浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah

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初めて参加した祈りの会でしたが、異様な雰囲気に包まれていることだけは感じ取れました。

中立派のガブリエル公爵が参加したことで、摂政派の貴族の方々が勢いづいていました。私の父であるガブリエル公爵は貴族の中でも最大の領地を治めており、軍事経済の両面において多大な力を有しています。摂政派はもはや勝った気でいるかのようでした。

私はこの会を通じて、堂々としたお父様がいるという安心感と、これから国が変わっていくのだという緊張感を同時に持ち続けました。

国王陛下の弟である摂政エドゥアルド様は、プライベート色の強い会合のせいか、饒舌に王国の理想を語りました。もちろん表立っては言わないものの……エドゥアルド様は国王の座を虎視眈々と狙っている、といった印象です。それに王妃テレジア様がのっかり、体制が簡単に覆ってしまいそうな、ある種の不穏な空気が漂う時間もあったのです。

エドゥアルド様の表情や声色から、テレジア様の思惑を理解し、そしてそれを計算高く利用しているように見えました。しかしその表情には、王国を危険な道へと導く可能性も見え隠れしていたように思います。



祈りの会が終わると、私とナディエはお父様と一緒に馬車に乗りました。

ノンバルディア(ガブリエル公爵が治める領地)まで帰ってきて、見慣れた田園風景や自分の生まれ育った街を見ると、懐かしさとほっとした気持ちでいっぱいになりました。



「久しぶりだから、ここからは歩いていきたい」



あと少し行けば城門が見えそうなところまで来たのですが、私はお父様にこうわがままを言った後、ナディエと歩くことにしました。

地に足をつけると、帰ってきたという実感がより湧きます。道沿いに連なる木々の新鮮な香りが鼻腔まで届き、小鳥の可愛らしい声が聴こえてきます。



ナディエは隣で、「ノンバルディアには初めて来ました。街並みも素敵で活気がありましたし、豊かな自然もありますね」と、目を控えめに輝かせながら言いました。

「そうね。私が嫁ぐ前よりも人が増えているし、街も栄えてるって感じ。道もどんどん整備が進んでいるわ。そういえばナディエの故郷って……?」

「わたくしはヴェルデという辺境の街で生まれたことだけは聞かされたのですが、特に『ここが故郷だな』と思えるような土地はありません。小さい頃から城に住み込みで働いていましたし」

「そっか。ナディエはほとんどあの城で過ごしてきたようなものなんだよね」

「そうですね。城は『慣れた場所』という感じではあるのですが、故郷とは違います。だから、わたくしは……『故郷』と呼べるような場所を持っていないんです」

「故郷って何なのかな? 私は今こうしてノンバルディアまで帰ってきて、すごく落ち着いてるの。でも一方で、戻りたくなかったような気もする。なんか、胸を張って歩けないような感じがして……」

結果的に離縁できてよかったし、あたふたしているエルキュールを見るのは気味がいいのですが、まだまだ釈然としない気持ちが私の中にありました。

ナディエは少し考えた後、次のように言いました。

「生まれた場所がどこであれ、過去を振り返ったときに『ここで自分が形作られたんだ』と思えるような土地こそが、故郷なのではありませんか?」

納得です。

「きっとそうね。だからこそ、何でも知られているような気がして、こそばゆいのかしら」

ナディエとこうして話しながら歩いていると、遠くに城門が見えてきました。その門の向こうには、久しぶりに見る懐かしい人々が待ち構えていてくれたのです。



「ベアトリス! お帰りなさい!」



お母様が手を振っています。そして、何度も大きな声で「お帰りなさい」と言ってくれました。こんなに大胆に手を振り声を出している母を初めて見ました。



「お母様! ただいま帰りました!」



私はずっと、お父様もお母様も事務的な人だと思っていたのですが、勘違いだったと反省しました。近づくにつれ、お母様の表情の機微が私の瞳に鮮明に映り、そのまなざしは娘と再会した喜びに溢れているようでした。

離縁されて帰ってきただけだけの娘なんて歓迎されないだろうと、馬車の中で心配していた自分もいました。しかし、お母様の温かい微笑みと、慣れ親しんだ従者たちの底抜けな笑顔を見ると、思わず涙が出そうになるのでした。
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