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シャルロットはこの時やっと私のほうを向いてくれました。目にいっぱいの涙をためていました。彼女のくりっとした可愛らしい目が、涙によって装飾されているように見えました。彼女には申し訳ありませんが、悲しんでいる姿もまた私の目には天使のように映るのです。
シャルロットに拒絶されたというショックはどこかに吹き飛び、私は彼女の献身的な愛に打ち震えました。私が死んだとしても、他の男には指一本触れさせないという彼女の言葉が嬉しかったのです。貞節を重んじる、騎士の妻の鏡のような人です。
私はなんとしてでもシャルロットの機嫌を直さねばと思いました。そうでなくては、心の平和は訪れませんし、死んでも死にきれません。
その晩の私は寝るのをやめてベッドから起き上がりました。書斎に入り、ふと窓を開けました。夜空の星はその光を切っ先にして、私の心を突き刺してくるかのようでした。窓を閉めて椅子に腰掛けた後、ろうそくに火を灯しました。そして、夜通し帳簿の数字をにらみつけたのでした。
翌日、私は淡い期待を抱いてシャルロットに挨拶しましたが、彼女は素っ気ない返事をするだけで、機嫌は治っていないようでした。やはり本気で悩み苦しんでいるのだとわかりました。私も起きてからは一日中シャルロットのことばかり考えてしまい、食事も喉を通らないほどでした。(もしこんな冷めきった夫婦生活を死ぬまで送ることになるなら……)と想像するとゾッとして、頭が痛くなりました。
その晩、私が寝室に入ると、シャルロットは先にベッドに入っていました。掛け布団から彼女の腕が出ていたので、そっと掛け直してあげました。すると、彼女のまぶたが開きました。
「ごめん、起こしちゃったかい?」私はなるべく優しい声で話しかけました。
シャルロットはうつろな目をしていました。
「いいえ」
「今日も帳簿を見ていたんだ。新しい服について……前向きに考えているよ。――どうだい? 機嫌を直してくれないかな?」
「直すもなにも……そもそも怒っていませんから。――今の生活をありがたいと思っていますよ。衣食住は整っていますし、生きていくのに必要なものは手もとにあります。さっきまで、神様へ感謝の祈りを捧げていたくらいです」
「そうだね、神様のおかげで今の僕たちがあるわけだからね」
シャルロットに寄り添いつつ、私は続けて言いました。
「新しい服のことなんだけど、昨晩からずっと検討していて、頑張って買おうと思っているんだ。せっかく仕立てるなら、どんな奥様方にも負けない素晴らしい衣装を作ろうじゃないか。今年、君の妹の結婚式もあるだろ? 胸を張って着て行けるよ!」
シャルロットが喜ぶ反応を期待していたのですが、いまいち反応がありませんでした。私はあせりました。一秒でも早く機嫌を直してもらいたくて言ったものですから。
シャルロットは、「……わたし、今年はどこにも晴れがましい式典には参りません。お気遣いけっこうです」と澄ました調子で答えました。
「そんな! 冗談はよしてくれよ。君の望むことはすべて叶えたいんだから」
「わたしの望むことですって!? 何も望んだりなんかしませんわ。昨晩あんなことを言いましたが、わたしは自分の見た目をよくしようとして言ったわけではありません。神様に誓ってもいいわ。教会へ出かける以外は、一切外へ出ません」
こうしてシャルロットはこの晩もそっぽを向いたまま寝てしまいました。
私は再び頭を抱えて、服の購入について考え始めました。普段着を買うわけではないので、仕立てるにはかなりのお金を用意せねばなりません。一年分の生活費か、二年分の生活費か、はたまたもっとかかるのか……。私はまた一睡もせずにお金の工面を考えました。家具を売るか、武具を売るか、家畜を売るか、あるいはこれらを全部売らないといけないのか。領地経営と騎士としての義務があるので、下手なものは売りに出せません。
シャルロットに拒絶されたというショックはどこかに吹き飛び、私は彼女の献身的な愛に打ち震えました。私が死んだとしても、他の男には指一本触れさせないという彼女の言葉が嬉しかったのです。貞節を重んじる、騎士の妻の鏡のような人です。
私はなんとしてでもシャルロットの機嫌を直さねばと思いました。そうでなくては、心の平和は訪れませんし、死んでも死にきれません。
その晩の私は寝るのをやめてベッドから起き上がりました。書斎に入り、ふと窓を開けました。夜空の星はその光を切っ先にして、私の心を突き刺してくるかのようでした。窓を閉めて椅子に腰掛けた後、ろうそくに火を灯しました。そして、夜通し帳簿の数字をにらみつけたのでした。
翌日、私は淡い期待を抱いてシャルロットに挨拶しましたが、彼女は素っ気ない返事をするだけで、機嫌は治っていないようでした。やはり本気で悩み苦しんでいるのだとわかりました。私も起きてからは一日中シャルロットのことばかり考えてしまい、食事も喉を通らないほどでした。(もしこんな冷めきった夫婦生活を死ぬまで送ることになるなら……)と想像するとゾッとして、頭が痛くなりました。
その晩、私が寝室に入ると、シャルロットは先にベッドに入っていました。掛け布団から彼女の腕が出ていたので、そっと掛け直してあげました。すると、彼女のまぶたが開きました。
「ごめん、起こしちゃったかい?」私はなるべく優しい声で話しかけました。
シャルロットはうつろな目をしていました。
「いいえ」
「今日も帳簿を見ていたんだ。新しい服について……前向きに考えているよ。――どうだい? 機嫌を直してくれないかな?」
「直すもなにも……そもそも怒っていませんから。――今の生活をありがたいと思っていますよ。衣食住は整っていますし、生きていくのに必要なものは手もとにあります。さっきまで、神様へ感謝の祈りを捧げていたくらいです」
「そうだね、神様のおかげで今の僕たちがあるわけだからね」
シャルロットに寄り添いつつ、私は続けて言いました。
「新しい服のことなんだけど、昨晩からずっと検討していて、頑張って買おうと思っているんだ。せっかく仕立てるなら、どんな奥様方にも負けない素晴らしい衣装を作ろうじゃないか。今年、君の妹の結婚式もあるだろ? 胸を張って着て行けるよ!」
シャルロットが喜ぶ反応を期待していたのですが、いまいち反応がありませんでした。私はあせりました。一秒でも早く機嫌を直してもらいたくて言ったものですから。
シャルロットは、「……わたし、今年はどこにも晴れがましい式典には参りません。お気遣いけっこうです」と澄ました調子で答えました。
「そんな! 冗談はよしてくれよ。君の望むことはすべて叶えたいんだから」
「わたしの望むことですって!? 何も望んだりなんかしませんわ。昨晩あんなことを言いましたが、わたしは自分の見た目をよくしようとして言ったわけではありません。神様に誓ってもいいわ。教会へ出かける以外は、一切外へ出ません」
こうしてシャルロットはこの晩もそっぽを向いたまま寝てしまいました。
私は再び頭を抱えて、服の購入について考え始めました。普段着を買うわけではないので、仕立てるにはかなりのお金を用意せねばなりません。一年分の生活費か、二年分の生活費か、はたまたもっとかかるのか……。私はまた一睡もせずにお金の工面を考えました。家具を売るか、武具を売るか、家畜を売るか、あるいはこれらを全部売らないといけないのか。領地経営と騎士としての義務があるので、下手なものは売りに出せません。
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