浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah

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エルキュールが謝罪に来て三ヶ月ほどが経ち、エルキュールはついに城を追われ財産も失いました。爵位の剥奪には至らなかったものの、王家の領地の端に移動させられ、謹慎生活を始めた、といったところです。

そんなエルキュールを支えているのは相変わらずカサンドラ……との報告が上がっています。




老婆に会うため、私は久しぶりにブナの木に向かいました。ナディエには今度も街で待機してもらいます。

ブナの木に着くと、前回は木の周りにたくさんの若い女性がいたのですが、今日は誰もいません。あの頃は一時的な老婆ブームだったのでしょう。

よくよく考えてみれば、老婆に会える保証なんてどこにもないことに気づきました。術を解くためにはどこに行けばいいのか、何も聞いていませんでした。なんとなく(ブナの木に行けばまた会えるだろう)くらいに考えていたのです。

会えなかったらどうしようかと思いつつ、ブナの木の真下に座りました。近くに道があるわけではないため、人の往来もありません。




「あんた、また来たのかい?」




半時も経たないうちに背後から老婆の声が聞こえたので、びっくりしました。低く萎びたしゃがれ声は変わっていません。



(そうだそうだこんな声だった)
と、懐かしくなりました。



「久しぶりね。今日は術を解いてもらいたくて」

老婆は「そうかい」と返事をしたあと、少し間を置きました。

「感情の存在が恋しくなったか? 喜びを得る代わりに、また悲しみが襲ってくるぞ?」

「ええ、覚悟しているつもりよ」

老婆は目深に被っていたフードの先をつまみ上げて、私の顔をじっと見ました。

「ほう。ご主人様に、あんたの苦しみをわからせてやったのかい?」

「いえ、おそらくあの人は、私の苦しみをいまだにわかっていないわ。結果、地位も財産も失った」

「それだけであんたは満足してしまうのか?」

「満足していないわ。さらなる追い打ちを用意しているから、今のところ静観してるって感じ」

老婆は嬉しそうににっこりとしました。

「ほほほほほ。愉快じゃな。相手を追い詰めるために、待つということもできておるじゃないか。頭ではわかっていても、実践するのは難しい」

私も老婆に対して微笑み、「ありがとう」と返しました。

「だからもう、術で自分の感情を封じ込める必要もないの。私を大切に思ってくれる人のために、術を解きたい」

「他人のために感情を取り戻したいのか」

「きっと感情っていうのは、自分を苦しめるためにあるものではないのよ。他人と共感し、手を取り合って生きていくためにあるものじゃないかしら」



老婆は自身の手を顎に持っていき、考えるような仕草をしました。



「ふむ……よかろう。術を解いてやる。その代わり、条件がある」

「条件……?」

「そんなに怯えることはない。かつてのご主人様に最後の追い打ちとやらをした後、そのご主人様に一度会ってやりなさい。……追い打ちをして、しばらくしてからじゃ」

「会う? 会って何をすればいいの? 正直会いたくないんだけど……」

「重く考える必要はない。会って五分ほどでも話せばよい。それが条件じゃ。守れるか?」

不本意でしたが、そもそも術もタダでかけてもらったし、老婆には大きすぎるほどの恩があります。そのくらいの条件はのんであげなければならないと考えました。



「……わかったわよ」



「約束じゃぞ。では……術を解く」



老婆は術をかけるときと同じようにして、天に右手を掲げました。今度は青白い光ではなく、赤みを帯びた黄色い光が私の身体へ流れてきます。心臓の鼓動が速まり、膨張していくように感じます。その後、身体全体に重みが増し、神経の末端まで感情の波が行き渡っていきました。



老婆が私の頭に右手を乗せ、軽く撫でました。

「解き終わったぞ。これから先、二度と術をかけることはできない。わかったな?」

私は老婆を見ながらうなずきました。





術が解かれたあと、ナディエと街で合流しました。私には実感がなかったのですが、私を見たナディエは「ベアトリス様、見違えるようです! 元に戻られて本当によかったです!」と喜んでくれました。ナディエの笑顔を見ると、自然に私も笑顔になれました。胸のあたりに重みが加わったような気がします。

さて、私が次に取り組まねばならないのは……カサンドラのことです。彼女はいまだにエルキュールとの関係を保ちつつ、息をしているとのことだからです。

私はその晩、ジェロームとの打ち合わせに入りました。
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