物はあの着物より色味は少ないが、見ただけで生地の上質さは分かる。昨夜着せられた白い着物もそうだが、権田の奥さまが着ている着物よりもっと上等だ。

「これは綾野さまのお着物だったのですが、由奈さまにもらっていただきたいとのことです」
「そんな、もらえませんっ」
「では、由奈さまから直接、綾野さまにそうおっしゃってください。ただ、今は他にお召し物が用意できなくて……」

 申し訳なさそうな柚葉に、由奈はそれ以上何も言えなくなる。綾野のところに行くには、さすがにこの夜着のままでは失礼だろう。ならばもう、これを着るしかない。由奈は覚悟を決めて、柚葉の手を借り着物に袖を通すことにした。
 柚葉に手を引かれ綾野の元に向かうと、彼女は庭を臨む縁側に座り千夜に字を教えているところだった。二人の周りには、ミミズがのたくったような字が書かれた紙がいくつも散らばっている。

「綾野さまっ」

 パッと由奈の手を離し、柚葉は綾野に駆け寄る。顔を上げて柚葉の姿を認めた綾野は微笑んで、彼女の身体を抱き止めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...