浮気をする伯爵様、負けを認めてください。不誠実な男は嫌いです。

Hibah

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 車で移動する間、和彦はひたすら困惑していた。隣でハンドルを握る里見は、ドライブを楽しんでいるかのように、気軽に話しかけてくる。しかし、降ろしてほしいと頼んでみると、首を振って拒むのだ。
 恫喝してくるわけでもなく、それどころか声を荒らげることすらしない里見だが、和彦を帰したくないという確固たる意志は伝わってくる。
 状況としては今まさに連れ去られているのだが、切迫感や危機感は乏しい。
 里見の真意や、英俊との関係がどうしても気になるのだ。
 話を聞いて、揺れる気持ちにケリがつくなら――と、どこか言い訳じみたことを、和彦は自分に言い聞かせる。
 膝の上で握り締めていた手をゆっくりと開く。覚悟を決めるしかなかった。
「……結局、里見さんの思うとおりになってたんだよね。昔から」
 和彦の非難がましい言葉を受け、里見は短く笑い声を洩らす。
「君には多少強引に出たほうがいいって、知ってるからね。自分からあれこれとワガママを言う子じゃなかったから」
「持って生まれた性分かな。ぼくの周囲は、そういう人……男ばかりだ」
 ピリッと車内の空気が緊張する。和彦は、あえて里見の表情を確認しなかった。
 車は、あるマンションの駐車場に入り、エンジンが切られる。戸惑う和彦に対して、里見は先に車を降りると、後部座席に置いた和彦の荷物を取り上げる。目が合うと頷かれ、車内に一人残るわけにもいかず、渋々和彦もあとに続く。
 エントランスに入ると、里見は集合郵便受の前で立ち止まる。郵便物を取り出している間、和彦は所在なくガラス扉越しに外の通りを眺めていた。
「――静かだろ」
 ふいに里見に話しかけられる。
「うん……」
「オフィス街にあるから、生活するには不便な場所なんだ。ただ、仕事に集中はできる」
「あっ、じゃあ、ここが仕事用に借りてる部屋?」
「出勤も楽だし、出張帰りとか、駅が近いから寝泊まりするにもいい場所なんだ。年相応に、家でも買おうかと考えたこともあるんだけど、独り身で、なんでもかんでも自分だけで処理していくことを考えたら、都合に合わせて部屋を行き来する生活のほうが、おれの性分には合ってるかなって」
 別れてから再会するまでの里見の生活について、思いを馳せないわけではない。魅力的な外見と、仕事での有能さを持ち合わせた人物だ。出会いなどいくらでもあったはずだ。
 巡り合わせとは怖いものだと、エレベーターで三階に上がりながら和彦は心の中で呟く。
 足を踏み入れた里見の仕事部屋は、適度に物が多く、それでいてきちんと片付いていた。
「……昔の里見さんの部屋を思い出すなあ」
 リビングダイニングで仕事をしているのか、テーブルの上には何冊もの本やファイルが積み重ねられ、空いたスペースはわずかだ。どこで食事をとっているのかと見回してみれば、どうやらキッチンカウンターで済ませているようだ。小さな食器棚には、わずかな食器類が収まっている。
 その食器棚の上に置かれた、赤い花をつけたシクラメンの植木鉢を眺めていると、コートを脱いだ里見がキッチンに入る。
「そこら辺のクッションを適当に使っていいよ。ちょっと待って。今お茶を淹れるから」
「里見さん、ぼく、あまり長居は――」
 できないというより、したくない。この部屋に連れてこられたことで和彦には、抗えない力に巻き取られてしまいそうな予感があった。里見と長く一緒にいることで、その力はどんどん強くなっていく。聞きたいことだけを聞いて、早く帰りたい。
「大丈夫。送っていくから」
 里見が背を向けたため、発しかけた言葉は口中で消える。仕方なく和彦もコートを脱いだが、素直に腰は下ろせない。
 ふと、半分ほど引き戸が開いている隣の部屋が気になった。
「……里見さん、こっちの部屋、入っていい?」
「かまわないよ。おもしろいものはないけど」
 壁際に置かれたベッドはあえて視界に入れないようにして、和彦が歩み寄ったのは、スチール製の本棚だった。専門書ばかりが並んでいるかと思いきや、意外にも写真集もスペースを取っている。一冊手に取って開いてみると、国内の自然風景を撮ったものだ。
 お茶が入ったと呼びにきた里見は、和彦が写真集を開いているのを見て、微妙な表情を浮かべる。
「それは――」
 里見の様子から、和彦は即座に理解した。
「ああ……、そうか。これは、兄さんが置いてる本なんだ」
 他人の宝物に触れてしまったような罪悪感に、慌てて写真集を本棚に戻す。食器棚の上に置かれたシクラメンの植木鉢も、おそらく英俊が持ち込んだものだろう。
 英俊の痕跡がしっかりと残るこの部屋に、自分を連れてきた里見の無神経さが腹立たしかった。

