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参
しおりを挟む少女の放ったお迎えに、という言葉に違和感を覚えはした。だが、このまま家に留まることも出来ないと、由奈は柚葉と名乗った少女に誘われるまま、彼女の家に厄介になることにした。
柚葉が伸した男たちは、背中合わせに縛り上げ、由奈の玄関先でぐったりとしている。朝になれば誰かが見つけるだろう。この男たちは由奈がいないことをいいことに、あることないこと言うだろうが、もうどうでもいい。祖母と一緒に暮らした家を離れるのは悲しくはあったが、女が一人でいればこういう目に遇う。だが、それを回避するために孝一郎の嫁になることは考えられなかった。
先導する柚葉の揺れる尻尾を見ながら、その形と色から狐だろうか、と考える。耳と尻尾以外は、村の子供となんら代わりはない。髪の色が茶色っぽいが、たまに色素が薄い子はいるものだ。だが、時折ピクピクと動く耳や、ゆらゆらと揺れている尻尾は彼女が人間ではないと告げていた。
狐や狸が人間に化けるという話はよく聞く。それはいたずら目的なのだと、寺の住職が話していたはずだ。彼らは人間が騙されることを楽しむのだと。
だが、目の前の柚葉は由奈を助けてくれた。本当に狐が化けているのだとしても、悪い子には見えない。例え、それも演技であったとしても、あの男たちよりは数倍もマシに思えた。
「由奈様、お疲れではありませんか?」
「え? ううん、大丈夫」
こうして時折振り返っては、由奈を気遣う柚葉が騙すなどあるのだろうか。だが、そうは思ってもいくつか疑問はある。
「そういえば、どうして、私の名前……」
「あ、見えて参りました!」
尋ねようとした由奈の言葉は、嬉しそうに弾んだ柚葉の声に掻き消された。だが、彼女の指した方向を追って視線を上げた由奈は、目の前に突如現れた大きな屋敷に絶句する。
「何、ここ……」
麓から山頂はさすがに見えはしないが、建物が建っていればそこに木はないため分かるはずだ。それが小さな祠ならいざ知らず、大きな屋敷ならなおのこと。だが、今、由奈の目の前に現れた屋敷は、村の地主である権田の家より遥かに大きい。そんな建物があって、麓から見えないことなどあるだろうか。
「山の中にこんな大きなお屋敷があったなんて……」
「普段から結界を張っておりますので、気付かなくて当然です」
「結界?」
「はい、我らの存在を知られたら事ですので。ですが、由奈さまはご当主さまがお招きになったので、結界を通ることができたのです」
柚葉の言葉に由奈は来た道を振り返る。結界を通ってきた、と言うが、ただ山を登ってきただけのようにしか思えない。
「山菜採りに村の人も山に入るけど、その結界とやらでこのお屋敷に近付けなくなっているの?」
「そうです。結界の前まで来ると、人間たちは自然と帰っていきます。なんとなく「今日はここまでにして、帰るか」という気にさせるのが結界なんですよ」
胸を張って結界の説明をしてくれる柚葉を見ながら、由奈も山に入った時の事を思い返してみる。そして、誰も山頂に登ろうと言う者や、登ったという者がいなかったのではないかと気が付いた。
「さ、由奈さま。参りましょう」
先を促す柚葉に頷き、彼女の後をついていく。
左右にまるで果てがないように伸びている塀と大きな門。既に開かれている門を潜ると、美しい造りの屋敷がある。柚葉は右手にある小さな押戸から庭へと入ると、屋敷の縁側を目指した。
「綾野さま」
もう夜だというのに月明かりで明るい縁側に、一人の女性が腰を下ろしている。弛く三つ編みにした艶やかな銀色の髪を肩から垂らしたその女性は、柚葉の姿を認めると微笑んだ。
「おかえり、柚葉。ご苦労でしたね」
「ただいま帰りました。由奈さまをお連れいたしました」
縁側に駆け寄った柚葉が由奈を振り返る。その視線を追って由奈に気付いた女性は、花が綻ぶような笑顔を見せた。
「まぁ……ようこそおいでくださいました、由奈さま」
見るからに上質な着物を着た、上品な女性から丁寧にお辞儀をされてしまい、由奈は戸惑う。
「妾は綾野と申します。ここの当主の双子の姉にございます」
「あ……由奈です。えっと、柚葉さんに助けていただいて」
「大変な目に遇われましたね」
綾野と名乗った女性は、由奈の手を取ると気遣わしげにそっと撫でた。由奈に何があったのか話していないはずなのに、彼女は全てを理解しているように感じた。
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