2 / 6
2
しおりを挟む
嫁いで早々にお義母様にかまされた私は、生返事しかできませんでした。こういう未来が見えていた気もしますし、とうとう始まるのだなと。
「は、はあ……?」
いちいち言われなくても、郷に入れば郷に従えだと思っています。あえて険悪になろうなんて考えているわけないじゃないですか。
性格の悪い人って、どうして最初から突っかかってくるのでしょうか? おおよそ、小さい頃からどうしようもない子どもとして育ち、それが取り返しのつかない大人になり、化け物みたいなオバサンになった経緯があるのでしょう。生まれた家がよくても天性のゴミみたいな性格が、人間としての格を底辺に押しつぶしているようです。
「まずはこの屋敷の掃除から覚えてもらいます。次は炊事洗濯。わたしが出かけるときには身の回りの世話をしなさい」
「????」私は首を傾げました。
「文句があるわけ? 生意気な小娘ね。女というのはね、嫁いだ以上は嫁ぎ先の家のために身を粉にして働くべきなのよ。そうやって教育されなかったの? 嫌ね、最近の若い子は。甘やかされて育ってるから」
「いえ……文句というほどのことではありません。ただ、恐れながら、掃除や炊事洗濯などは使用人の仕事で、私の本分ではないと言いましょうか……。もちろん家のことなのでお手伝いはさせてもらいますが、まるで私の仕事のようにおっしゃるのは……どのようなお考えなのかなと……」
「じゃああんた、この家に来て何もしないつもりなの? オーギュストの嫁なのをいいことに、ただ飯を食らって、贅沢しようっていうの? わたしや夫は奴隷のように働けと? いいご身分ですね、呆れたわ。もし教育を受けていないなら、生まれる前からやり直してくれないとダメね」
「そんなこと言っていません! 決めつけないでください!」
「ふんっ……どうだか。ま、あんたがこれからこの家で何をするのか、細かく見させていただきますからね。それがオーギュストの母としてのわたしの務め。あの子のお嫁さんになるんだから、ちゃらんぽらんな嫁では困るのよ。はーあ、めんどくさい。嫁の教育なんて本当はしたくないんだから」
こうして私はオーギュスト様の家の家事も担うようになりました。毎日毎日、私の仕事をお義母様に監視され、小言を言われます。私の受け持ちじゃないような場所の埃まで「掃除できていないじゃない?」と指摘され、何度ぶん殴ってやろうと思ったかしれません。
もちろん、オーギュスト様に相談したこともあります。しかしオーギュスト様は「母上は昔からああいう性格だから……ごめんね」と謝るばかりです。
「お義母様が……個性の強い性格であることはわかっています。ただ、たまにはあなたが私の味方をしてくれませんか。たまにでいいんです。私たちはもう夫婦ですよね? お義母様に責められ続けていると、頭がどうかしてしまいそうです」
「そう言われてもね……。僕だって母上が苦手なんだ。僕たちの屋敷ができるまでの辛抱だから、なんとかうまくやり過ごしてよ。新居が建てば、自由に暮らしていいからね」
「そんな先のことなんて考えられません! 今が限界なんです。私のこと、お嫌いですか? 私よりお義母様が大切ですか?」
「アンナ……君のことも大切に決まってるじゃないか。どっちが好きかなんて、比較できない。僕は母上も君も……傷つけたくない」
結婚してみてわかりましたが、オーギュスト様は温厚というより気弱なのです。気弱で他人に対して意見することもできないから、”温厚”だと思われるだけ。いざというときに必要な指摘をする勇気のない男に”優しい”とか”温厚”とか言っても、その言葉たちが泣くように思います。穏やかな気質を示す言葉は、臆病の裏返しではなく、鋭利な刃物を収める鞘であってほしい……。
***
耐え忍ぶ結婚生活が続いていましたが、そんな日々も終わりに近づきます。やっと夫婦の屋敷を建てる土地が見つかったのです! 引っ越しの見通しが立ったとき、私は背負っていた荷物の9割くらいがなくなったような気がしました。それくらい心が軽くなったのです。暗闇の中の苦しみというのが一番辛くて、ひとすじの光さえ差せば、同じ量の困難でも違って感じるのだと学びました。
さて、いよいよ引っ越しが来月に迫ったある日のこと。
お義母様は庭で掃除をしていた私に近づいてきて、甲高い声で言いました。
「来週、お花のコンテストがあるから、あんたは晩餐の準備をしなさい。盛大にね。またわたしが一番になるに決まってる……いや、一番じゃなきゃダメなのよ!」
「は、はあ……?」
いちいち言われなくても、郷に入れば郷に従えだと思っています。あえて険悪になろうなんて考えているわけないじゃないですか。
性格の悪い人って、どうして最初から突っかかってくるのでしょうか? おおよそ、小さい頃からどうしようもない子どもとして育ち、それが取り返しのつかない大人になり、化け物みたいなオバサンになった経緯があるのでしょう。生まれた家がよくても天性のゴミみたいな性格が、人間としての格を底辺に押しつぶしているようです。
「まずはこの屋敷の掃除から覚えてもらいます。次は炊事洗濯。わたしが出かけるときには身の回りの世話をしなさい」
「????」私は首を傾げました。
「文句があるわけ? 生意気な小娘ね。女というのはね、嫁いだ以上は嫁ぎ先の家のために身を粉にして働くべきなのよ。そうやって教育されなかったの? 嫌ね、最近の若い子は。甘やかされて育ってるから」
「いえ……文句というほどのことではありません。ただ、恐れながら、掃除や炊事洗濯などは使用人の仕事で、私の本分ではないと言いましょうか……。もちろん家のことなのでお手伝いはさせてもらいますが、まるで私の仕事のようにおっしゃるのは……どのようなお考えなのかなと……」
「じゃああんた、この家に来て何もしないつもりなの? オーギュストの嫁なのをいいことに、ただ飯を食らって、贅沢しようっていうの? わたしや夫は奴隷のように働けと? いいご身分ですね、呆れたわ。もし教育を受けていないなら、生まれる前からやり直してくれないとダメね」
「そんなこと言っていません! 決めつけないでください!」
「ふんっ……どうだか。ま、あんたがこれからこの家で何をするのか、細かく見させていただきますからね。それがオーギュストの母としてのわたしの務め。あの子のお嫁さんになるんだから、ちゃらんぽらんな嫁では困るのよ。はーあ、めんどくさい。嫁の教育なんて本当はしたくないんだから」
こうして私はオーギュスト様の家の家事も担うようになりました。毎日毎日、私の仕事をお義母様に監視され、小言を言われます。私の受け持ちじゃないような場所の埃まで「掃除できていないじゃない?」と指摘され、何度ぶん殴ってやろうと思ったかしれません。
もちろん、オーギュスト様に相談したこともあります。しかしオーギュスト様は「母上は昔からああいう性格だから……ごめんね」と謝るばかりです。
「お義母様が……個性の強い性格であることはわかっています。ただ、たまにはあなたが私の味方をしてくれませんか。たまにでいいんです。私たちはもう夫婦ですよね? お義母様に責められ続けていると、頭がどうかしてしまいそうです」
「そう言われてもね……。僕だって母上が苦手なんだ。僕たちの屋敷ができるまでの辛抱だから、なんとかうまくやり過ごしてよ。新居が建てば、自由に暮らしていいからね」
「そんな先のことなんて考えられません! 今が限界なんです。私のこと、お嫌いですか? 私よりお義母様が大切ですか?」
「アンナ……君のことも大切に決まってるじゃないか。どっちが好きかなんて、比較できない。僕は母上も君も……傷つけたくない」
結婚してみてわかりましたが、オーギュスト様は温厚というより気弱なのです。気弱で他人に対して意見することもできないから、”温厚”だと思われるだけ。いざというときに必要な指摘をする勇気のない男に”優しい”とか”温厚”とか言っても、その言葉たちが泣くように思います。穏やかな気質を示す言葉は、臆病の裏返しではなく、鋭利な刃物を収める鞘であってほしい……。
***
耐え忍ぶ結婚生活が続いていましたが、そんな日々も終わりに近づきます。やっと夫婦の屋敷を建てる土地が見つかったのです! 引っ越しの見通しが立ったとき、私は背負っていた荷物の9割くらいがなくなったような気がしました。それくらい心が軽くなったのです。暗闇の中の苦しみというのが一番辛くて、ひとすじの光さえ差せば、同じ量の困難でも違って感じるのだと学びました。
さて、いよいよ引っ越しが来月に迫ったある日のこと。
お義母様は庭で掃除をしていた私に近づいてきて、甲高い声で言いました。
「来週、お花のコンテストがあるから、あんたは晩餐の準備をしなさい。盛大にね。またわたしが一番になるに決まってる……いや、一番じゃなきゃダメなのよ!」
14
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
【短編】成金男爵令嬢? ええ結構。従姉ばかり気にする婚約者なんてどうでもいい。成金を極めてみせます!
サバゴロ
恋愛
「私がいないとだめなの。ごめんなさいね」婚約者を訪ねると、必ず従姉もいる。二人で私のわからない話ばかり。婚約者は私に話しかけない。「かまってあげなきゃ、かわいそうよ」と従姉。疎外感だけ味わって、一言も交わさず帰宅することも。だけど、お金儲けに夢中になって、世界が広がると、婚約者なんてどうでもよくなってくる。私の幸せは貴方じゃないわ!
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!

