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「あら! 可愛らしいお客様がいらしてるのね! こんばんは!」
クラリスはついさっきこの世に生を受けたかのような血色のよい顔で、食堂の皆に挨拶した。生前の最も美しかった頃の、華麗で、まばゆいばかりの姿だった。服は普段からエドガーが日替わりで準備してクラリスの部屋に掛けてあるが、その服を着たうえに、白いショールを羽織っていた。
クラリスには生気が溢れていた。顔の輪郭からは知性が輝き、情熱の炎が瞳の奥でゆらめいていた。誰が見てもそこには病気とは無縁の一人の貴婦人がいた。
コルテオは幻の海に溺れてしまうかのような目まいを感じたが、エドガーにとっては違った。かつて屋敷を仕切っていた”奥様”としてのクラリスがそこにいた。エドガーは家を懸命に守るクラリスにどれほど心強さを感じていたか実感した。その証拠に、突如現れたクラリスを前にして、エドガーの心にはかつてないほどのエネルギーが湧いてきていたのだった。目の前の人物が幽霊であるか、そうでないかは関係がなかった。
「奥様!」
エドガーの目はクラリスにくぎ付けとなり、力をこめて呼びかけた。
クラリスはエドガーに微笑みかけた。
「エドガー。なんだか、長いあいだ顔を見なかった気がするわね。体調が戻ったから、今日は皆と夕食をとることにするわ」
クラリスはエドガーにこう言った後、ほんの少し間を置いて、「今までも、これからも……感謝しているからね」と付け足した。
クラリスの言葉を聞き、エドガーは目の前に現れた人物が幽霊ではなく、クラリスであると確信した。「今までも、これからも」の言い方に、クラリス特有の温かみを感じたからである。
一方、バーナード伯爵はクラリスに「おお、体調が戻ってよかった! 早速一緒に食べよう。今日はコルテオが張り切って作ったからな。豪華だぞ。たまにはいいだろう」と、まるで日常の何でもない一コマのように話しかけた。
「ほんと、豪勢ですこと! コルテオが女の子を連れて来るなんて、そんな珍しい日もあるものなんですね!」
コルテオはようやくクラリスと目を合わせたが、雰囲気からして幽霊ではないと思い始めた。
(いやいや、奥様……。おいらがナタリーを連れて来るよりも、奥様がよみがえるほうがよっぽど珍しいことなんだから……。ん? ちょっと待てよ? 旦那様は奥様が生きていると信じていたけど、事実だったのか? うーん、でも爺ちゃんだってびっくりしてたよな? ん? おいらが騙されていたのか? 実は生きてたのか?)
コルテオは頭の中が混乱していた。食前の祈りが終わっても食事に手を伸ばさず、周りをきょろきょろしたり、ぼうっとテーブルクロスを見つめたりした。
(旦那様も爺ちゃんも普通にご飯を食べ始めたし……。ナタリーは……事情を知らないから普通に奥様と談笑してるし……。ん? おいらだけがおかしいのか?)
すると、まるで合図でもされたかのように、コルテオの正面にある一本のろうそくの炎がふっと消えた。その小さな光を失うと、食堂はかすかに暗くなり、残る炎がわずかに揺れて、不確かな影をテーブルに落とした。ひっそりと静まり返った。
「ねえ、コルテオ」
クラリスがコルテオに話しかけた。
クラリスはついさっきこの世に生を受けたかのような血色のよい顔で、食堂の皆に挨拶した。生前の最も美しかった頃の、華麗で、まばゆいばかりの姿だった。服は普段からエドガーが日替わりで準備してクラリスの部屋に掛けてあるが、その服を着たうえに、白いショールを羽織っていた。
クラリスには生気が溢れていた。顔の輪郭からは知性が輝き、情熱の炎が瞳の奥でゆらめいていた。誰が見てもそこには病気とは無縁の一人の貴婦人がいた。
コルテオは幻の海に溺れてしまうかのような目まいを感じたが、エドガーにとっては違った。かつて屋敷を仕切っていた”奥様”としてのクラリスがそこにいた。エドガーは家を懸命に守るクラリスにどれほど心強さを感じていたか実感した。その証拠に、突如現れたクラリスを前にして、エドガーの心にはかつてないほどのエネルギーが湧いてきていたのだった。目の前の人物が幽霊であるか、そうでないかは関係がなかった。
「奥様!」
エドガーの目はクラリスにくぎ付けとなり、力をこめて呼びかけた。
クラリスはエドガーに微笑みかけた。
「エドガー。なんだか、長いあいだ顔を見なかった気がするわね。体調が戻ったから、今日は皆と夕食をとることにするわ」
クラリスはエドガーにこう言った後、ほんの少し間を置いて、「今までも、これからも……感謝しているからね」と付け足した。
クラリスの言葉を聞き、エドガーは目の前に現れた人物が幽霊ではなく、クラリスであると確信した。「今までも、これからも」の言い方に、クラリス特有の温かみを感じたからである。
一方、バーナード伯爵はクラリスに「おお、体調が戻ってよかった! 早速一緒に食べよう。今日はコルテオが張り切って作ったからな。豪華だぞ。たまにはいいだろう」と、まるで日常の何でもない一コマのように話しかけた。
「ほんと、豪勢ですこと! コルテオが女の子を連れて来るなんて、そんな珍しい日もあるものなんですね!」
コルテオはようやくクラリスと目を合わせたが、雰囲気からして幽霊ではないと思い始めた。
(いやいや、奥様……。おいらがナタリーを連れて来るよりも、奥様がよみがえるほうがよっぽど珍しいことなんだから……。ん? ちょっと待てよ? 旦那様は奥様が生きていると信じていたけど、事実だったのか? うーん、でも爺ちゃんだってびっくりしてたよな? ん? おいらが騙されていたのか? 実は生きてたのか?)
コルテオは頭の中が混乱していた。食前の祈りが終わっても食事に手を伸ばさず、周りをきょろきょろしたり、ぼうっとテーブルクロスを見つめたりした。
(旦那様も爺ちゃんも普通にご飯を食べ始めたし……。ナタリーは……事情を知らないから普通に奥様と談笑してるし……。ん? おいらだけがおかしいのか?)
すると、まるで合図でもされたかのように、コルテオの正面にある一本のろうそくの炎がふっと消えた。その小さな光を失うと、食堂はかすかに暗くなり、残る炎がわずかに揺れて、不確かな影をテーブルに落とした。ひっそりと静まり返った。
「ねえ、コルテオ」
クラリスがコルテオに話しかけた。
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