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「旦那様……」


コルテオは声にならない声を出した。隣のナタリーもこの威厳ある人物が誰なのか瞬時に理解し、どう反応していいかわからずに固まってしまった。

バーナード伯爵は両手にそれぞれバスケットを持っていた。左肩には一羽の白いアゲハ蝶がとまっている。


「コルテオ、どうして黙っている?」


「いえ、その……申し訳ございません。紹介します。こちらはナタリーです。おいらの友達です」


バーナード伯爵はナタリーに目を向けた。ナタリーは恐縮な面持ちで挨拶した。そしてクラリスの愛している花を見させてもらっていたと説明した。

主人の留守に客人を招いたコルテオは背筋の凍るような心地がした。しかも許可なく招いたのだから使用人失格であり、クビになるだけでは済まないかもしれない……。

しかしそんなコルテオの予測に反して、バーナード伯爵は温かい表情を見せた。コルテオは久しぶりに主人の笑顔を見たという気がした。


「コルテオの友達か。……うちの花でよかったら存分に見ていきなさい。妻が大切に育てているんだ」


ナタリーもほっとして笑顔になった。


「伯爵様のご厚意に感謝します! わたしは花屋の娘なのですが、ここにあるお花は珍しいものばかりで感激してます。もしよければ奥様にもご挨拶したいです!」


コルテオの心はまるで乱高下する波のようだった。安心したのも束の間、コルテオはナタリーの無邪気な発言にぎょっとした。しかし、「奥様は死んでいるから挨拶できないよ」とも言えず、ぐっと言葉を飲み込んだ。

バーナード伯爵の目には一瞬だけ複雑な感情が浮かんだが、すぐに温かな笑顔に変わった。


「もちろんだよ、ナタリー。うちの妻のクラリスにもぜひ会ってくれ。普段から街の花屋に行きたがっていたが、体調が思わしくなくてね。でも今日は体調が良さそうだから、ちょうどよかった。花の話ができたら喜ぶだろう」
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