虐げられてきた私は、それでも……
山本みんみ
恋愛
私──セレスティア・リオンタリが暮らしているリオンタリ子爵家には姉が三人いる。養子に入った私とは血がつながっていない姉たちだ。身寄りのない私を拾ってくれたリオンタリ夫妻はとても優しくて、いつも私によくしてくれる。それをよく思わなかったのか、毎日のように三人の姉から嫌がらせを受けていた。それでも、夫妻の実子である彼女達のことを悪く言ってしまうことで──夫妻に悲しい思いをさせたくない。そう思った私は、その事実を伝えずに耐え続けていた。
そんなある日──近々開催されるパーティーの招待状を届けるついでに夫妻へと挨拶をする為と言って、ダルエス公爵家の御令息である、テオドール・ダルエス様がこの家を訪れる。
いつものように庭仕事を行っている私を見ながら、夫妻と何かを話している様子の彼は……話し終えたと同時にこちらへと歩いてくる。次の瞬間には何故か彼が、私に一目惚れをしたと婚約を申し込んできた。
しばらくしてダルエス家で暮らすこととなって緊張していた私は、夫妻と別れるのは寂しいけど──三人の姉から受けていた嫌がらせがなくなる……そう思うと、気持ちが楽になった。しかし、本当の地獄はここからだった……

