浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah

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馬車から降り、私たちは受付を済ませました。そして晩餐会に参加するため、まず手洗いの儀式を済ませます。今日のために着飾った王家の使用人たちが丁寧に両手に水をかけてくれます。

その後、大きな扉が開き、私たちは豪華な晩餐会場に入りました。きらびやかなシャンデリアが天井からぶら下がり、壁には歴代の国王の巨大な肖像画が飾られています。

会場の中で、ひときわ目を引く存在がいました。私の妹、ミアです。隣には彼女の夫であるジョヴァンニ侯爵もいます。

「お姉ちゃん! やっと会えたわ!」

ミアは私を見つけると、招待客の方々を縫うようにしてこちらに駆け寄ってきました。その場で一回転し、華やかなドレスを舞い上がらせます。

「どう? 今日のドレス! 素敵でしょ?」

水色のシルクのドレスです。その綺麗なドレスは、彼女の天真爛漫な雰囲気をより一層引き立てています。

ただ惜しいことに……これは私の問題ですが……私は喜びに共感できなくなっています。ドレスが美しいことは理解できますが、妹の喜びですら感情として伝わってこないのです。「とても素敵よ、ミア」と答えてあげましたが、渇いた声だったかもしれません。

ジョヴァンニ侯爵も笑顔で「ベアトリス様、お久しぶりです」と私に挨拶をくれました。彼は長いあご髭を生やしており、とても大柄な方です。

軽い挨拶が終わるとすぐ、エルキュールとジョヴァンニ侯爵はそれぞれの義務を果たすべく、緊張感を持って別々の方向へと歩いて行きました。対立する派閥に属する彼らは、今日も権力争いの真っ只中にいるのです。

小さい頃から大人しいと言われてきた私は、争い事が苦手でした。夫に対してでさえ、老婆の不思議な術がなければ、言い返せなかったのが事実です。他人への恐れがなくなった今、もっと周りにぶつかっていけるのかもしれないと、晩餐会場でひとり奮い立ちました。



晩餐会の前に祈りの儀式があるのですが、招待客の方々がまだ揃っていないせいか、始まりません。



ミアと私は雑談を始めました。

ミアは私とは違い、かなり積極的な性格をしています。好奇心旺盛で、昔から恋多き女でした。新しい恋愛を見つけるたびに、よく話をしてくれました。性格が大きく異なるため、いつも相性がいいとは言えないのですが、やはり私は姉として妹が放っておけなく、また妹からしても、そんな私を慕ってくれているように思います。

私はミアに「最近、生活はどう? ジョヴァンニ様は変わらず愛してくださってる?」と聞きました。

妹の顔が曇ります。

「そうね。嫌になるくらい愛情をくださるわ。正直わたしは自由にしていたいけど、まだ束縛がきつすぎる……」

ミアは結婚当初から、夫ジョヴァンニ侯爵の愛情が重すぎると、よく愚痴をこぼしていました。ジョヴァンニ侯爵は周りから見ても異常なまでに愛情を注いでいます。いつも三人以上の使用人をミアの側に置いて、そのうちの一人に一時間おきの報告をさせています。最近少しずつ慣れてきたと手紙には書いてありましたが、ミアは結婚当初ノイローゼになっていたのです。

「結婚してそれなりに経ったでしょ? まだジョヴァンニ様の愛情が続いているなんて、ある意味すごいことね……」

妹は「うーん」とうなり、首を横に振りました。

「好かれて嬉しいのは、こちらが恋した相手だけよ。別に好きでもない夫に好かれてもって感じ。政略結婚なんだし、むしろ嫌いになってもらって、そっとしておいてほしいのに……」

「ミアも結婚したのだから、そろそろ落ち着くという選択肢もあってよ?」

「そんなのもったいないわ! みんな……ていうかお姉ちゃん以外の人は、形だけ結婚して、あとは裏で恋を楽しんでるというのに……はーあ、わたしだけどうしてこんなに縛られてるんだろう……」

「恋とは別に、何か熱中できることを見つけたら?」

「お姉ちゃんもそういうありきたりなアドバイスするのね~。……やっぱり無理なのよ。恋愛ほどわたしの心を動かしてくれるものはないわ。片想いをして、少しずつ距離が近づいて、お相手の方が振り向いてくれる! こんなときほど幸せな瞬間はないのよ」

息の詰まるような結婚生活をしていても、ミアは生来の好奇心と恋に対する情熱を失っていません。新たな恋に目覚めるたびに、お相手の良い部分を見つけては、キラキラした目で私に教えてくれます。ジョヴァンニ侯爵の束縛にもめげず、常に生き生きとしています。

どう反応しようか困りましたが、「せっかく夫婦になったのだから、普通に愛し愛されるほうがいいわ」と返しました。

するとミアは満面の笑みを浮かべて、「でた! お姉ちゃんお得意の”普通”! 普通って、要するにその人が納得してるってだけのことでしょ? 人の数だけ普通があるの!」と可愛らしく主張しました。

奔放な妹がいる手前、常識的な夫婦愛を述べたのですが、このとき初めて、自分に愛され願望がなくなったことに気づきました。ミアのことを、いつもどこかで羨ましいと感じてきた私ですが、そういう感情もなくなっています。

さっきの私の言葉は、おそらく習慣によるものです。まさに妹が言うように、”納得できる夫婦のカタチ”を私なりに描いているからこそ、そう言ったにすぎないのでしょう。常識を盾にして人との衝突を避けようとする癖が……また出てきています。


祈りの儀式の準備が整えられつつあります。

気がつけばミアは首をかしげ、心配そうに私の顔をのぞきこんでいました。


「お姉ちゃん、なんかいつもと雰囲気違うけど大丈夫? ずっと無表情だし……体調でも悪い?」

ミアの言葉を聞いて、はっとしました。今までは自然に笑顔になれていたのだろうけど、これからは意識的に笑顔を作らなければ、その拠り所となる感情がありません。

「ううん、大丈夫! 馬車から降りたばかりだから、少し疲れてるだけ。いい加減ミアも、ジョヴァンニ様の愛情に応えてあげなさいよ!」

ミアは私のいつもの”お説教”に安心して微笑み、「あのね、この前ね、摂政のアントニオ様がね……」と話を続けます。

摂政のアントニオ様という人は、国王陛下の弟で、王国の歴史からすると例外的に、王位継承権を持ったまま兄を補佐しているのです。”仲良し”の兄弟のことを想った、今は亡き前国王のはからいでした。

ミアと話しながら会場を見渡すと、エルキュールは保守的な国王派の人たちと、ジョヴァンニ侯爵は急進的な摂政派の人たちと談笑しているようでした。二つの派閥は会場の真ん中を深い溝とするかのように、左右に分かれています。

私たち姉妹は、対立する派閥にそれぞれ嫁いだのです。私たちの父ガブリエル公爵は、王国でも珍しい中立派で、婚姻は明らかに政治的意図がありました。

このような二大勢力の争いに、まさか私もミアも大きく巻き込まれていくことになるなんて、このときは思ってもみませんでした。
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