上 下
10 / 14

10

しおりを挟む
「あら! 可愛らしいお客様がいらしてるのね! こんばんは!」


クラリスはついさっきこの世に生を受けたかのような血色のよい顔で、食堂の皆に挨拶した。生前の最も美しかった頃の、華麗で、まばゆいばかりの姿だった。服は普段からエドガーが日替わりで準備してクラリスの部屋に掛けてあるが、その服を着たうえに、白いショールを羽織っていた。

クラリスには生気が溢れていた。顔の輪郭からは知性が輝き、情熱の炎が瞳の奥でゆらめいていた。誰が見てもそこには病気とは無縁の一人の貴婦人がいた。

コルテオは幻の海に溺れてしまうかのような目まいを感じたが、エドガーにとっては違った。かつて屋敷を仕切っていた”奥様”としてのクラリスがそこにいた。エドガーは家を懸命に守るクラリスにどれほど心強さを感じていたか実感した。その証拠に、突如現れたクラリスを前にして、エドガーの心にはかつてないほどのエネルギーが湧いてきていたのだった。目の前の人物が幽霊であるか、そうでないかは関係がなかった。


「奥様!」


エドガーの目はクラリスにくぎ付けとなり、力をこめて呼びかけた。

クラリスはエドガーに微笑みかけた。


「エドガー。なんだか、長いあいだ顔を見なかった気がするわね。体調が戻ったから、今日は皆と夕食をとることにするわ」


クラリスはエドガーにこう言った後、ほんの少し間を置いて、「今までも、これからも……感謝しているからね」と付け足した。


クラリスの言葉を聞き、エドガーは目の前に現れた人物が幽霊ではなく、クラリスであると確信した。「今までも、これからも」の言い方に、クラリス特有の温かみを感じたからである。

一方、バーナード伯爵はクラリスに「おお、体調が戻ってよかった! 早速一緒に食べよう。今日はコルテオが張り切って作ったからな。豪華だぞ。たまにはいいだろう」と、まるで日常の何でもない一コマのように話しかけた。


「ほんと、豪勢ですこと! コルテオが女の子を連れて来るなんて、そんな珍しい日もあるものなんですね!」


コルテオはようやくクラリスと目を合わせたが、雰囲気からして幽霊ではないと思い始めた。

(いやいや、奥様……。おいらがナタリーを連れて来るよりも、奥様がよみがえるほうがよっぽど珍しいことなんだから……。ん? ちょっと待てよ? 旦那様は奥様が生きていると信じていたけど、事実だったのか? うーん、でも爺ちゃんだってびっくりしてたよな? ん? おいらが騙されていたのか? 実は生きてたのか?)

コルテオは頭の中が混乱していた。食前の祈りが終わっても食事に手を伸ばさず、周りをきょろきょろしたり、ぼうっとテーブルクロスを見つめたりした。

(旦那様も爺ちゃんも普通にご飯を食べ始めたし……。ナタリーは……事情を知らないから普通に奥様と談笑してるし……。ん? おいらだけがおかしいのか?)



すると、まるで合図でもされたかのように、コルテオの正面にある一本のろうそくの炎がふっと消えた。その小さな光を失うと、食堂はかすかに暗くなり、残る炎がわずかに揺れて、不確かな影をテーブルに落とした。ひっそりと静まり返った。



「ねえ、コルテオ」



クラリスがコルテオに話しかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

どうしようもないバカな男と、その妻のお話

下菊みこと
恋愛
一番裏切っちゃいけない女性を裏切ったバカな男と、裏切られてその手を離した妻のお話。 主人公は妻です。浮気されます、ご注意ください。でもなんだかんだで充実した人生を送りますのでご安心ください。ハッピーエンドのはずです。 そんな充実した人生の最後に、妻は何を思うのか。 小説家になろう様でも投稿しています。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

離婚しようですって?

宮野 楓
恋愛
十年、結婚生活を続けてきた二人。ある時から旦那が浮気をしている事を知っていた。だが知らぬふりで夫婦として過ごしてきたが、ある日、旦那は告げた。「離婚しよう」

処理中です...