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みんなの感想(5件)

BLACK無糖
2023.08.14 BLACK無糖

貴族のお姫様が好む恋物語を肉付けしたら、きっとこういうお話もあるんだろうなぁ〜
主人公のひねたワガママお嬢様っぽさとかも、そんな感じがする。
未熟な貴族の若者が早熟で聡い賤民(あえて使う)の従者のおかげで互いに1歩先に進めて、人生を共にする事ができ、従者も新たな道が拓け、三人の縁が強く結ばれました〜的な。

ちょっとアクが強い父親とか、お父様ったら酷い!って幼女に不評そうw成長したらこのお父様正論しか言ってなかった!てなるやつ。

途中までは浮気クズな婚約者になんだァてめぇ…?となりかけてたけど周りからアイツ主人公の事好きなんだよ〜っていうフォロー(?)と案外分かりやすい婚約者の:( ;´꒳`;):プルプルっぷりと背水の陣の決闘での奮戦ぶりは良かったです。
でもたぶん幼女は従者派が多そう。
成長して読み直したら婚約者も良いじゃん……決闘のとこ最高…!てなりそう。
でもたぶんトータルで従者派の方が多いw
キス見せつけはマジで許せん!派と結局、従者のおか げだし、なんなら真の主人公は従者だよ派が多そう。
たまに主人公の友達のスピンオフ派がいるw

解除
ちっち
2023.03.02 ちっち

フランケンの幸せは何かな?と考えてみました。

色々あるかと思いますが、やはり一番はレオンハルトのもとで今までのように寄り添い、使命を全うすることではないかな?と思いました。

月日が立ち、フランケンが了承すればまた伯爵家に呼び戻してほしいです。
次は二人の子供の護衛に付き、男の子なら剣を教え師にもなれるはず。
肩車をしたり、草花の知識をさずけたり、動物を慈しむ心を教えたり、時には戒め助言する姿を想像するとほっこりします。

消化不良ではありません!

最終話の最後の所!レオンハルトとの縁は繋がっていました😄
そして、そこにエリーゼも加わっていました。
安心しました( ꈍᴗꈍ)ヨカッタヨカッタ

長々とすみませんm(_ _)m
ありがとうございました。

Hibah
2023.03.02 Hibah

我慢に慣れた人生を送ってきたフランケンにとっては、突き進みたい道があったとしても、すっと引いてしまうことに慣れてしまっていたのではないかということです。

フランケンは、レオンハルトの使用人として生きられたことすら贅沢だったとも言えるのです。そんな中、どうしてそれ以上の贅沢が言えるだろう、という気持ちは常にあったのでしょう。でも、決闘の勝利によって得られる貴族という地位に対し、心動かなかったかと言えば、どうなんでしょう。フランケンは本当に決闘で勝つつもりだったかもしれません。フランケンがわざと負けたのか、それともレオンハルトの強い気持ちの勝利なのかもまた、読みがわかれるところだと思います。

フランケンは素敵な男性なので、騎士団に入って仕事をしていく中で、また新しい素敵な女性と出会えるでしょう! エリーゼなんかより……といっては失礼ですが笑

ちっち様、フランケンが背負った負を理解してくださって本当にありがとうございました。フランケンは秩序を優先したとも言えます。巻き込まれるはずのなかった争いかもしれませんが、結果的にフランケンは騎士団に入るという選択を取ることができました。どちらがいいのかは解釈にもよるかもしれませんが、フランケンにとってはより自由になったのではないかとも思うのです。加えて、騎士団の中で働きつつも、レオンハルトとの関係を絶たないでいられている。どん底から引き上げてくれた恩人を、ないがしろにしなくてすむ。そんなところまで考えてしまうほど、フランケンは心優しい人物なのではないかと……泣



フランケンがまた騎士団から戻ってくるという未来もいいですね!
正直、そんなふうに考えていなかったので、想像が膨らみました。

フランケンがレオンハルトのもとに戻り、そこで生まれてくる子どもたちの指導役になる――いいですねえ笑

最後の最後、誰も悲惨な目に合わせたくなかったので、
結果的に複雑な描き方になってしまったかもしれません。


でも、読了してもらい本当にありがとうございました。
消化不良でなかったとのこと、よかったです。

ちっち様の感想で私も学ばせていただきました。
またこうして熱く語り合える小説を書こうと思いますので、
これからもよろしくおねがいします!

