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私はハンスと一緒にゲラルトを追った。
といっても、行き先はわかっている。
ハンスの家である。
いつもカタリーナがゲラルトを家の裏手から招き入れている。そして裏庭にある倉庫で、情事に耽っているというのも調査済み。
ハンスの家の近くまで来ると、ちょうどゲラルトが裏手から入っていくところを確認した。
「計画通りだね」
ハンスはそう言うと、家の敷地の外を周り、表門へ回った。私も後ろから付いていき、一緒に中庭まで来た。
「みなさん来てますね! お待たせしました!」
ハンスは中庭にいる紳士淑女たちに挨拶した。
ハンスはその穏やかな人柄もあって、友達が多かった。気は小さいけど社交的で、今回はその長所が存分に活きたのだ。
中庭にはゲラルトの肉親兄弟、友達、上司から部下までの同僚、取引先などが勢揃いだった。仕事だと言っているのはゲラルトだけで、実際ゲラルトの関係者で今日働いている人は誰一人いなかった。加えて、カタリーナの関係者も多く集まっている。
ハンスの両親はハンス主催のパーティーだと思いこんでいるようだった。
「ハンス。もうお客様がたくさん来ているぞ。今日も朝から楽しくなりそうだな!」
純粋なことで有名なハンスの父親は、どうして今日こんなに人が集まったのかわかっていない。
カタリーナはプライベートなパーティーは好きだけど社交的なパーティーは嫌いなので、この手のパーティーは断る。いつもと大差ないパーティーが家で行われているだけだと思いこんでいるだろうし、計画のためには都合がよかった。
ハンスはみんなの前で咳払いをして、注目を集めた。
「ではみなさん。改めて今回のパーティーの趣旨を説明します。今、オリヴィアの夫ゲラルトが、この家に到着しました。彼が家の裏手から入っていくのをわたくしは確認しました。さて、ゲラルトはカタリーナとたびたび浮気しているのですが、今朝は妻のオリヴィアに暴力までふるいました。オリヴィアの頬が腫れているのがその証拠です」
視線が一気に私の頬に集まった。ちょうど私の頬は腫れ上がっていて、(ひどいわね……ゲラルトってそんな人だったのね)と口々に囁いているみんなの声が聞こえる。ハンスの両親は事態を飲み込めていなくて、ハンスのそばに駆け寄り事情を聞いている。
ハンスはひとしきり両親への説明を終えると、またみんなの前に立って話を続けた。
「オリヴィアはずっと、鍵付きの部屋で朝から夕方まで閉じ込められる生活をしてきました。ゲラルトが帰るまで、部屋の外に出られないんです。妻をこんなふうに扱う男を、ここにいる誰が許せましょう? 許せるという方は手を上げてください」
誰も手を上げなかった。人が変わったかのように、中庭はハンス劇場になっていた。
「オリヴィアは、勇気を持ってわたくしに相談してくれました。鍵付きの部屋から抜け出し、暴力を振るってくる夫から逃れたいと」
「そして今日が、その日だということだね」
ゲラルトの上司にあたるシルヴェスターが言った。シルヴェスターは街でも有名なほど強面でかつ経済的に力のある男で、いつもゲラルトを小間使いにしていた。しかし、そんなシルヴェスターに剣を教えているのがハンスで、つまりシルヴェスターはハンスの弟子だったのだ。
ハンスはシルヴェスターと握手した。
「そのとおりです。シルヴェスターさん。今日はお忙しいなかお越しいただきありがとうございます」
「かまわないさ。先生が困ったっていうだったら助けにくるのが弟子ってもんだろ。妹さんのことは大丈夫なのかい?」
「昔からああやって家庭を持っている人ばかり狙って恋をしてきたようです。前に本人から直接聞きました。カタリーナもそろそろ不倫の怖さを知るべきです」
シルヴェスターはガッハハハと笑い、ビールをぐいっと飲んで空にした。
ハンスは満を持して言った。
「ではみなさん。お手数ですが移動します。裏庭にある小屋まで行きましょう!」
