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陛下が晩餐会場を出てしまったので、招待客の方々のざわめきが止みません。

一方で、テレジア様とアントニオ様は落ち着いており、ゆっくりと食事を続けています。会場前方の大きなテーブルに佇むこの二人と、後方で騒ぐ貴族たちとがまるで対照的でした。

夫は両膝をついたまま完全に放心状態で、立ち上がる気配もありません。このままでは周囲に迷惑がかかるばかりなので、やむを得ず、夫に声をかけることにしました。



「あなた。行きましょう」



夫の肩に触れて立ち上がらせようとすると、



「触るな! このバカ女が!」



と怒りの声を上げました。その大声によって、また会場が静まります。

「皆が……見ていますよ。これ以上は、見苦しくなります」

夫は鬼のような目つきで私をにらみました。

「お前のせいだろうが! 大人しくしておくだけでいいと、あれほど言っておいたのに。黙ってれば上手くいくものを、どうして黙っていられないかね? もし領地の取り潰しにでもなったら、君だって困るんだぞ?」

「私は困りません。領地のために生きているわけでもありませんし、城なんてどうでもいいですから」

「くそっ……! 最初はいい女だと思ったのに、やっぱり疫病神だったな。今まで贅沢をさせてやった恩も忘れて、こんな仕打ちをしてくれるとは……。終わりだ……終わりだ……」

目の焦点が合っていない夫はこう言い残すと、ふらふらと出口へ向けて歩き始めました。



私も夫の後をついて行こうとしたのですが、呼び止められました。



「放っておきなさい。今夜、あなたはうちの城に泊まるといいでしょう。使いも出しておきますから、連絡に問題はありません」



テレジア様が優しくはっきりと、このようにおっしゃいました。

思いがけない提案に驚きましたが、王妃様の命令とあらば断るわけにもいきません。それに私も、夫と同じ馬車で帰りたくありませんでした。そもそも夫を怒らせた私が……このまま無事に城へ帰れるでしょうか。



「かしこまりました。お気遣い感謝申し上げます……」



私が承諾すると、またテレジア様は慈愛に満ちた微笑みを向けてくださいました。アントニオ様も、やわらかい表情をなさっています。少なくとも、王家全体の敵だと捉えられているわけではないようです。



見渡すと会場は一種の騒ぎのようになっており、両派閥(国王派と摂政派)の方々は大忙しです。夫が領地を失った場合の影響範囲や、新しく誰がそこを治めるかなど、皆の切り替えの早さに驚かされます。

やはり社交場の仲の良さなんてものはどこまで行っても表向きにすぎず、各人の最重要は安定した生活と保身、さらなる欲望の実現にあるのだと思うと、余計この世界が馬鹿らしくなりました。浮世で踊り狂うだけが能のような彼らのために、今までどれだけ精神をすり減らしてきたかと思うと、人の世の淡さが透けて見えます。





(あれ……?)




去り行く夫の背中が小さくなっていくなか、夫の姿を誰よりも目で追っている歳若い貴婦人が目立っております。彼女のまなざしからは、夫のことを本当に心配しているような色が感じられました。自分のことだけを考えてあわてふためく貴族たちの中にあって、彼女の面持ちは異様とも言えます。



私は自分の目を何度もこすりました。
見覚えがあるような気がします。



間違いありません。



会場でただ一人、夫を心配そうに見つめるその女性は、かつて夫に下着を投げられていたあの人なのです! 夫だけでなく私にも丁寧なお辞儀をして帰って行った彼女の顔を、忘れるはずがありません。頬紅や眉墨に高級な品を使用しており、雰囲気がまったく異なりますが、本人に違いありません。

彼女は、夫が街で見つけてきた平民だったはずです。王家の招待がなければ参加できないこの晩餐会に、存在してはならない人物です。これは彼女を蔑んで言っているわけではなく、王家の晩餐会は貴族ですら参加することの難しい催しであるからです。ましてや平民が参加できるはずありません。

テレジア様とアントニオ様への丁寧な挨拶を済ませた私は、その場を静かに後にしました。そして次に向かったのは、一体なぜか高貴な貴婦人の姿に変わってしまった、謎に包まれた女性のもとでした。
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