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クリフォード様が愛人を持つこと、あるいは国王になって側妃を持つこと、このようなことは想定内だった。

私はクリフォード様に言った。
「かしこまりました。クリフォード様のお邪魔にならないよう、王太子妃として務めます」

クリフォード様は軽くうなずく。
「僕も陰ながら王妃教育を見させてもらったけどね、あんなに辛い戦いはないね。涙を流して終わるくらいならいいけど、苦痛のあまり気がおかしくなっちゃう人も大勢いる。エリザベスはすごいよ、完璧な王太子妃になるね」

「もったいなきお言葉でございます。励みになります。ちなみに……クリフォード様のお好きな方というのは、どなたなのでしょう? 私にもできるだけの支援をさせてください」

クリフォード様が愛人をつくろうがどうしようが、私にはどっちでもいい。私は小さい頃から王妃になるように言われ、王妃になるための人生を送ってきた。王妃教育のなかでは側妃を迎える際の心得も教わったし、それが少し早まっただけのことだと思っている。

「エリザベスに話す必要はない」

クリフォード様は立ち上がって背を向けながら冷たく言った。どこか寂しそうな、切ない表情をしていた。

「出過ぎたことを……申し訳ございません」

クリフォード様の部屋には狩りで使う弓が所狭しと飾り付けられていたので、その話題を振ることにした。
「クリフォード様は、狩りをなさるのですね」

クリフォード様は私に向き直り、少し顔がほころんだ。
「そうだよ。森の中へ行き、狩りをする。でも、食べるための獲物を狩るか、田畑を荒らす害獣を狩るか、どっちかかな。狩り自体は好きだけど、無駄な殺生は嫌いでね」

「信念をお持ちなのですね。さすがクリフォード様です」

「大したことではない。エリザベス、もう下がっていいよ。わざわざ挨拶に来てくれてありがとう」

「はい。クリフォード様の貴重なお時間をいただきありがとうございました。失礼します」


私はクリフォード様の部屋を出た後、宰相バイロンに会った。バイロンは国王陛下の側近で、実質的な政治のトップである。バイロンの指示によって貴族も軍隊も動いている。

バイロンは私に言った。
「クリフォード様は、愛人のお話はなされましたかな?」

バイロンを見ていると、なんだか背中がかゆくなる。バイロンは、口角は上がっていても目が笑っておらず、不気味である。

「そうね、クリフォード様とその話もしたわ。詳しくは教えてくれなかったけど」

「クリフォード様のお好きな方というのは、平民なのですよ」

「え!? 本当に!?」

聞いてもいないのに、バイロンは私にクリフォード様の愛人の情報を伝えてきた。どういうつもりなのだろう。

「本当でございます。クリフォード様は狩りでお使いになる森の中で、愛人との密会を重ねております」

「……どうしてそれを私に……?」

「それはもちろん王太子妃様ですし、お耳に入れておいたほうがよいかと思いまして……」

まあ……確かにクリフォード様の愛人を知らないよりかは知っている方が都合がいい。驚いたのは、愛人の身分が平民だということである。王族が接触できるのは貴族までであり、平民とは関われない。この国は身分制度の厳しい国で、身分を越えたつながりは処罰の対象にさえなり得る。

もしクリフォード様が平民と愛し合っているという事実が公になったら、クリフォード様は廃太子となるかもしれない。そうなればクリフォード様は国王にはなれず、私も王妃になれない。クリフォード様はそんな危険な橋を渡っている。

バイロンの言葉で、私は脇汗が一粒つうっと脇腹に流れていくのを感じた。バイロンはクリフォード様の愛人の存在が危険だと教えてくれたのだ。しかし……信用していいのだろうか……?

「バイロン……あなたは味方なの?」

私は頬の筋肉もあまり動かせないままバイロンにこうきくと、バイロンは頭を下げて立ち去りながら言った。

「この城に……敵も味方もございません……。王太子妃様に伝えておきたかっただけです……」


バイロンの後ろ姿を眺めているとき、私には一つの考えが浮かぶのであった。
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