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クラウディアは不本意だった。

かすかに持ち続けていた希望は明確な絶望へと変わった。正直、フレデリックに触れてほしくさえなかった。あの事件まで抱いていた恋心はすっかりなくなったのだと、あらためて認識した。



沈黙の抱擁が続く。



クラウディアのくちびるがぎゅっとしまる。



フレデリックの冷たい手。妹イザベルを抱いた手だと思うと気持ち悪く、また何事もなかったかのように愛の言葉を述べるフレデリックも信じられなかった。これからも平気で裏切られ続けるのではないかと思うと、将来誰か側妃を迎えるよりも嫌だった。

クラウディアは胸が締め付けられ、今にも泣きそうだった。このままフレデリックの裏切りに目をつむるのか。こんな不安定な気持ちで初夜を迎えられるのか。彼を許せる日は来るのか。

フレデリックの指先が頭から首筋を下り、背中に至る。


「緊張してるね。心が落ち着くいい薬があるよ」


フレデリックはこう言うと、ポケットから白い袋を出してそれを開けた。そして袋の中の粉末を鼻から吸い込み、「ふぅ~~~」と息を吐いた。


「ほら。クラウディアもやってごらん」


そう言ってクラウディアに白い袋を渡そうとした。クラウディアは目が点になり、固まった。


「ヒガンバナ……」


クラウディアは小声でつぶやいた。あの事件の日にフレデリックとイザベルが摂取していた禁止薬に違いなかった。


(まさか……私に平気で危険を犯させるなんて……あぁ……。この人はたかが外れているんだわ。人としてそもそもダメで、愛なんて夢のまた夢……。大切な人に当たり前のようにすすめる薬じゃないはずなのに……)


フレデリックはクラウディアが「ヒガンバナ」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤッと笑うと、目の奥の暗闇がクラウディアを刺した。


「なんだ……この薬を知ってるのか。話が早い。おしとやかに見えて、君もやることをやっているんだね。さすが公爵令嬢だよ。遠慮なくヤッてくれたまえ」


クラウディアは白い袋の受け取りを拒み、首を横に強く振った。


「なりませぬ、フレデリック様。ヒガンバナは国民を堕落させ、国家の根幹を揺るがす大罪の薬。これに溺れた人間がどんなに悲惨なことになるか、殿下ならおわかりでしょう?」
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