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

最愛の亡き母に父そっくりな子息と婚約させられ、実は嫌われていたのかも知れないと思うだけで気が変になりそうです
珠宮さくら
恋愛
留学生に選ばれることを目標にして頑張っていたヨランダ・アポリネール。それを知っているはずで、応援してくれていたはずなのにヨランダのために父にそっくりな子息と婚約させた母。
そんな母が亡くなり、義母と義姉のよって、使用人の仕事まですることになり、婚約者まで奪われることになって、母が何をしたいのかをヨランダが突き詰めたら、嫌われていた気がし始めてしまうのだが……。

(完結)卒業記念パーティーで婚約破棄を宣言され地下牢に放り込まれそうになりましたが、王子様に助けてもらいました
しまうま弁当
恋愛
貴族学院の卒業式を終えて卒業記念パーティーに出席していたミリアは婚約者のヒューベルから婚約破棄を突き付けられるのでした。そこに新しい婚約者のアウラまで現れてミリアは大ショックを受けるのでした。さらにヒューベルとアウラはそれだけでは飽き足らずにミリアを地下牢に放り込もうとするのでした。

【完結】私を醜い豚と罵り婚約破棄したあなたへ。痩せて綺麗になった私を見て今更慌てて復縁を申し出てきても、こちらからお断りです。
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
恋愛
「醜い豚め!俺の前から消え失せろ!」
私ことエレオノーラは太っていて豚のようだからと、
婚約破棄されてしまった。
見た目以外は優秀であっても、
人として扱ってもらえなければ意味は無い。
そんな理不尽な現実を前に、
ついにエレオノーラはダイエットすることを決意するのであった。
一年後、鏡の前に立つ。
そこにもう豚はいなかった。
これは人となったエレオノーラが、
幸せになっていく物語。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる