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国王シャルルを襲うフレデリックの剣は、近衛兵Aの俊敏な防御によって止められた。

国王は恐怖のあまり腰を抜かしておしっこを漏らしていたが、わなわなと震えながら、「フレデリックを殺せ!」とAに強い調子で命じた。

軽蔑のまなざしでちらと国王を見たAは軽くうなずき、フレデリックの剣をさばくと、みぞおちにぐさっと刺した。鈍い音がした。剣を勢いよく抜いたAの口角はわずかに上がっていた。


「う、うぅぅう……どうして……。ああ……クラウディア……」


フレデリックはみぞおちの刺し傷から溢れ出る血をおさえながら、すでに顔面蒼白のクラウディアを見つめた。彼の目は真実味をもって許しを乞うていた。


「フレデリック様!」


倒れたフレデリックの側に駆け寄るクラウディア。フレデリックの血まみれの手を覆うようにしてクラウディアも手を重ね、ともに傷口を塞ごうとする。クラウディアに躊躇はなかった。


「クラウディアの手は……温かいね」


初めて二人の手と手が求め合った瞬間だった。たとえ刹那でも、心から愛する人と求め合えたなら、その人生は上出来と言えないだろうか。フレデリックにこの奇跡の味はわからないかもしれないが、わからないこそ享受できる奇跡があってもいい。

1分も経たないうちに、フレデリックの手はクラウディアの手をすり抜けた。痛みに苦しんでいるはずのフレデリックが微笑を浮かべているため、クラウディアはさらに動転してしまう。助けを求めるための声をあげようとしていたのに、フレデリックの傷口をおさえることに必死になっていた。


「フレデリック様! しっかりしてください! フレデリック様!」


浮気男なんか死ねばいいと思っている女でも、いざその男が現実に死の間際にいると、助けようとしてしまうものである。憎しみは理性の膿にすぎず、救いは本能の記憶なのだから――。


「僕は天罰を受けたんだ。浮気して、薬におぼれて、どうしようもなかったね、ごめんね……」


度重なるフレデリックの謝罪。クラウディアの涙がフレデリックの手の甲に落ちる。血が少し溶ける。


「いいんです。とりあえず生きてください。確かにフレデリック様とイザベルが浮気したのは本当に嫌でした。心底嫌でした。でも、死んだってしかたありませんよ。生きて生きて……償ってください」


「……無理だよクラウディア。生きたところで死罪さ。償う時間なんてない。ああ……むなしいなあ……償うことすら許されないのか」


「あなた様は悪くありません。ああ……! 私が悪いのです! あの日浮気を見たときに、すぐに行動に移せばよかった。あなた様を責めて、そしてイザベルを責めて、責めて責めて責め尽くせばよかった! 事態がよくなるはずなんてないのに、見て見ぬふりをしました。見て見ぬふりがどれほど苦しいか理解しないまま……」


「違う! クラウディアは悪くない! 被害者が己を責めてはいけない」


フレデリックが最後の力を振り絞って言う。


「君が万が一にでもこれから罪を犯すことがあるなら、その罪も含めて僕が引き受けられないかなあ! 神様、お願いします……僕が死ぬ代わりに、クラウディアを幸せにして……うぅ……愛してるよ」


クラウディアは天井を仰いだ。


「あぁ……かっこいいことを言って死のうとしないでください! 浮気男の愛の言葉に真実は宿らないのです。たとえあなた様の愛そのものが真実だったとしても……」



フレデリックは息絶えた。



国王シャルルはフレデリックが動かなくなったのを見て、ようやく立ち上がった。


「やれやれ、死罪にするつもりがつまらん茶番になってしもうた。さてクラウディア。そこにいるフレデリックはくたばったであろうから、もはやわしらに障害はない。側妃になるのじゃ」
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