34 / 48
34
しおりを挟む
「いろいろと策を練りましたが、やはり一番良いのは、ダスティン辺境伯に実情をお伝えすることでしょう。当初の想定と同じです」
ジェロームがこのように提案してきました。
「私も考えてはみたけど……たったそれだけでうまくいくかしら?」
ジェロームは自信のある声で「万事うまくいくでしょう」と返事したあと、手に持っていた書類を見せてきました。不気味な笑みを浮かべています。
「実は、カサンドラ様の王立学院での成績を調べました。期末テストの結果がまもなく辺境伯のもとへ郵送されるのですが、その結果はなんと、落第です。さすがに放任主義の辺境伯でも、娘が落第したとなれば、調査を入れるはずです」
「でも、カサンドラは言い訳するでしょう? 勉強が苦手だとか、体調が悪かっただとか……」
「もともとカサンドラ様はとても勉学ができる方のようです。王立学院に入るまでの間、辺境伯領ではめったにない秀才だともてはやされていたとのこと」
「意外だわ……そこまで賢い人がどうして王立学院の勉強をサボって恋に溺れたのかしら」
ジェロームは書類を折りたたみながら「ところで……エルキュール伯爵はラテン語がお得意ですよね?」と尋ねてきました。
「そうね、私も教わったことがあるわ。趣味がラテン語で、相当なレベルにあるそうよ」
「伯爵が王立学院に特別講師として招かれた際に、カサンドラ様はその授業を受けました。伯爵は覚えていなかったようですが、カサンドラ様はそこで伯爵のことを好きになったようです」
「へえ。それでエルキュールのことを調べ、平民のふりして近づいたのね……。御苦労なこと。でもまさかエルキュールが講師を請け負ったこともあるなんて……知らなかったわ」
カサンドラは出会いについて口をつぐんでいたけれど、どうして隠していたのでしょう。教師と生徒という出会いは、そこまで変な出会い方ではないように思いますが……。
「ベアトリス様からダスティン辺境伯に向けて、手紙をしたためて頂けないでしょうか? カサンドラ様について、ありのままを報告なさるだけで結構です」
「わかったわ、やってみましょう」
こうして私はジェロームと一緒に、ダスティン辺境伯宛ての手紙を書きました。
カサンドラとエルキュールの出会い。
カサンドラが身分を偽り、平民のふりをしてエルキュールに会っていること。
カサンドラがエルキュールの城に入り浸っていたこと。
カサンドラが今も、処分されたエルキュールのもとに通っていること。
淡々と綴り始めたのですが、書くうちにイライラしてきました。書き残したことはないか、どんな文面だと辺境伯に響くか。悔いが残らないようにペンを走らせました。でも、途中まで書いたのに字が滲んでしまったり、間違ったりして、何度も書き直しました。
…………。
私は出来上がった手紙を眺めつつ、複雑な感情に揺れ動かされました。ジェロームが「ベアトリス様……?」と呼びかけていたのは聞こえていたのですが、いまいち晴れきらない気持ちになっていたのです。
内容自体は、満足のいくものに仕上がりました。宛名を書いて封をしたので、あとは使用人に渡すだけです。これでエルキュールをまた一つ追い込むことができるし、カサンドラともさよならできるでしょう。
しかし……
気がつけば、ウジウジしがちな、かつての自分が蘇っていました。
「ジェローム……この手紙を出したところで、何になるのかしら?」
ジェロームは突然の質問に、一瞬目を見開いて驚きました。
「突然どうなされたのです? いつも冷静なベアトリス様らしくありませんね。迷っておいでなのですか?」
ジェロームとしっかり話すようになったのはつい最近のことです。彼の中で私は「冷静な」人間に見えているのかもしれません。
「だって……もうエルキュールは城も領地もなくしたわけだし、カサンドラに関しても、そのうちバレるでしょ……?」
めんどくさい感情がぐるぐると回転しています。
(ああ、感情ってこんなだったかしら……)
感情とともに思考も堂々巡りを始めます。
そもそも……自分に理解できないような人間なんて、この世にはたくさんいます。離縁も成立したのに、いまさら積極的に元夫に関わる必要などあるでしょうか。
一方のジェロームは、迷いがありません。
「それはそうかもしれませんが……おそらく辺境伯は表沙汰にならないように、陰で対処なさると思いますよ。少なくともベアトリス様が断罪すれば、知らぬふりはできないことになります」
「そうだけど……」
私は手紙を机の上に置いて、「一日だけ時間をちょうだい!」とジェロームにお願いしました。いまさらなのはわかっていますが、どうしても踏ん切りがつかなかったのです。
「すぐに出すんじゃなくて、少し冷静になってからこの手紙を出したい。ごめんねジェローム」
「……かしこまりました」
私をいぶかしげな目で見ていたジェロームは、渋々同意してくれました。
ジェロームがこのように提案してきました。
「私も考えてはみたけど……たったそれだけでうまくいくかしら?」
