浮気をする伯爵様、負けを認めてください。不誠実な男は嫌いです。

Hibah

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 お父さんが旅立つ前に僕が縫った臙脂色の着物は出来上がった。着物には黒く燕の柄が染め抜いてある。
 お父さんに出来上がった着物を渡すと、リラも綺麗な包装紙で飾った帯を渡していた。

「お父さんが旅の間も僕たちを忘れないように」
「使ってね、お父さん」

 着物を広げて、包装紙を開けたお父さんは目を細めて嬉しそうにしていた。

「大事に着させてもらうよ。私はこの土地の着物が一番好きなんだ。アマリエが作ってくれたからでもあるんだけど」
「私のも着てね」
「交代で着るよ」

 くすくすと笑って悪戯っぽく言う母にお父さんは素直に頷いていた。
 僕とリラがお父さんにプレゼントをしたことでショックを受けたのはスリーズちゃんだった。

「わたし、ない! なにも、ない!」
「スリーズは私にハグしてくれる?」
「とと、げんきになる?」
「すごくげんきになるよ」

 言われてスリーズちゃんがお父さんに抱き付いていく。抱き付いたときに魔力の流れを感じて僕はスリーズちゃんをじっと見てしまった。
 母もリラもスリーズちゃんを見ている。

「今、スリーズちゃん、魔法を使ったよね?」
「守護の魔法だったわ」
「弱いけど、確かに使ったわ」

 僕とリラと母の見解は同じだった。
 強い魔法ではないけれど、スリーズちゃんはもう自分で魔法を使うことができる。それは大きな成長だった。

「スリーズ、魔法が使えるのか」
「わたし、まほうつかってた?」
「使ってたみたいだよ」

 魔法をかけられたお父さんは気付かなかったようだが、スリーズちゃんは無意識に魔法を使えるようになっていた。

「無意識でこれなら、意識して使うようになれば、もっと強い魔法が使えるようになるわ」
「わたし、つよいまほう、つかえる! つかいたい! かか、おしえて!」
「私は厳しいわよ?」
「がんばる!」

 魔法の練習についてすっかりとやる気を出したスリーズちゃんだった。
 レオくんは違うことが習いたいようだ。

「スリーズちゃんのおかあさま、おれ、じがかけるようになりたいんだ。おしえてくれませんか?」
「スリーズも字は読めるけど書くのは腕が安定してないから練習が必要だわ。二人で勉強の時間を取りましょう」
「ありがとうございます!」

 レオくんも来年には小学校なのだ。字の練習に興味を持っていてもおかしくはなかった。

 僕はお父さんが旅立ってしまう前に話したいことがあった。
 お父さんを呼んで二人きりになってウッドデッキで話をする。

「僕、セイラン様を抱きたいって思ってるんだけど、セイラン様は逆がいいって思っていらっしゃるんだ。どうすればいいのかな?」
「ぶふぉ!?」

 真剣に聞いたつもりなのに、お父さんが吹いてしまった。

「土地神様のそういう事情を知ることになるとは思わなかった……。ラーイの相談を聞くということはそういうことなのか」
「お父さん、困ってる?」
「いや、畏れ多いけど、ラーイの父親として相談には乗りたいと思っているよ」

 畏れ多いと思っているのにお父さんは僕のために相談に乗ってくれるつもりだった。僕はお父さんに甘えることにする。

「セイラン様と話し合っても答えが出ないんだ。でも絶対、セイラン様よりも僕の方が好きが大きいと思うんだよね」
「好きが大きい方が抱くのか?」
「だって、そうじゃない? 僕、男だよ?」

 お父さんも男だから好きなひとを抱きたいという気持ちは分かってくれるのではないかと思っていたが、お父さんは意外なことを口にした。

「私はセイラン様の好きがラーイよりも小さいとは思わない。そもそもどちらが大きいかなんて比べられないものだと思う。好きには色んな形があって、ラーイは猪突猛進に真っすぐな好きかもしれないけれど、セイラン様は包み込むような暖かく優しい好きかもしれない」
「好きには色んな形がある……」

 好きの強さ、大きさしか考えていなかった僕にとっては、お父さんの考え方は目から鱗が落ちる気分だった。
 僕は猪突猛進の真っすぐな好きで、セイラン様の好きは包み込むような暖かく優しい好き。言われてみれば、そんな気がしてくる。

「僕は、考え方が間違っていたの?」
「好きは競うものじゃない。どっちが好きだから抱く、抱かれると決めるのではなくて、そのときになって、セイラン様を受け入れたいと思ったら抱かれて、セイラン様に受け入れて欲しいと思ったら抱いたらいいのではないか?」

 僕よりもずっと長く生きているし、大人のお父さんの意見は僕の納得のいくものだった。
 お父さんがお父さんでいてくれて本当によかったと心から思う。

「今決めなくていいんだね」
「ラーイは焦りすぎるところがあるからな。私もスリーズとレオくんの婚約を急ぎ過ぎてしまっているし、私に似たのかな」
「お父さんに似ちゃったのかな」

 僕とお父さんは顔を見合わせて笑った。
 話し終えて部屋に戻ってくると、椅子に座ったスリーズちゃんとレオくんはクレヨンで大きな紙に字を書いていて、リラは母に結界の魔法を習っていた。僕とお父さんが戻って来たのに気付くと、すぐに母がお茶とお菓子の用意をしてくれる。

「今年、エイゼンと食べられる最後のおやつだから、ゆっくり味わって食べましょうね」
「お父さん、もう行っちゃうんだ」
「お父さん、気を付けてね」
「とと、だいすき」

