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客間に重たい沈黙が流れました。
許すも何も……これは謝罪と言っていいのか謎でした。まるで母親に謝罪させられた子どものように、エルキュールは椅子に座ったままもじもじしているだけです。
「いやあ……こんなの謝罪かしら……」
私は正直な気持ちを抑えきれずに口にしました。どう応じようかなと考えていると、カサンドラが眉間にしわをよせてまくし立ててきました。
「エルキュール様はちゃんと謝罪しましたよね? 許さないのですか? そんなのエルキュール様がお可哀想……」
さすがにこの発言は身の程知らずもいいところです。
「あなたね、それは謝罪する側が言うことじゃないの。許すか許さないかは、私の気持ちしだいよ。謝罪する側が許しを強要するのは、最も醜い態度だと知りなさい」
納得のいかない私は、このように強く言い返しました。するとカサンドラの顔は引きつり、エルキュールも困った顔をしました。
「ベアトリス……どうしたら僕を許してくれるんだい?」
「許すも何も……そもそもあなたは自分がしたことを悪いと思っているんですか? あなたの周りにいるいろんな人たちを傷つけて、私を傷つけて……。傷つけられた人間の気持ちがおわかりになりますか?」
「僕が悪かったよ……」
「悪いとか悪くないとかじゃないんです! 気持ちがわかるのかと聞いているんです」
「気持ち……?」
「そうです。裏切られた人々の気持ちや、虐げられた人々の気持ちです」
答えに窮していたエルキュールを不憫に思ったのか、またカサンドラが出しゃばってきました。
「ベアトリス様。もうよいではありませんか。エルキュール様は謝りました。許してあげてください」
「あんたが出る幕じゃないのよ、カサンドラ!!!」
カサンドラは私の威圧するような声に「ひっ」と怯えたあと、エルキュールの後ろに隠れるようにして控えました。
エルキュールはぽかんとした顔をしています。
「どうして……ベアトリスは彼女の名前を知っているの?」
「……」
私は答えませんでした。というのも、エルキュールが不思議そうにしているということは、カサンドラがまだ自分の身の上を明かしていないからだと思ったからです。
エルキュールは私とカサンドラの顔を交互に見つめるばかりです。
カサンドラもまた、沈黙を貫き通していました。
ごちゃごちゃうるさいカサンドラがとりあえず黙ったので、よしとします。晩餐会のことを持ち出したり、カサンドラの身分を明かしたりする必要も今はありません。私はエルキュールと一対一で向き合っているからです。
私はエルキュールの目をまっすぐ見つめました。
「苦しんでいる人の気持がわからないなら、それもまたしかたないでしょう。あなた自身が人生で苦しんだことがないからなのか、はたまた根本的に人と共感することができない性分なのか……わかりませんが。そんなの、あなたの努力でどうすることもできませんものね」
「陛下は、君が僕を許してくれさえしたら、最悪の処分はしないと言ってくれているんだ。なんとか許してくれないか? 頼むよ……」
エルキュールは、どうしても自分本位の考えから抜け出せないようです。
「嫌よ。悔いてもいないような人を許す意味なんてないから」
「どうか……このとおりだ」
エルキュールはゆっくりと椅子から身を起こし、床に両膝をつき、首を落としました。
「ベアトリス……君を苦しめて、本当にすまなかった。どうか許して欲しい。君の寛大さに甘えて、調子に乗ってしまった。今ならわかるんだ」
エルキュールは真剣な目で切実に訴えかけてきました。
私だって、許したくないわけではないのです。許せるものなら許したい。でも、ここで許してしまっては、城に帰ってから私の悪口で盛り上がるに違いありません。その後二人で愛し合うのでしょう。そんな光景が目にありありと浮かんできて、モヤモヤしてしまいます。
いえ、正直に言うと、カサンドラという愛人の存在がどうしても気に食わないのです。そしてエルキュールにも……ヘドが出ます。裁判を受けている身でありながら、こうして謝罪にまで愛人を同行させ、目一杯謝罪の演技をしているのですから。
「許す気にはなれません。お引き取りください」