ジェロームは自信のある声で「万事うまくいくでしょう」と返事したあと、手に持っていた書類を見せてきました。不気味な笑みを浮かべています。
「実は、カサンドラ様の王立学院での成績を調べました。期末テストの結果がまもなく辺境伯のもとへ郵送されるのですが、その結果はなんと、落第です。さすがに放任主義の辺境伯でも、娘が落第したとなれば、調査を入れるはずです」
「でも、カサンドラは言い訳するでしょう? 勉強が苦手だとか、体調が悪かっただとか……」
「もともとカサンドラ様はとても勉学ができる方のようです。王立学院に入るまでの間、辺境伯領ではめったにない秀才だともてはやされていたとのこと」
「意外だわ……そこまで賢い人がどうして王立学院の勉強をサボって恋に溺れたのかしら」
ジェロームは書類を折りたたみながら「ところで……エルキュール伯爵はラテン語がお得意ですよね?」と尋ねてきました。
「そうね、私も教わったことがあるわ。趣味がラテン語で、相当なレベルにあるそうよ」
「伯爵が王立学院に特別講師として招かれた際に、カサンドラ様はその授業を受けました。伯爵は覚えていなかったようですが、カサンドラ様はそこで伯爵のことを好きになったようです」
「へえ。それでエルキュールのことを調べ、平民のふりして近づいたのね……。御苦労なこと。でもまさかエルキュールが講師を請け負ったこともあるなんて……知らなかったわ」
カサンドラは出会いについて口をつぐんでいたけれど、どうして隠していたのでしょう。教師と生徒という出会いは、そこまで変な出会い方ではないように思いますが……。
「ベアトリス様からダスティン辺境伯に向けて、手紙をしたためて頂けないでしょうか? カサンドラ様について、ありのままを報告なさるだけで結構です」
「わかったわ、やってみましょう」
こうして私はジェロームと一緒に、ダスティン辺境伯宛ての手紙を書きました。
カサンドラとエルキュールの出会い。
カサンドラが身分を偽り、平民のふりをしてエルキュールに会っていること。
カサンドラがエルキュールの城に入り浸っていたこと。
カサンドラが今も、処分されたエルキュールのもとに通っていること。
淡々と綴り始めたのですが、書くうちにイライラしてきました。書き残したことはないか、どんな文面だと辺境伯に響くか。悔いが残らないようにペンを走らせました。でも、途中まで書いたのに字が滲んでしまったり、間違ったりして、何度も書き直しました。
…………。
私は出来上がった手紙を眺めつつ、複雑な感情に揺れ動かされました。ジェロームが「ベアトリス様……?」と呼びかけていたのは聞こえていたのですが、いまいち晴れきらない気持ちになっていたのです。
内容自体は、満足のいくものに仕上がりました。宛名を書いて封をしたので、あとは使用人に渡すだけです。これでエルキュールをまた一つ追い込むことができるし、カサンドラともさよならできるでしょう。
しかし……
気がつけば、ウジウジしがちな、かつての自分が蘇っていました。
「ジェローム……この手紙を出したところで、何になるのかしら?」
ジェロームは突然の質問に、一瞬目を見開いて驚きました。
「突然どうなされたのです? いつも冷静なベアトリス様らしくありませんね。迷っておいでなのですか?」
ジェロームとしっかり話すようになったのはつい最近のことです。彼の中で私は「冷静な」人間に見えているのかもしれません。
「だって……もうエルキュールは城も領地もなくしたわけだし、カサンドラに関しても、そのうちバレるでしょ……?」
めんどくさい感情がぐるぐると回転しています。
(ああ、感情ってこんなだったかしら……)
感情とともに思考も堂々巡りを始めます。
そもそも……自分に理解できないような人間なんて、この世にはたくさんいます。離縁も成立したのに、いまさら積極的に元夫に関わる必要などあるでしょうか。
一方のジェロームは、迷いがありません。
「それはそうかもしれませんが……おそらく辺境伯は表沙汰にならないように、陰で対処なさると思いますよ。少なくともベアトリス様が断罪すれば、知らぬふりはできないことになります」
「そうだけど……」
私は手紙を机の上に置いて、「一日だけ時間をちょうだい!」とジェロームにお願いしました。いまさらなのはわかっていますが、どうしても踏ん切りがつかなかったのです。
「すぐに出すんじゃなくて、少し冷静になってからこの手紙を出したい。ごめんねジェローム」
「……かしこまりました」
私をいぶかしげな目で見ていたジェロームは、渋々同意してくれました。
196
お気に入りに追加
818
あなたにおすすめの小説
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
本日より他人として生きさせていただきます
ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる