35 / 48
35
しおりを挟む
翌朝、私は早くに目が覚めました。日が昇ってから間もない時間で、窓から見える薄っすらとした光が、一日の始まりを告げています。
私は庭園を散歩しようと思い、部屋を出ました。するとちょうど清掃係が朝の掃除を始めていたので、「散歩してくるから、私の部屋の掃除もお願い」と言って、外に出ました。
庭園の草花が朝露にキラリと輝いています。目の前にある美しい朝の風景は、私の気持ちとは裏腹に、爽やかな安らぎを広げています。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ダスティン辺境伯宛ての手紙について考えました。
どうせ出すのであれば、今のタイミングが一番よいのは明らかです。カサンドラは現在進行系でエルキュールと関係を持っていますし、王立学院の成績だって落第。二人を追い詰めるこの上ないチャンスです。
しかし私の脳裏をかすめたのは、いつまでこのような憎悪を抱き続けるべきなのかという疑問でした。エルキュールとカサンドラの顔を思い浮かべるだけで、怒りがわき上がってきます。
もしこのまま手紙を出さず、私自身がフェードアウトすれば、これ以上エルキュールのことで悩まされることはないでしょう。なんとか忘れて、次に進む。こうすればいち早く怒りを払拭できます。
……。
怒り……?
このとき私は気づきました。おそらく老婆の術にかかった状態であれば、昨日躊躇なく手紙を出していたことでしょう。
そうできなかった原因は……私の怒りです。
ある人たちは、怒りを糧に行動することができますが、私の場合違うようです。私は怒りを感じたくなくて、自ら距離を置く傾向があります。
怒りを向けねばならないような人とは、関わらないほうがいい。そう考えるのは、おそらく私の感情が他人よりも敏感だからなのでしょう。術にかかっていた当時の私には、このような葛藤は存在しませんでした。だからこそ、人を追い詰める思考が簡単にできたのです。どんなにくだらなく、厄介な人と関わっても、私の心に影響を及ぼすことはありませんでした。
でも今は、不安定な感情による精神的負担が大きくなっています。それによって、必要な行動に目を向けるのではなく、不快な気持ちから逃れるためだけの行動を取りそうになっています。
(はあ……。やっぱり感情ってめんどくさいわね……)
そう思いながら庭園のベンチでぼうっと座っていると、食事係の使用人に「朝食の準備ができました」と伝えられました。
(とりあえず食事をとってから、また考えましょう……)
朝食は新鮮なフルーツの盛り合わせと、ほろほろと崩れるほど柔らかいオムレツ、焼きたてのパンでした。味わい深い料理の数々は、いつもであれば幸せを感じさせるものですが、今の私ではその喜びも半減してしまいます。せっかくの朝食なのにまたウジウジと考えてしまい、”考える病”になっていることを痛感しました。
そうして、あまり味わうことなく朝食を終え、自室に戻ったのですが……
あるべきものがありません。
机の上から、ダスティン辺境伯宛ての手紙が消えていたのです。
私は庭園を散歩しようと思い、部屋を出ました。するとちょうど清掃係が朝の掃除を始めていたので、「散歩してくるから、私の部屋の掃除もお願い」と言って、外に出ました。
庭園の草花が朝露にキラリと輝いています。目の前にある美しい朝の風景は、私の気持ちとは裏腹に、爽やかな安らぎを広げています。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ダスティン辺境伯宛ての手紙について考えました。
どうせ出すのであれば、今のタイミングが一番よいのは明らかです。カサンドラは現在進行系でエルキュールと関係を持っていますし、王立学院の成績だって落第。二人を追い詰めるこの上ないチャンスです。
しかし私の脳裏をかすめたのは、いつまでこのような憎悪を抱き続けるべきなのかという疑問でした。エルキュールとカサンドラの顔を思い浮かべるだけで、怒りがわき上がってきます。
もしこのまま手紙を出さず、私自身がフェードアウトすれば、これ以上エルキュールのことで悩まされることはないでしょう。なんとか忘れて、次に進む。こうすればいち早く怒りを払拭できます。
……。
怒り……?
このとき私は気づきました。おそらく老婆の術にかかった状態であれば、昨日躊躇なく手紙を出していたことでしょう。
そうできなかった原因は……私の怒りです。
ある人たちは、怒りを糧に行動することができますが、私の場合違うようです。私は怒りを感じたくなくて、自ら距離を置く傾向があります。
怒りを向けねばならないような人とは、関わらないほうがいい。そう考えるのは、おそらく私の感情が他人よりも敏感だからなのでしょう。術にかかっていた当時の私には、このような葛藤は存在しませんでした。だからこそ、人を追い詰める思考が簡単にできたのです。どんなにくだらなく、厄介な人と関わっても、私の心に影響を及ぼすことはありませんでした。
でも今は、不安定な感情による精神的負担が大きくなっています。それによって、必要な行動に目を向けるのではなく、不快な気持ちから逃れるためだけの行動を取りそうになっています。
(はあ……。やっぱり感情ってめんどくさいわね……)
そう思いながら庭園のベンチでぼうっと座っていると、食事係の使用人に「朝食の準備ができました」と伝えられました。
(とりあえず食事をとってから、また考えましょう……)
朝食は新鮮なフルーツの盛り合わせと、ほろほろと崩れるほど柔らかいオムレツ、焼きたてのパンでした。味わい深い料理の数々は、いつもであれば幸せを感じさせるものですが、今の私ではその喜びも半減してしまいます。せっかくの朝食なのにまたウジウジと考えてしまい、”考える病”になっていることを痛感しました。
そうして、あまり味わうことなく朝食を終え、自室に戻ったのですが……
あるべきものがありません。
机の上から、ダスティン辺境伯宛ての手紙が消えていたのです。
131
お気に入りに追加
785
あなたにおすすめの小説
浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間
田尾風香
恋愛
婚姻式の当日に出会った侍女を、俺は側に置いていた。浮気と言われても仕方がない。ズレてしまった何かを、どう戻していいかが分からない。声には出せず「助けてくれ」と願う日々。
そんな中、風邪を引いたことがきっかけで、俺は自分が掴むべき手を見つけた。その掴むべき手……王太子妃であり妻であるマルティエナに、謝罪をした俺に許す条件として突きつけられたのは「十日間、マルティエナの好きなものを贈ること」だった。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました
榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。
私と旦那様は結婚して4年目になります。
可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。
でも旦那様は.........
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる