愛人を連れてきた夫とは当たり前ですが暮らせません。どうぞお幸せに。

Hibah

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夕方出かけていたアドルフが女性を連れて帰ってきた。

アドルフはまるで日常会話をするように、淡々と私に言う。


「クロエ。彼女の名前はリディ。今日からこの家に住んでもらう。南の日当たりの良い部屋をあてがう予定だから」


リディという女は派手で露出度の高い赤の洋服を着ており、出で立ちは平民のようだった。どぎつい香水の匂いがして、何の種類かもわからないようなケバケバしい匂いだった。


リディが私を指差して笑う。


「この女がクロエ? あたしはリディよ。まあ、あたしたちのことは気にしないでねえ~~~。キャハハハ」


アドルフはリディにデレデレしていた。肩をなんどもさすって、何度も彼女のこめかみにキスをしていた。信じられない光景だった。


「そうだよリディ、こいつがクロエ。貴族だけど貧相な女だろ? この立派な家に似合うのは君だよ、リディ。クロエのことは空気だと思えばいい」


「え~~~~ほんとにぃ~~~~、うれしぃ~~~~~~。アドちゃんだいすきぃぃぃぃ」


私は体が固まって動けなくなってしまった。

なんで結婚初日に新居へ別の女を呼ぶの? 私たちの愛の巣に他人はいらないでしょ……?

そもそも……このフザけた喋り方はなによ。品のかけらもない。どこで買ったのかもわからない香水で鼻をつまみたくなるし、口がだらしなく半開きになっている。


「え……アドルフ。その方には失礼ですけど……平民のお方? 新居を見せるためにお呼びしたお客様かしら?」


アドルフは私を軽蔑するようなまなざしで見つめ、「ちっ」と舌打ちした。


「平民か貴族かで差別するなんてひどいな。失礼だよ。クロエは相変わらず馬鹿なんだから。……あとさ、こんなに可愛い人がお客様なわけないじゃないか……」アドルフはそう言った後、リディの肩を抱き寄せた。「愛人だよ。リディこそ俺の心のオアシス! 大地に降り注ぐ太陽だ!」


今までただ震えていた私も、ようやく事態を冷静に受け止めた。ルドルフは本気で愛人を連れてきたのだ。

でも、相談も約束もなしに連れてきたのが理解できなかった。やっぱりルドルフは仕事の忙しさでおかしくなった? 私はどう振る舞うのが正解……? こちらの思考がぐちゃぐちゃになった。


「どうして!? なにか悪いことした? 私はあなたのことを愛しているし、愛人なんていらないじゃない。私に欠点があれば直すし、お願い……。二人で暮らしましょ……?」


まだ間に合うのではないかと思った。あまりに突然すぎるし、私にできることがあればしてあげたい。本気でそう思った。

でも、アドルフは大きくため息をつき、顔をしかめた。そこに私の知っている優しいアドルフはいなかった。


「昨日の結婚式のあとに言っただろ? 俺たちの結婚は形式だけ。てことは愛人をつくろうが愛人と住もうが俺の勝手なんだよ。夫の俺に従えないのか? だったら家から出ていけ!」


声を荒げたアドルフは、人差し指で外を差していた。まっすぐ私を見つめていて、悪びれた様子もない。

私は怖いという気持ちもあったけど、無力感でいっぱいだった。どうしてこんなことになっているんだろう? どこで間違えた?


「いつから……その人はアドルフの愛人なの?」と私はきいた。


「二年くらい前かな。王都で洋服の仕立てをしてもらったことがきっかけだった。こう見えても人の身体を計測できるんだぞリディは」


たった二年……? 十八年一緒にいた私たちの歴史を、たった二年の女に覆されるの? あの日々の積み重ねは何だったのよ。しかもこんなふざけた女に壊される?

目の前のリディはお尻をボリボリかいて、退屈そうにしている。早く私たちの会話が終わってくれないかなと思っているのだろう。


何を言ってもアドルフには届きそうになかった。私に何が足りなかったんだろう……。こうなる前にアドルフにもっとしてあげられることはなかったのかな……。



とりあえず今日は休もう。



寝室へ向かいドアを開けると、アドルフが私の後方から叫ぶようにして呼び止めた。


「クロエ! 寝室は使うなよ! 俺とリディがそこで寝るんだからな。自分の部屋で寝ろ」


「え、あ、はい? 私の部屋にベッドなんてないわよ。それに……あの寝室は私が設計の時から関わっていたの知ってるでしょ? 思い入れがあるの……」


「思い入れなんか知らんよ。自分勝手を言うな。あと、お前の部屋にはソファがあるだろうが。妻を続けていたいなら贅沢はやめろ。ベッド以外でも人は寝れるんだぞ~~~? こんなことも知らないから、箱入り娘は困る」


アドルフの言葉を聞いて、急に呼吸しづらくなった。めまいがする……。指先が小刻みに震えていて、現実が受け入れられなかった。これからの長い夫婦生活を、アドルフの愛人と一緒に暮らすの? それさえ我慢すれば、アドルフと夫婦でいられる? 私が耐えればいいだけ?

考えるのも疲れた私は、ひとまずアドルフに答えた。


「わかったわ……。この寝室は二人で使って……。私は少し外の空気を吸ってくるわね」


家を出て、自分を落ち着かせるために歩いた。でもいつの間にか私の足は実家に向かっていた。実家に行きたかったというよりも、実家への道のりに安心感があったから、その感覚にすがりつきたかったのだろう。仮にこのまま実家の近くまで行ったとしても、両親の顔は見ずに戻ればいい。そうすれば、アドルフとの夫婦生活を守ることができる。私の長年の夢だった、アドルフとの日々……。




「クロエじゃないか! どうしたんだこんな時間に!?」




あと十分歩けば実家というところまで来て、父がいた。
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