許すも何も……これは謝罪と言っていいのか謎でした。まるで母親に謝罪させられた子どものように、エルキュールは椅子に座ったままもじもじしているだけです。
「いやあ……こんなの謝罪かしら……」
私は正直な気持ちを抑えきれずに口にしました。どう応じようかなと考えていると、カサンドラが眉間にしわをよせてまくし立ててきました。
「エルキュール様はちゃんと謝罪しましたよね? 許さないのですか? そんなのエルキュール様がお可哀想……」
さすがにこの発言は身の程知らずもいいところです。
「あなたね、それは謝罪する側が言うことじゃないの。許すか許さないかは、私の気持ちしだいよ。謝罪する側が許しを強要するのは、最も醜い態度だと知りなさい」
納得のいかない私は、このように強く言い返しました。するとカサンドラの顔は引きつり、エルキュールも困った顔をしました。
「ベアトリス……どうしたら僕を許してくれるんだい?」
「許すも何も……そもそもあなたは自分がしたことを悪いと思っているんですか? あなたの周りにいるいろんな人たちを傷つけて、私を傷つけて……。傷つけられた人間の気持ちがおわかりになりますか?」
「僕が悪かったよ……」
「悪いとか悪くないとかじゃないんです! 気持ちがわかるのかと聞いているんです」
「気持ち……?」
「そうです。裏切られた人々の気持ちや、虐げられた人々の気持ちです」
答えに窮していたエルキュールを不憫に思ったのか、またカサンドラが出しゃばってきました。
「ベアトリス様。もうよいではありませんか。エルキュール様は謝りました。許してあげてください」
「あんたが出る幕じゃないのよ、カサンドラ!!!」
カサンドラは私の威圧するような声に「ひっ」と怯えたあと、エルキュールの後ろに隠れるようにして控えました。
エルキュールはぽかんとした顔をしています。
「どうして……ベアトリスは彼女の名前を知っているの?」
「……」
私は答えませんでした。というのも、エルキュールが不思議そうにしているということは、カサンドラがまだ自分の身の上を明かしていないからだと思ったからです。
エルキュールは私とカサンドラの顔を交互に見つめるばかりです。
カサンドラもまた、沈黙を貫き通していました。
ごちゃごちゃうるさいカサンドラがとりあえず黙ったので、よしとします。晩餐会のことを持ち出したり、カサンドラの身分を明かしたりする必要も今はありません。私はエルキュールと一対一で向き合っているからです。
私はエルキュールの目をまっすぐ見つめました。
「苦しんでいる人の気持がわからないなら、それもまたしかたないでしょう。あなた自身が人生で苦しんだことがないからなのか、はたまた根本的に人と共感することができない性分なのか……わかりませんが。そんなの、あなたの努力でどうすることもできませんものね」
「陛下は、君が僕を許してくれさえしたら、最悪の処分はしないと言ってくれているんだ。なんとか許してくれないか? 頼むよ……」
エルキュールは、どうしても自分本位の考えから抜け出せないようです。
「嫌よ。悔いてもいないような人を許す意味なんてないから」
「どうか……このとおりだ」
エルキュールはゆっくりと椅子から身を起こし、床に両膝をつき、首を落としました。
「ベアトリス……君を苦しめて、本当にすまなかった。どうか許して欲しい。君の寛大さに甘えて、調子に乗ってしまった。今ならわかるんだ」
エルキュールは真剣な目で切実に訴えかけてきました。
私だって、許したくないわけではないのです。許せるものなら許したい。でも、ここで許してしまっては、城に帰ってから私の悪口で盛り上がるに違いありません。その後二人で愛し合うのでしょう。そんな光景が目にありありと浮かんできて、モヤモヤしてしまいます。
いえ、正直に言うと、カサンドラという愛人の存在がどうしても気に食わないのです。そしてエルキュールにも……ヘドが出ます。裁判を受けている身でありながら、こうして謝罪にまで愛人を同行させ、目一杯謝罪の演技をしているのですから。
「許す気にはなれません。お引き取りください」
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