上 下
31 / 48

31

しおりを挟む
客間に重たい沈黙が流れました。

許すも何も……これは謝罪と言っていいのか謎でした。まるで母親に謝罪させられた子どものように、エルキュールは椅子に座ったままもじもじしているだけです。



「いやあ……こんなの謝罪かしら……」



私は正直な気持ちを抑えきれずに口にしました。どう応じようかなと考えていると、カサンドラが眉間にしわをよせてまくし立ててきました。

「エルキュール様はちゃんと謝罪しましたよね? 許さないのですか? そんなのエルキュール様がお可哀想……」

さすがにこの発言は身の程知らずもいいところです。

「あなたね、それは謝罪する側が言うことじゃないの。許すか許さないかは、私の気持ちしだいよ。謝罪する側が許しを強要するのは、最も醜い態度だと知りなさい」

納得のいかない私は、このように強く言い返しました。するとカサンドラの顔は引きつり、エルキュールも困った顔をしました。

「ベアトリス……どうしたら僕を許してくれるんだい?」

「許すも何も……そもそもあなたは自分がしたことを悪いと思っているんですか? あなたの周りにいるいろんな人たちを傷つけて、私を傷つけて……。傷つけられた人間の気持ちがおわかりになりますか?」

「僕が悪かったよ……」

「悪いとか悪くないとかじゃないんです! 気持ちがわかるのかと聞いているんです」

「気持ち……?」

「そうです。裏切られた人々の気持ちや、虐げられた人々の気持ちです」

答えに窮していたエルキュールを不憫に思ったのか、またカサンドラが出しゃばってきました。

「ベアトリス様。もうよいではありませんか。エルキュール様は謝りました。許してあげてください」

「あんたが出る幕じゃないのよ、カサンドラ!!!」

カサンドラは私の威圧するような声に「ひっ」と怯えたあと、エルキュールの後ろに隠れるようにして控えました。

エルキュールはぽかんとした顔をしています。

「どうして……ベアトリスは彼女の名前を知っているの?」

「……」

私は答えませんでした。というのも、エルキュールが不思議そうにしているということは、カサンドラがまだ自分の身の上を明かしていないからだと思ったからです。

エルキュールは私とカサンドラの顔を交互に見つめるばかりです。

カサンドラもまた、沈黙を貫き通していました。



ごちゃごちゃうるさいカサンドラがとりあえず黙ったので、よしとします。晩餐会のことを持ち出したり、カサンドラの身分を明かしたりする必要も今はありません。私はエルキュールと一対一で向き合っているからです。



私はエルキュールの目をまっすぐ見つめました。



「苦しんでいる人の気持がわからないなら、それもまたしかたないでしょう。あなた自身が人生で苦しんだことがないからなのか、はたまた根本的に人と共感することができない性分なのか……わかりませんが。そんなの、あなたの努力でどうすることもできませんものね」

「陛下は、君が僕を許してくれさえしたら、最悪の処分はしないと言ってくれているんだ。なんとか許してくれないか? 頼むよ……」

エルキュールは、どうしても自分本位の考えから抜け出せないようです。

「嫌よ。悔いてもいないような人を許す意味なんてないから」

「どうか……このとおりだ」

エルキュールはゆっくりと椅子から身を起こし、床に両膝をつき、首を落としました。

「ベアトリス……君を苦しめて、本当にすまなかった。どうか許して欲しい。君の寛大さに甘えて、調子に乗ってしまった。今ならわかるんだ」

エルキュールは真剣な目で切実に訴えかけてきました。



私だって、許したくないわけではないのです。許せるものなら許したい。でも、ここで許してしまっては、城に帰ってから私の悪口で盛り上がるに違いありません。その後二人で愛し合うのでしょう。そんな光景が目にありありと浮かんできて、モヤモヤしてしまいます。

いえ、正直に言うと、カサンドラという愛人の存在がどうしても気に食わないのです。そしてエルキュールにも……ヘドが出ます。裁判を受けている身でありながら、こうして謝罪にまで愛人を同行させ、目一杯謝罪の演技をしているのですから。




「許す気にはなれません。お引き取りください」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

処理中です...