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「夫のエルキュールは……毎日のように女性と浮気を繰り返しています。災いの種になるからやめてほしいと私は言うのですが、聞いてくれる気配もありません。それが本当に……困っています」
陛下もテレジア様もアントニオ様も、そして夫も言葉を失い、時が止まったかのようになりました。私たちは表向き仲の良い夫婦を演じてきたので、打ち明けた内容は驚きのことだったのだと思います。夫もまさか私が晩餐会の場で暴露するとは考えていなかったのでしょう。あ然としてしています。
陛下はきょとんとした顔をして、夫に問いました。
「エルキュール卿。君はいつも夫婦仲良しだと言っていたよね? 妻以外の女性なんて見向きもしません、とも。……嘘だったの?」
王族や貴族の間では政略結婚が一般的で、夫婦は形式にすぎないことも多いのですが、陛下は珍しく愛妻家です。そのため、周りには自然と愛妻家が集まります。愛妻家でなければ国王派でいられないなんてことはもちろんありません。でも、陛下により近づくためには、少なくとも演じる必要があるのでした。
夫はまごついて、陛下と私を交互に見て焦っています。あまりに不意なことで、混乱しているように見えます。こんなに焦っている夫の姿を見るのは初めてです。感情を持ち合わせていた頃の私であれば、可哀想だと思ったかもしれません。しかし今や、夫を憐れむ気持ちは微塵もなく、無駄な想像で自分の気持ちを痛めつけることもありません。
夫は言葉に窮しましたが、
「いえ、陛下……。妻の言っていることは間違いでございます。もちろんわたしも一城の主であるがゆえに、さまざまな人間と関わりを持ちます。夜には男に会うこともあれば、女に会うこともあります。妻は勘違いしているのです……」
と答えました。
夫は不貞を認めるどころか、私に責任をなすりつけようとしています。浮気をする人というのは、皆こうなのでしょうか? 最初は否定し、バレては言い訳し、追い込まれたら懺悔する。典型的なこの道を夫も辿るつもりなのでしょうか。
陛下は無表情となり、私を見つめています。そして、あくまで真偽を確かめようとなさいました。
「ご夫人。どうなんだい? エルキュール卿は仕事だと言っているが?」
私は静かに首を横に振りました。
「仕事ではありません。仕事であればなぜ毎晩、平民の女を抱き、お金をあげる必要があるのでしょう? お金に困った平民を街から見つけてきては城に持ち帰り、自室で奴隷のように扱っているのです。信じられないかもしれませんが……妻である私を部屋に呼び、その様子を見せつけたこともあります」
「え!? 事実だとしたら、まずいね。……じゃあ、夫婦仲良しでもないの?」
「まったく仲良くありません。浮気くらいで騒ぐなと言われましたし、もはや愛はありません。おしどり夫婦を演じるのも疲れたので、これからは自然に振る舞わせていただきます」
はっきり気持ちを述べる私に対し、陛下は戸惑いを隠せずにいるようでした。一方のテレジア様とアントニオ様は表情を変えませんでしたが、互いに一瞬目を合わせました。二人の間には強固な信頼関係があるのかもしれません。無言のコミュニケーションが行われたように見受けられました。
陛下は額にシワを寄せ、大きくため息をつきました。
「実は最近、王家への陳情書に、妻を奪われたと訴えるものが次々と寄せられていたんだ。一度や二度のことではなく、ほぼ連日のようにだ。その大半がエルキュール卿の領地からだったよ。直接君に奪われたと書いているわけではなかったし、その調査を命じようと思っていたところだったんだ。まさか領主自身が犯人とはね……」
夫はすぐに「誤解です!」と叫ぶように言いました。他の貴族の方々も一斉にこちらを見ます。晩餐会場が静まり返りました。
「いずれにせよ……エルキュール卿、しばらく自分の城で謹慎していてくれ。僕が許可するまで、客人を通してはならない。王家から君の領地に調査団を派遣し、聞き込みを行う」
陛下がこうおっしゃった瞬間、会場にいる貴族の方々がざわつき始めました。政界の変化にいち早く反応しようとしているのか、席を立って移動しひそひそ話をする方もいます。夫の愚行が知れ渡っていきます。
「そんな……ご勘弁を……陛下……」
ついさっきまで調子のよかった夫が震えています。たった一言をきっかけにして、人間の人生はここまで変わるのかと、劇を観るような気分がしました。今まで私が味わってきた苦しみを、今度は夫が味わう番なのです。
ちなみに調査団を派遣されるというのは、よっぽどのことです。最悪の場合、領地を失ったり、家が取り潰しになったりすることがあると聞いています。
陛下は夫の肩に手をやりました。
「とにかく僕たち王族や貴族というのはね……安定した支配が第一なのだよ。だからこそ平民にも、議会を設けさせ、一定の自治を認めている。権力を無理に使って彼らを傷つけると、反乱が起きてしまうからね」
夫は陛下の言葉に、一言も返せません。
陛下は続けます。
「誰だって、誰かの大切な人なんだよ。それを引き回して奴隷のように扱ったら、一生恨まれてしまう。わかったかい?」
「はい……」
肩を落とした陛下は、「残念だ。一番信頼できる仲間であり、親友のように思っていたのに……。君が嘘をついていたというのが、何よりショックだ」と言った後、「とりあえず君の領内がきちんと統治されているのか、確認させてもらうね。下がっていいよ……」と夫に命じました。
「そ、そんな……陛下……」
膝から崩れ落ちた夫は、晩餐会場から離れていく陛下の後ろ姿を虚ろな目で見つめ続けました。
陛下もテレジア様もアントニオ様も、そして夫も言葉を失い、時が止まったかのようになりました。私たちは表向き仲の良い夫婦を演じてきたので、打ち明けた内容は驚きのことだったのだと思います。夫もまさか私が晩餐会の場で暴露するとは考えていなかったのでしょう。あ然としてしています。
陛下はきょとんとした顔をして、夫に問いました。
「エルキュール卿。君はいつも夫婦仲良しだと言っていたよね? 妻以外の女性なんて見向きもしません、とも。……嘘だったの?」
王族や貴族の間では政略結婚が一般的で、夫婦は形式にすぎないことも多いのですが、陛下は珍しく愛妻家です。そのため、周りには自然と愛妻家が集まります。愛妻家でなければ国王派でいられないなんてことはもちろんありません。でも、陛下により近づくためには、少なくとも演じる必要があるのでした。
夫はまごついて、陛下と私を交互に見て焦っています。あまりに不意なことで、混乱しているように見えます。こんなに焦っている夫の姿を見るのは初めてです。感情を持ち合わせていた頃の私であれば、可哀想だと思ったかもしれません。しかし今や、夫を憐れむ気持ちは微塵もなく、無駄な想像で自分の気持ちを痛めつけることもありません。
夫は言葉に窮しましたが、
「いえ、陛下……。妻の言っていることは間違いでございます。もちろんわたしも一城の主であるがゆえに、さまざまな人間と関わりを持ちます。夜には男に会うこともあれば、女に会うこともあります。妻は勘違いしているのです……」
と答えました。
夫は不貞を認めるどころか、私に責任をなすりつけようとしています。浮気をする人というのは、皆こうなのでしょうか? 最初は否定し、バレては言い訳し、追い込まれたら懺悔する。典型的なこの道を夫も辿るつもりなのでしょうか。
陛下は無表情となり、私を見つめています。そして、あくまで真偽を確かめようとなさいました。
「ご夫人。どうなんだい? エルキュール卿は仕事だと言っているが?」
私は静かに首を横に振りました。
「仕事ではありません。仕事であればなぜ毎晩、平民の女を抱き、お金をあげる必要があるのでしょう? お金に困った平民を街から見つけてきては城に持ち帰り、自室で奴隷のように扱っているのです。信じられないかもしれませんが……妻である私を部屋に呼び、その様子を見せつけたこともあります」
「え!? 事実だとしたら、まずいね。……じゃあ、夫婦仲良しでもないの?」
「まったく仲良くありません。浮気くらいで騒ぐなと言われましたし、もはや愛はありません。おしどり夫婦を演じるのも疲れたので、これからは自然に振る舞わせていただきます」
はっきり気持ちを述べる私に対し、陛下は戸惑いを隠せずにいるようでした。一方のテレジア様とアントニオ様は表情を変えませんでしたが、互いに一瞬目を合わせました。二人の間には強固な信頼関係があるのかもしれません。無言のコミュニケーションが行われたように見受けられました。
陛下は額にシワを寄せ、大きくため息をつきました。
「実は最近、王家への陳情書に、妻を奪われたと訴えるものが次々と寄せられていたんだ。一度や二度のことではなく、ほぼ連日のようにだ。その大半がエルキュール卿の領地からだったよ。直接君に奪われたと書いているわけではなかったし、その調査を命じようと思っていたところだったんだ。まさか領主自身が犯人とはね……」
夫はすぐに「誤解です!」と叫ぶように言いました。他の貴族の方々も一斉にこちらを見ます。晩餐会場が静まり返りました。
「いずれにせよ……エルキュール卿、しばらく自分の城で謹慎していてくれ。僕が許可するまで、客人を通してはならない。王家から君の領地に調査団を派遣し、聞き込みを行う」
陛下がこうおっしゃった瞬間、会場にいる貴族の方々がざわつき始めました。政界の変化にいち早く反応しようとしているのか、席を立って移動しひそひそ話をする方もいます。夫の愚行が知れ渡っていきます。
「そんな……ご勘弁を……陛下……」
ついさっきまで調子のよかった夫が震えています。たった一言をきっかけにして、人間の人生はここまで変わるのかと、劇を観るような気分がしました。今まで私が味わってきた苦しみを、今度は夫が味わう番なのです。
ちなみに調査団を派遣されるというのは、よっぽどのことです。最悪の場合、領地を失ったり、家が取り潰しになったりすることがあると聞いています。
陛下は夫の肩に手をやりました。
「とにかく僕たち王族や貴族というのはね……安定した支配が第一なのだよ。だからこそ平民にも、議会を設けさせ、一定の自治を認めている。権力を無理に使って彼らを傷つけると、反乱が起きてしまうからね」
夫は陛下の言葉に、一言も返せません。
陛下は続けます。
「誰だって、誰かの大切な人なんだよ。それを引き回して奴隷のように扱ったら、一生恨まれてしまう。わかったかい?」
「はい……」
肩を落とした陛下は、「残念だ。一番信頼できる仲間であり、親友のように思っていたのに……。君が嘘をついていたというのが、何よりショックだ」と言った後、「とりあえず君の領内がきちんと統治されているのか、確認させてもらうね。下がっていいよ……」と夫に命じました。
「そ、そんな……陛下……」
膝から崩れ落ちた夫は、晩餐会場から離れていく陛下の後ろ姿を虚ろな目で見つめ続けました。
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