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「何をって……見てわからないのですか? 紅茶とお菓子をいただいているんです」

淡々と答える私に、夫は開いた口が塞がらないようです。女のほうも、びっくりして目を見開いています。

「ここは廊下だぞ! 頭がおかしくなってしまったのか!?」

うろたえる夫の様子が滑稽に見えます。驚きと怒りで顔が赤くなり、まるで子供のように頭を振っていました。

「私は至って冷静ですよ。あなたが今日も懲りずに浮気をなさるので、その音だけでも楽しませてもらおうと思って、ここにテーブルを構えたのです」

夫は口をパクパクさせて、動揺しています。

「そ、それが異常だって言ってるんだよ! 今までそんなことしてなかったじゃないか!」

「今までしたことがないからといって、どうして異常なんです? あなたのほうこそ、妻が苦しんでいるというのに、なぜ毎日のように女を部屋に連れ込むのですか? まともな神経をお持ちとは思えません」

普段とは異なる私の振る舞いに、夫は言葉を失いました。もはや恐怖に近いものを感じているのでしょう、ピクピクと震える夫の唇が見えましたが、何も声を出すことはできないようでした。ついさっきまで、激しい声をあげていたくせに。発声練習が足りなかったのでしょうか。

「……とにかく、君は大人しく君の部屋で寝ていればいいんだ。僕のすることにかまわないでくれ」

「そうは参りませんわ。私はあなたの妻です。不特定多数の女性と交われば、あなたはいつか必ず身を滅ぼすでしょう。性病にかかるくらいなら治せる可能性もありますが、社会的地位までなくしてしまっては、みじめになりますよ」

「くっっ……! 女のくせに生意気なやつめ」

「一晩も一人で眠れないほどの小心者が何を言っているのかしら? もう少し考えて物を言いなさい」

今まで見たことがないほど顔をしかめた夫は、舌打ちをしてその場を去ろうとしました。しかし、歩みを止めてこちらを振り返ると、吐き捨てるようにして次のように言いました。

「明日は……王家の城で行われる大切な晩餐会がある。国王陛下もいらっしゃる予定だ。くれぐれも粗相のないようにしろ」

意外にも、明日の連絡事項でした。社交場でメンツを潰されては夫としてたまったものではないのでしょう。いつも私たち夫婦は仲良しを演じている(演じなくてよいときも……ありましたが)ので、それができなくなることを懸念しているのです。夫は貴族社会における外面ばかり重視します。

「私が足を引っ張ったことがありまして? あなたのほうこそ、明日は私以外の女を連れていけませんよ。今のうちにそこにいる女に慰めておいてもらうことですね」

私がこう言って女に微笑むと、女は「ひっ!」と顔をひきつらせました。そして肩をすくめながら「今夜は帰ります」と言う女に対し、夫は「僕のそばにいろ! 金は倍払うからな!」と怒りました。

女はそのまま夫に渋々ついて行き、バルコニーのほうへ向かいました。毎度毎度どこから連れてくるのでしょうか。夫がお金で女を繋ぎ止めている姿は、正直見れたものではありません。

かつて家庭教師に花嫁修業をしてもらっていたとき、教えられたことがあります。世の中には、お金には代えられない本物の愛情と、お金に支えられた本物の愛情と、お金に代えられる偽物の愛情がある、と。人が愛情だと思う限り、いずれにも優劣はなく、等しく人生を包み込むそうです。さらにそれぞれの愛情には個性があり色があるため、愛に渇いた己の人生を彩ろうと、際限なくそれを求めてしまうことがある、とも。

かりそめの愛情に散財する夫は、必要以上の力で女の肩を抱き寄せ、猫のようにスリスリと顔をこすりつけながら離れていきます。夫のやるせない頬の震えは、噛むとすぐに味がなくなってしまう安いガムのように、いつしか移ろう愛の脆さを映し出しているのかもしれません。
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