浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah

文字の大きさ
上 下
13 / 48

13

しおりを挟む
「皆様、お待たせいたしました。今宵は祝福の夜、王家主催の晩餐会にお越しいただき誠にありがとうございます」

王家の侍従長が舞台の上に立ち、開始の声が響き渡りました。全ての視線が舞台に集まり、歓談の時間も終わりです。

祈りの儀式が始まりました。王妃テレジア様と、教主様が舞台に現れます。テレジア様は王国の宗教的行事を束ねており、その権力は国の端々にまで行き渡っています。舞台に立つテレジア様の姿は荘厳で、会場にいる誰もがその神々しい美しさに畏怖を覚えるほどです。

「国の繁栄、平和、そしてここにいる皆様の幸せと栄光のために、万物の創造主へ、心からの祈りを捧げましょう」

テレジア様の声は優雅で、力強いものでした。

祈りの儀式が終わると、会場に豪華な食事が運ばれ、王家の使用人によって席に案内されました。夫のエルキュールと一緒にテーブルにつき、食事を始めました。



夫は素早く平らげていき、私を急かします。

「たらたら食べんるんじゃないよ。早く陛下のところへ挨拶に行くからね」

隣にいる夫の口からいつも以上にくちゃくちゃと音がします。夫は出会ったときからクチャラーで、それとなくほのめかしたこともあるのですが、気づいてもらえません。あるいは、親などに指摘されてすでに知っているのかもしれませんが、直そうとする気配はありません。今まで私が許してこれたのは、愛あっての余裕なのか、それとも愛が私の耳を埋めていたからなのか、わからなくなりました。このような人にはずっと口を塞いでいてもらい、鼻呼吸だけで人生を歩んでほしいものです。

「そんなに焦らなくても、晩餐会はまだ始まったばかりじゃありませんか」と私は返しました。

しかし夫は私のほうすら見ずに、豪勢な食事を胃袋へ放り込んでいきます。目の前の牛肉が豚のエサにすり替えられたとしても差し支えないでしょうに、もったいないことです。

「陛下の前では、とにかく大人しく、ニコニコしていればそれでいいんだからな。……(くちゃくちゃくちゃくちゃ)……余計なことをするなよ」

ただのご挨拶なのですから特に何かをするつもりもなかったのですが、あえて「余計なことをするな」と言われると、何かしたくなってきました。夫は私をコントロールしたいようですが、それに見合うほどの扱いを受けた覚えもありません。

「行くぞ、ついてこい」

夫がこう言うので、私は食事を途中で切り上げざるをえなくなりました。夫の後についていき、前方の大きなテーブルに向かいます。

エドゥアルド国王陛下、王妃テレジア様、そして摂政アントニオ様に対面しました。




「陛下、テレジア様、アントニオ様、本日は素晴らしい宴を催していただき、心から感謝申し上げます」




夫が声を張り上げました。陛下は微笑んだものの、テレジア様とアントニオ様は私たちのほうを見ながら、うわべだけの笑みを浮かべているように見えます。

陛下は近づいてきた夫の手を握りしめ、「エルキュール卿はいつも食べるのが早いね。今日の晩餐会も一番乗りだ!」と満足そうにしました。夫も陛下に褒められて鼻高々なのですが、食べるのが早くて褒められる世界線なんて……ありましたっけ?



一方で、陛下の喜ぶ様子を見たテレジア様は、

「……エルキュール卿だけが別の競技に参加しているようですわ。子どものときのパン食い競走も、さぞかし早かったのでしょうね」

と皮肉を言いました。テレジア様の目には、明らかに侮蔑の色が含まれていました。夫と目を合わせようともしません。



「エルキュール卿。子どものときはパン食い競走が得意だったのか?」



陛下がこのようにおっしゃるので、内心で可笑しくなりました。陛下は純粋なお人柄で、テレジア様の皮肉もわからず質問したのです。



「もちろんでございます陛下。みんなの足が遅いから、二つ分パンを食べたこともあります」



胸を張って答える夫に対し、陛下は「ははははは、さすがエルキュール卿だ!」と笑いながらテレジア様を見ます。「だそうだよ、テレジア。さすがだな君は。人の子どもの頃までわかるなんて」

テレジア様は小さくため息をつき、次は私のほうを見ました。テレジア様の瞳はとても深みのある黒色をしていて、何もかも見透かされそうな、引き込まれるような魅力があります。



「奥様も、いろいろと大変ですわね。ご苦労お察ししますよ」



初めてテレジア様に話しかけられました。過去に参加した晩餐会ではどれも、私は夫の後ろに隠れるように立っていたので、目が合うことすらありませんでした。



「そうなんです。子どものような夫の自分勝手さに、苦労が絶えません」



夫がぎろりと私を睨みました。もちろん、王家の方々の死角になるようにしてです。今までの私であれば「苦労なんてありません。良き夫を持てて幸せです」とでも答えていたでしょう。しかし、そんな私はもういません。夫は何も言いませんでしたが、(余計なことを言うな!)という必死の表情が見えます。

テレジア様は意外そうな顔をして、目を細めてお笑いになりました。その後、慈愛に溢れた目で、再び私を見つめました。

「そうでしょう、そうでしょう。わたくしの夫も純粋すぎて困っています。お互い、夫に苦労させられますね」

テレジア様の言葉に、陛下はぎょっとしました。身をのけぞっています。

「え、そんなに困ってる? 僕のせいで? なんだかごめんね……」

陛下は私の夫と違い、とても素直なようです。その性格は、陛下の愛すべき点であると同時に、テレジア様にとっては悩みの種なのかもしれません。しかし、テレジア様が陛下を見る目はとても温かく、仲睦まじい夫婦に見えます。二人の間には、ほほえましい雰囲気が満ちています。それは、私と夫との間にはない空気感でした。

このやりとりをきっかけにして、陛下とテレジア様の関心が私に向きました。

陛下は純粋な瞳を輝かせながら私に質問しました。

「ご夫人は……エルキュール卿のどんなところに困っているのですか?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

10年前の婚約破棄を取り消すことはできますか?

岡暁舟
恋愛
「フラン。私はあれから大人になった。あの時はまだ若かったから……君のことを一番に考えていなかった。もう一度やり直さないか?」 10年前、婚約破棄を突きつけて辺境送りにさせた張本人が訪ねてきました。私の答えは……そんなの初めから決まっていますね。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

処理中です...