42 / 48
42
しおりを挟む
カサンドラの特徴をアンドレに伝えました。
すると、アンドレが”あの女”と言っていたのは、やはりカサンドラのことでした。エルキュールが住む長屋にも通っていたようです。
「愛人……か」
アンドレは私たちを先導しながらこうつぶやきました。
「あなた、カサンドラを見たことあるってことよね?」
私の質問に対し、アンドレは少し間を置いて、「”あなた”という呼び方はやめてくれ。アンドレだ」と返してきました。そして「俺はあんたの旦那の向かいに住んでるんだから。そりゃ見たことあるさ」と続けました。
「ごめんね、これからはアンドレって呼ぶね。ちなみに……エルキュールと私はもう離縁していて、夫婦じゃないの」
アンドレの耳がぴくっと動きます。
「……そうかい。じゃあなんでこんなところに来た? 元旦那なんかどうでもいいだろ」
「……事情があるのよ。あの人と話さなくちゃいけないから」
「へえ……。そういえば、なんていったか、カサンドラ? って女よりも、あんたのほうが綺麗だよ」
アンドレが私を見ずにさらっと言ったため、とても驚きました。無骨そうな彼が、女性に対し「綺麗だ」なんて言うと思わなかったからです。厳しさを備えた外観とは裏腹に、意外な一面を持っているようです。
私は綺麗だと言われたことが妙に嬉しくなり、駆け足でアンドレを追い越したあと、顔を覗き込んでやりました。
「あなた……よくわかってるわね。やっぱり銀貨受け取らない?」
こう冗談ぽく言うと、アンドレは照れくさそうに「いらねえよ」と笑いました。
山の入口に着き、そこからは草木の茂る鬱蒼とした山道が始まりました。地面はぬかるんでおり、足元には苔が生えています。
「あいつが崖の方に向かって行ったとき、声をかけようか迷ったんだ」とアンドレがつぶやくように言いました。
「そうだったのね。急いでたの?」
「いや、そういうわけじゃない。まあ……なんていうかな……毎日のように、誰かは飛び降りてる。あいつもそういう人間のうちの一人なんだって、自分に言い聞かせた。飛び降りたほうが楽になれるやつもいる……」
「声をかけたかったのに、かけなかったの……?」
気持ちとは正反対の行動をとってしまうところが、私に似ていると思いました。自分の”こうしたい”よりも、摂理のように見える何かを優先してしまうのです。
「さあな。ただ、あいつにも、こうして会いに来る人間がいるんだと思うと、あのとき声をかけなかったのが……悔やまれそうだから……」
「だから案内してくれているのね。優しい」
「……やれることをやっているだけさ」
アンドレは私たちが怪我をしないよう、繊細な注意を払ってくれています。道端に落ちている小石を蹴散らしたり、突然地面が下がるところを手で示したり。そのおかげで、獣道のようになっている険しい道も、なんとか歩いて進むことができます。初対面のはずですが、彼の頼りがいのある態度に安心感を覚えました。
「アンドレ、あなたってもしかして……元々は貴族だったんじゃないの?」
アンドレに対して抱いていた第一印象を確かめたくなり、私は心の内にあった直感をそのまま口にしました。
すると、アンドレが”あの女”と言っていたのは、やはりカサンドラのことでした。エルキュールが住む長屋にも通っていたようです。
「愛人……か」
アンドレは私たちを先導しながらこうつぶやきました。
「あなた、カサンドラを見たことあるってことよね?」
私の質問に対し、アンドレは少し間を置いて、「”あなた”という呼び方はやめてくれ。アンドレだ」と返してきました。そして「俺はあんたの旦那の向かいに住んでるんだから。そりゃ見たことあるさ」と続けました。
「ごめんね、これからはアンドレって呼ぶね。ちなみに……エルキュールと私はもう離縁していて、夫婦じゃないの」
アンドレの耳がぴくっと動きます。
「……そうかい。じゃあなんでこんなところに来た? 元旦那なんかどうでもいいだろ」
「……事情があるのよ。あの人と話さなくちゃいけないから」
「へえ……。そういえば、なんていったか、カサンドラ? って女よりも、あんたのほうが綺麗だよ」
アンドレが私を見ずにさらっと言ったため、とても驚きました。無骨そうな彼が、女性に対し「綺麗だ」なんて言うと思わなかったからです。厳しさを備えた外観とは裏腹に、意外な一面を持っているようです。
私は綺麗だと言われたことが妙に嬉しくなり、駆け足でアンドレを追い越したあと、顔を覗き込んでやりました。
「あなた……よくわかってるわね。やっぱり銀貨受け取らない?」
こう冗談ぽく言うと、アンドレは照れくさそうに「いらねえよ」と笑いました。
山の入口に着き、そこからは草木の茂る鬱蒼とした山道が始まりました。地面はぬかるんでおり、足元には苔が生えています。
「あいつが崖の方に向かって行ったとき、声をかけようか迷ったんだ」とアンドレがつぶやくように言いました。
「そうだったのね。急いでたの?」
「いや、そういうわけじゃない。まあ……なんていうかな……毎日のように、誰かは飛び降りてる。あいつもそういう人間のうちの一人なんだって、自分に言い聞かせた。飛び降りたほうが楽になれるやつもいる……」
「声をかけたかったのに、かけなかったの……?」
気持ちとは正反対の行動をとってしまうところが、私に似ていると思いました。自分の”こうしたい”よりも、摂理のように見える何かを優先してしまうのです。
「さあな。ただ、あいつにも、こうして会いに来る人間がいるんだと思うと、あのとき声をかけなかったのが……悔やまれそうだから……」
「だから案内してくれているのね。優しい」
「……やれることをやっているだけさ」
アンドレは私たちが怪我をしないよう、繊細な注意を払ってくれています。道端に落ちている小石を蹴散らしたり、突然地面が下がるところを手で示したり。そのおかげで、獣道のようになっている険しい道も、なんとか歩いて進むことができます。初対面のはずですが、彼の頼りがいのある態度に安心感を覚えました。
「アンドレ、あなたってもしかして……元々は貴族だったんじゃないの?」
アンドレに対して抱いていた第一印象を確かめたくなり、私は心の内にあった直感をそのまま口にしました。
224
お気に入りに追加
818
あなたにおすすめの小説
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
見えるものしか見ないから
mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。
第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる