浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah

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部屋の扉を開けました。

「ナディエどうしたの? 大きな声を出して。何かあった?」

ナディエが息を切らして、ぜいぜい言っています。走ってここまで来たようです。

「エルキュール様が来ております」

「え? 一人?」

「いえ、使用人と見られる者を一人つけておられます」

「いまどこ?」

「客間に通してあります」

「用件は?」

「ベアトリス様に……謝りたいとのことです」

エルキュールが謝罪しに来るなどとは思ってもみませんでした。それに……あの男が自分の過ちを認めるとは考えられませんでしたが、こちらも無視するわけにいきません。向こうの謝罪を聞きすらしないとなると、私の評判が落ちてしまいます。



「とりあえず……会いましょう」



そうして私は部屋を出て廊下を歩き、客間へ入りました。

するとそこにはエルキュールの他に、使用人が一名いました。身なりが使用人なので一度見ただけで視線をそらしたのですが、見覚えがあり、二度見しました。



なんと使用人の格好をしていたのは……

カサンドラだったのです。



私を見るなり、エルキュールは椅子から立ち上がり、話しかけてきました。しかし、私の目はカサンドラに釘付けでした。



(どうしてこの女を連れてきたの……?)



エルキュールは不安定な声で始めました。

「久しぶりだな、ベアトリス。今日は会ってくれてありがとう」

ありがとうじゃねえよ。謝りに来るなら一人で来いよと腸が煮えくり返りました。どうして浮気相手の女を連れてきた? しかも使用人の格好までさせて……。変装になってねえんだよ。私が覚えていないとでも思ったのか?

「何のご用でしょうか?」

私はひとまず椅子に座り、話を聞くことにしました。カサンドラについては触れずにおきました。

エルキュールも深々と椅子に腰かけます。こちらから『おかけください』とも言っていないのに。許可もなくゆったり座れる身分だと思うなよ、クソ男が。こういう部分に、生まれつき横柄に育ってきた性格が出るのです。

「その……だな……まあ……元気にしてるかなと思ってだな……その……」

謝罪に来たはずなのに、エルキュールはまごついて言葉を探していました。さっさと言うべきことを言えばいいのに、変に生まれる間が耐えられません。



すると、エルキュールの右後ろで控えていたカサンドラが、エルキュールに耳打ちをしました。



『謝罪しに来たのですよ。表面だけでいいですから、すまなかったと言いましょう。思っていなくても大丈夫ですからね。ひとまず謝っておけば、すべてうまくいきますよ』

こそこそ話のつもりなのでしょうが、正面に座っている私に丸聞こえです。いったい私は何を見せられているんだという気持ちになりました。

「……ベアトリス……。僕が悪かったよ、すまなかった」

エルキュールが謝罪の言葉を口にした瞬間、またカサンドラがエルキュールの耳元まで顔を持っていきました。

『よく言えましたよ、さすがです。立派に謝罪なさいましたね』



はあ?



茶番に興ざめするなんてレベルではなく、エルキュールの幼稚性と、エルキュールを過剰に甘やかすカサンドラに吐き気がしました。まだこっちは許すとも何とも言っておらず、……というより話は始まったばかりです。それなのに一言謝っただけのエルキュールに対し、絶賛する馬鹿女。

一度男に惚れてしまうと、女の目はこれほどまでに濁るのかと、気味が悪くなりました。もはや男がいいことをしていようが悪いことをしていようが、関係ないのです。

カサンドラはエルキュールの頭越しに、強要するような目つきで私を見つめました。

「ほら、エルキュール様は謝罪しましたよ。許していただけますよね?」
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