といっても、行き先はわかっている。
ハンスの家である。
いつもカタリーナがゲラルトを家の裏手から招き入れている。そして裏庭にある倉庫で、情事に耽っているというのも調査済み。
ハンスの家の近くまで来ると、ちょうどゲラルトが裏手から入っていくところを確認した。
「計画通りだね」
ハンスはそう言うと、家の敷地の外を周り、表門へ回った。私も後ろから付いていき、一緒に中庭まで来た。
「みなさん来てますね! お待たせしました!」
ハンスは中庭にいる紳士淑女たちに挨拶した。
ハンスはその穏やかな人柄もあって、友達が多かった。気は小さいけど社交的で、今回はその長所が存分に活きたのだ。
中庭にはゲラルトの肉親兄弟、友達、上司から部下までの同僚、取引先などが勢揃いだった。仕事だと言っているのはゲラルトだけで、実際ゲラルトの関係者で今日働いている人は誰一人いなかった。加えて、カタリーナの関係者も多く集まっている。
ハンスの両親はハンス主催のパーティーだと思いこんでいるようだった。
「ハンス。もうお客様がたくさん来ているぞ。今日も朝から楽しくなりそうだな!」
純粋なことで有名なハンスの父親は、どうして今日こんなに人が集まったのかわかっていない。
カタリーナはプライベートなパーティーは好きだけど社交的なパーティーは嫌いなので、この手のパーティーは断る。いつもと大差ないパーティーが家で行われているだけだと思いこんでいるだろうし、計画のためには都合がよかった。
ハンスはみんなの前で咳払いをして、注目を集めた。
「ではみなさん。改めて今回のパーティーの趣旨を説明します。今、オリヴィアの夫ゲラルトが、この家に到着しました。彼が家の裏手から入っていくのをわたくしは確認しました。さて、ゲラルトはカタリーナとたびたび浮気しているのですが、今朝は妻のオリヴィアに暴力までふるいました。オリヴィアの頬が腫れているのがその証拠です」
視線が一気に私の頬に集まった。ちょうど私の頬は腫れ上がっていて、(ひどいわね……ゲラルトってそんな人だったのね)と口々に囁いているみんなの声が聞こえる。ハンスの両親は事態を飲み込めていなくて、ハンスのそばに駆け寄り事情を聞いている。
ハンスはひとしきり両親への説明を終えると、またみんなの前に立って話を続けた。
「オリヴィアはずっと、鍵付きの部屋で朝から夕方まで閉じ込められる生活をしてきました。ゲラルトが帰るまで、部屋の外に出られないんです。妻をこんなふうに扱う男を、ここにいる誰が許せましょう? 許せるという方は手を上げてください」
誰も手を上げなかった。人が変わったかのように、中庭はハンス劇場になっていた。
「オリヴィアは、勇気を持ってわたくしに相談してくれました。鍵付きの部屋から抜け出し、暴力を振るってくる夫から逃れたいと」
「そして今日が、その日だということだね」
ゲラルトの上司にあたるシルヴェスターが言った。シルヴェスターは街でも有名なほど強面でかつ経済的に力のある男で、いつもゲラルトを小間使いにしていた。しかし、そんなシルヴェスターに剣を教えているのがハンスで、つまりシルヴェスターはハンスの弟子だったのだ。
ハンスはシルヴェスターと握手した。
「そのとおりです。シルヴェスターさん。今日はお忙しいなかお越しいただきありがとうございます」
「かまわないさ。先生が困ったっていうだったら助けにくるのが弟子ってもんだろ。妹さんのことは大丈夫なのかい?」
「昔からああやって家庭を持っている人ばかり狙って恋をしてきたようです。前に本人から直接聞きました。カタリーナもそろそろ不倫の怖さを知るべきです」
シルヴェスターはガッハハハと笑い、ビールをぐいっと飲んで空にした。
ハンスは満を持して言った。
「ではみなさん。お手数ですが移動します。裏庭にある小屋まで行きましょう!」
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