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八
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翌朝、由奈が目覚めたのは日も上りきった時分だった。明るくなった外の様子をボンヤリと布団の中で見ていたが、すぐさま飛び起きる。そして、すぐに自分が寝ている場所が祖母と過ごした家ではないことに気付いた。
祖母を亡くした喪失感。そして、もうあの家に戻ることはないのかもしれないと、由奈の心がチクリと傷む。だが、同時に宴でのことと、その後の暁の訪問を思い返し、由奈は恥ずかしさに自分の身体を掻き抱いた。夜着をきちんと身に付けているため、一瞬夢かと思ったが身体にまだ僅かに残る甘い余韻が夢ではないと告げている。では、初めての絶頂でそのまま気を失った由奈にこれを着せたのは誰なのか。答えはどう考えても一つしかなかった。
「由奈さま、お目覚めでしょうか」
「っ! はいっ」
一人で七面相していた由奈は、声をかけられるまで障子戸の向こうに小さな影が控えているのに気が付かなかった。慌てて由奈が返事をすると、僅かに開けられた障子戸の向こうにきちんと人に化けた柚葉が手をついていた。
「おはようございます。お召し物をお持ちいたしました」
「お、おはよう、ございます……」
「お召し替えを手伝わせていただきます」
「え? いや、自分で……」
着替えくらい一人でできる。というか、今まで人に手伝ってもらうことなど、数えるほどしかない。それも幼い頃のことだ。
断ろうとした由奈だったが、柚葉が準備し始めた着物を見て硬直した。それは今まで見たことがないほど、綺麗な藤色の見るからに上質そうな着物と、金糸の入った帯だった。
「あの……私の着物は……」
「あちらは洗ってございます。まだ乾いてございませんので、こちらで我慢していただけますか?」
「我慢なんてそんな……こんな綺麗な着物、見たことないもの」
触れるのも恐れ多いとは思うが、触ってみたい衝動に刈られ由奈は手を伸ばす。そして、昔、隣村に嫁ぐことになった仲良しのねえやの花嫁衣装を思い出した。あの時、色鮮やかな着物の美しさに、つい手を伸ばそうとした。だがすぐに、ねえやの母に手を叩かれたのだ。泥にまみれた汚い手で触るな、と。その後、こっそりねえやが触らせてくれようとしたが、由奈はもう手を出そうとはしなかった。あれは、村の中でも器量よしと言われたねえやに許された特別なもので、由奈には一生縁のないものだと子供心に分かったから。
だが、目の前にある藤色の着物はあの着物より色味は少ないが、見ただけで生地の上質さは分かる。昨夜着せられた白い着物もそうだが、権田の奥さまが着ている着物よりもっと上等だ。
「これは綾野さまのお着物だったのですが、由奈さまにもらっていただきたいとのことです」
「そんな、もらえませんっ」
「では、由奈さまから直接、綾野さまにそうおっしゃってください。ただ、今は他にお召し物が用意できなくて……」
申し訳なさそうな柚葉に、由奈はそれ以上何も言えなくなる。綾野のところに行くには、さすがにこの夜着のままでは失礼だろう。ならばもう、これを着るしかない。由奈は覚悟を決めて、柚葉の手を借り着物に袖を通すことにした。
柚葉に手を引かれ綾野の元に向かうと、彼女は庭を臨む縁側に座り千夜に字を教えているところだった。二人の周りには、ミミズがのたくったような字が書かれた紙がいくつも散らばっている。
「綾野さまっ」
パッと由奈の手を離し、柚葉は綾野に駆け寄る。顔を上げて柚葉の姿を認めた綾野は微笑んで、彼女の身体を抱き止めた。
祖母を亡くした喪失感。そして、もうあの家に戻ることはないのかもしれないと、由奈の心がチクリと傷む。だが、同時に宴でのことと、その後の暁の訪問を思い返し、由奈は恥ずかしさに自分の身体を掻き抱いた。夜着をきちんと身に付けているため、一瞬夢かと思ったが身体にまだ僅かに残る甘い余韻が夢ではないと告げている。では、初めての絶頂でそのまま気を失った由奈にこれを着せたのは誰なのか。答えはどう考えても一つしかなかった。
「由奈さま、お目覚めでしょうか」
「っ! はいっ」
一人で七面相していた由奈は、声をかけられるまで障子戸の向こうに小さな影が控えているのに気が付かなかった。慌てて由奈が返事をすると、僅かに開けられた障子戸の向こうにきちんと人に化けた柚葉が手をついていた。
「おはようございます。お召し物をお持ちいたしました」
「お、おはよう、ございます……」
「お召し替えを手伝わせていただきます」
「え? いや、自分で……」
着替えくらい一人でできる。というか、今まで人に手伝ってもらうことなど、数えるほどしかない。それも幼い頃のことだ。
断ろうとした由奈だったが、柚葉が準備し始めた着物を見て硬直した。それは今まで見たことがないほど、綺麗な藤色の見るからに上質そうな着物と、金糸の入った帯だった。
「あの……私の着物は……」
「あちらは洗ってございます。まだ乾いてございませんので、こちらで我慢していただけますか?」
「我慢なんてそんな……こんな綺麗な着物、見たことないもの」
触れるのも恐れ多いとは思うが、触ってみたい衝動に刈られ由奈は手を伸ばす。そして、昔、隣村に嫁ぐことになった仲良しのねえやの花嫁衣装を思い出した。あの時、色鮮やかな着物の美しさに、つい手を伸ばそうとした。だがすぐに、ねえやの母に手を叩かれたのだ。泥にまみれた汚い手で触るな、と。その後、こっそりねえやが触らせてくれようとしたが、由奈はもう手を出そうとはしなかった。あれは、村の中でも器量よしと言われたねえやに許された特別なもので、由奈には一生縁のないものだと子供心に分かったから。
だが、目の前にある藤色の着物はあの着物より色味は少ないが、見ただけで生地の上質さは分かる。昨夜着せられた白い着物もそうだが、権田の奥さまが着ている着物よりもっと上等だ。
「これは綾野さまのお着物だったのですが、由奈さまにもらっていただきたいとのことです」
「そんな、もらえませんっ」
「では、由奈さまから直接、綾野さまにそうおっしゃってください。ただ、今は他にお召し物が用意できなくて……」
申し訳なさそうな柚葉に、由奈はそれ以上何も言えなくなる。綾野のところに行くには、さすがにこの夜着のままでは失礼だろう。ならばもう、これを着るしかない。由奈は覚悟を決めて、柚葉の手を借り着物に袖を通すことにした。
柚葉に手を引かれ綾野の元に向かうと、彼女は庭を臨む縁側に座り千夜に字を教えているところだった。二人の周りには、ミミズがのたくったような字が書かれた紙がいくつも散らばっている。
「綾野さまっ」
パッと由奈の手を離し、柚葉は綾野に駆け寄る。顔を上げて柚葉の姿を認めた綾野は微笑んで、彼女の身体を抱き止めた。
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