解除
ちっち
2023.03.02 ちっち

丁寧にご解説くださり、ありがとうございます。
m(_ _)m

私はこの物語を拝見して、フランケンに主を置いてしまいました。
フランケンのイメージは、ラピュタの庭園を歩いているロボット兵です笑
姿は大きく怖いけど、動物に好かれ、小鳥を乗せ、卵を保護したり、シータにそっと花をプレゼントする穏やかで心優しい感じがぴったりだと思いました笑

エリーゼは、フランケンが出自や容姿で蔑まれ悲しみ苦労した事、レオンハルトに拾われてからの今まで(剣技や勉強等を怠らなかった)、二人の関係性などを知っていたのにフランケンを巻き込んでしまった。
少し考えれば、どうなるかは想像できたはずです。
そして、嫉妬したレオンハルトが頬を打ち、フランケンが傷付く言葉も言わせてしまった。
悲しいことです。

ですがエリーゼの気持ちも理解できます。あんな舐めた言動をとられると腹が立つし未来にも絶望する、ギャフンといわせてやりたいことでしょう。

しかし考えてみると、相手がフランケンだからこそレオンハルトは覚醒し、悔い改めようとしたのかな?とも思いました。
フランケンという人物を一番知っているが為、クールで素っ気ないエリーゼが楽しそうに親しくしている光景は、惹かれている、獲られてしまう、自分の元からいなくなる、と、より危機感に苛まれたのではないかと。

フランケンはレオンハルトの意を汲み、エリーゼには
レオンハルトの本気と愛情をわからせる為、決闘を受けたと思いました。そして本当にエリーゼを奪う気はなかったと思います。
でもフランケンは恋をしていましたよね?
戦いの中でのフランケンの気持ちや葛藤を思うと…泣

フランケンは色んな負を背負って旅立ってくれたと思いました。



Hibah
2023.03.02 Hibah

フランケンのイメージが、ラピュタのロボット兵だというお気持ち、よくわかります笑
ちっち様に言われて、私の潜在意識にもあのロボット兵がいたのだとわかりました!

ちっち様の深読みはすごいです。

エリーゼはレオンハルトとフランケンの間柄を知っていて近づきました。
フランケンが素敵な人だったというのはエリーゼにとっての誤算で、そこから目的外に走ってしまうのが悲劇でした。

なんか、こういうことあるなぁって思うんですよね。
当初の目的と、今の目的が変わってしまってるのに、それでもなんとか今の自分を正当化してしまうようなこと……笑


ちっち様がおっしゃるとおり、私もフランケンだからこそレオンハルトは覚醒したのだと思います。
もともとエリーゼが好きだったとはいえ、周りには敵なし状態だったわけです。
そこを身近な人にとられてしまう。おそらく他の貴族と恋愛しているだけだったら、レオンハルトの感情はここまで揺さぶられなかったかもしれません。
もう遅いことはわかっていても、最後の最後まであがきたくなる気持ち、失ったものをなるべく取り戻したいと思う気持ちを、レオンハルトに反映させたつもりです。現実でも小説でも「もう遅かったです。残念でした。失ったものは取り戻せませんよ」という嘆きの物語が多いですが、そうは書きたくなかったんです。なぜなら人の気持はいつどこでどんなふうに揺り動くかわからず、最後まで諦めない人間が報われることだってあると思うからです。

フランケンについても、これまたちっち様のおっしゃるとおりで、決闘をしたのは本当にエリーゼを奪うためというよりも、レオンハルトのためだった可能性が高いですね。
読みの可能性はもちろん一通りではないと思いますが、エリーゼを奪いたいなら決闘などというまどろっこしいことをしなくても、フランケンはエリーゼを連れて行く選択肢があった気もします。

レオンハルトの屋敷を去るときに、エリーゼへの挨拶はなしです。もし未練が大きく、自分やエリーゼの人生を破滅させてでも恋に生きようと思うなら、それ相応の行動をしたでしょう。しかし、そうはしなかった。ただ……そうしなかったからといって、エリーゼへの愛情がないかといえば、違うんですよね……(次の感想に返信続きます)

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