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「いろいろと策を練りましたが、やはり一番良いのは、ダスティン辺境伯に実情をお伝えすることでしょう。当初の想定と同じです」

ジェロームがこのように提案してきました。

「私も考えてはみたけど……たったそれだけでうまくいくかしら?」

ジェロームは自信のある声で「万事うまくいくでしょう」と返事したあと、手に持っていた書類を見せてきました。不気味な笑みを浮かべています。

「実は、カサンドラ様の王立学院での成績を調べました。期末テストの結果がまもなく辺境伯のもとへ郵送されるのですが、その結果はなんと、落第です。さすがに放任主義の辺境伯でも、娘が落第したとなれば、調査を入れるはずです」

「でも、カサンドラは言い訳するでしょう? 勉強が苦手だとか、体調が悪かっただとか……」

「もともとカサンドラ様はとても勉学ができる方のようです。王立学院に入るまでの間、辺境伯領ではめったにない秀才だともてはやされていたとのこと」

「意外だわ……そこまで賢い人がどうして王立学院の勉強をサボって恋に溺れたのかしら」

ジェロームは書類を折りたたみながら「ところで……エルキュール伯爵はラテン語がお得意ですよね?」と尋ねてきました。

「そうね、私も教わったことがあるわ。趣味がラテン語で、相当なレベルにあるそうよ」

「伯爵が王立学院に特別講師として招かれた際に、カサンドラ様はその授業を受けました。伯爵は覚えていなかったようですが、カサンドラ様はそこで伯爵のことを好きになったようです」

「へえ。それでエルキュールのことを調べ、平民のふりして近づいたのね……。御苦労なこと。でもまさかエルキュールが講師を請け負ったこともあるなんて……知らなかったわ」

カサンドラは出会いについて口をつぐんでいたけれど、どうして隠していたのでしょう。教師と生徒という出会いは、そこまで変な出会い方ではないように思いますが……。

「ベアトリス様からダスティン辺境伯に向けて、手紙をしたためて頂けないでしょうか? カサンドラ様について、ありのままを報告なさるだけで結構です」

「わかったわ、やってみましょう」


こうして私はジェロームと一緒に、ダスティン辺境伯宛ての手紙を書きました。

カサンドラとエルキュールの出会い。
カサンドラが身分を偽り、平民のふりをしてエルキュールに会っていること。
カサンドラがエルキュールの城に入り浸っていたこと。
カサンドラが今も、処分されたエルキュールのもとに通っていること。

淡々と綴り始めたのですが、書くうちにイライラしてきました。書き残したことはないか、どんな文面だと辺境伯に響くか。悔いが残らないようにペンを走らせました。でも、途中まで書いたのに字が滲んでしまったり、間違ったりして、何度も書き直しました。



…………。



私は出来上がった手紙を眺めつつ、複雑な感情に揺れ動かされました。ジェロームが「ベアトリス様……?」と呼びかけていたのは聞こえていたのですが、いまいち晴れきらない気持ちになっていたのです。

内容自体は、満足のいくものに仕上がりました。宛名を書いて封をしたので、あとは使用人に渡すだけです。これでエルキュールをまた一つ追い込むことができるし、カサンドラともさよならできるでしょう。



しかし……



気がつけば、ウジウジしがちな、かつての自分が蘇っていました。

「ジェローム……この手紙を出したところで、何になるのかしら?」

ジェロームは突然の質問に、一瞬目を見開いて驚きました。

「突然どうなされたのです? いつも冷静なベアトリス様らしくありませんね。迷っておいでなのですか?」

ジェロームとしっかり話すようになったのはつい最近のことです。彼の中で私は「冷静な」人間に見えているのかもしれません。

「だって……もうエルキュールは城も領地もなくしたわけだし、カサンドラに関しても、そのうちバレるでしょ……?」

めんどくさい感情がぐるぐると回転しています。



(ああ、感情ってこんなだったかしら……)



感情とともに思考も堂々巡りを始めます。

そもそも……自分に理解できないような人間なんて、この世にはたくさんいます。離縁も成立したのに、いまさら積極的に元夫に関わる必要などあるでしょうか。

一方のジェロームは、迷いがありません。

「それはそうかもしれませんが……おそらく辺境伯は表沙汰にならないように、陰で対処なさると思いますよ。少なくともベアトリス様が断罪すれば、知らぬふりはできないことになります」

「そうだけど……」

私は手紙を机の上に置いて、「一日だけ時間をちょうだい!」とジェロームにお願いしました。いまさらなのはわかっていますが、どうしても踏ん切りがつかなかったのです。

「すぐに出すんじゃなくて、少し冷静になってからこの手紙を出したい。ごめんねジェローム」

「……かしこまりました」

私をいぶかしげな目で見ていたジェロームは、渋々同意してくれました。
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