 手を合わせて冷たいグレープフルーツのゼリーを食べて、紅茶を飲む僕とリラとスリーズちゃんは、食べ終えるのが寂しくなっていた。

 日の落ちる前の真っ赤な夕日の空に、お父さんは飛んで行った。
 次の夏までは帰ってこない。
 この生活が後何年続くのかは分からないが、しばらくはお父さんを見送って、次の夏まで帰りを待つことになるのだろう。

「かか、きょうはいっしょにねて」
「いいわよ、スリーズ。寂しくなっちゃったのね」
「かか、あしたもいっしょにねて」
「もう、無理に子ども部屋で寝ないでいいのよ」

 母のワンピースのスカートを掴んでいるスリーズちゃんは黒いお目目に涙をいっぱい溜めている。スリーズちゃんが子ども部屋で寝ていたなんて知らなかった。

「スリーズちゃんに子ども部屋を作ったの?」
「前世の話を聞いてから、十歳なら一人で過ごしたいこともあるだろうと形だけ子ども部屋は用意してたんだけど、一人では眠れなかったし、使ってなかったのよね。使い始めたきっかけはマンドラゴラだったのよ」

 マンドラゴラ?
 スリーズちゃんは人参マンドラゴラのジンジンを飼っているがその関係だろうか。

「マンドラゴラを食べるようになって乳離れができたでしょう? そしたら、大きくなった気になって一人で夜は子ども部屋に入ってベッドで寝るんだけど、夜中に眠れなくて泣きながら私の部屋にやってくるのよ」
「スリーズちゃんの年なら仕方ないよ」
「スリーズちゃん、無理しなくていいのよ。私、まだまだレイリ様と一緒に寝るんだから!」
「リラは自慢するところなの!?」

 泣きそうになっているスリーズちゃんにリラが自信満々に胸を張って言うと、スリーズちゃんは少し落ち着いたようだ。

「わたし、かかとねる」
「おれも、かあちゃんとしかねむれないよ」
「レオくんもだったの?」
「かあちゃんととうちゃんのベッドをいったりきたりしてる」

 今日はお母さん、次の日はお父さんと気分でどっちと寝るかをレオくんは決めているようだ。お父さんともお母さんとも関係が良好そうで僕は安心した。

「おれ、いもうとかおとうとがほしかったんだ。でも、スリーズちゃんとであって、いもうとやおとうとよりも、スリーズちゃんとあそぶのがたのしいっておもってる。だいすきだよ、スリーズちゃん」
「わたしも、レオくんだいすき」

 お互いにぎゅっと抱き締め合うレオくんとスリーズちゃんが可愛い。
 でも、とスリーズちゃんが付け加える。

「わたしは、おとうとかいもうと、ほしいな」
「スリーズちゃんのところは、かずがおおいもんな」

 レオくんのところはナンシーちゃんとレオくんという姉弟だけだけれど、スリーズちゃんにはアマンダ姉さん、アンナマリ姉さん、アナ姉さん、僕、リラという兄姉がいる。
 もっと増えても構わないと思うのは、お父さんが神族で、母が魔女の長だからかもしれない。

 ナンシーちゃんとレオくんのところはお父さんが人間なので、子どもが作れる期間は決まって来てしまうだろう。

「そんなこというと、おれもちょっとだけ、いもうとかおとうと、ほしくなるだろ」
「ほしいっていえばいいのに」
「いっていいのかな?」
「わたし、いうよ」

 レオくんの問いかけに自信満々に答えたスリーズちゃん。
 レオくんのところに新しい家族が生まれるかどうかは分からない。
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みんなの感想(5件)

BLACK無糖
2023.08.14 BLACK無糖

貴族のお姫様が好む恋物語を肉付けしたら、きっとこういうお話もあるんだろうなぁ〜
主人公のひねたワガママお嬢様っぽさとかも、そんな感じがする。
未熟な貴族の若者が早熟で聡い賤民(あえて使う)の従者のおかげで互いに1歩先に進めて、人生を共にする事ができ、従者も新たな道が拓け、三人の縁が強く結ばれました〜的な。

ちょっとアクが強い父親とか、お父様ったら酷い!って幼女に不評そうw成長したらこのお父様正論しか言ってなかった!てなるやつ。

途中までは浮気クズな婚約者になんだァてめぇ…?となりかけてたけど周りからアイツ主人公の事好きなんだよ〜っていうフォロー(?)と案外分かりやすい婚約者の:( ;´꒳`;):プルプルっぷりと背水の陣の決闘での奮戦ぶりは良かったです。
でもたぶん幼女は従者派が多そう。
成長して読み直したら婚約者も良いじゃん……決闘のとこ最高…!てなりそう。
でもたぶんトータルで従者派の方が多いw
キス見せつけはマジで許せん!派と結局、従者のおか げだし、なんなら真の主人公は従者だよ派が多そう。
たまに主人公の友達のスピンオフ派がいるw

解除
ちっち
2023.03.02 ちっち

フランケンの幸せは何かな?と考えてみました。

色々あるかと思いますが、やはり一番はレオンハルトのもとで今までのように寄り添い、使命を全うすることではないかな?と思いました。

月日が立ち、フランケンが了承すればまた伯爵家に呼び戻してほしいです。
次は二人の子供の護衛に付き、男の子なら剣を教え師にもなれるはず。
肩車をしたり、草花の知識をさずけたり、動物を慈しむ心を教えたり、時には戒め助言する姿を想像するとほっこりします。

消化不良ではありません!

最終話の最後の所!レオンハルトとの縁は繋がっていました😄
そして、そこにエリーゼも加わっていました。
安心しました( ꈍᴗꈍ)ヨカッタヨカッタ

長々とすみませんm(_ _)m
ありがとうございました。

Hibah
2023.03.02 Hibah

我慢に慣れた人生を送ってきたフランケンにとっては、突き進みたい道があったとしても、すっと引いてしまうことに慣れてしまっていたのではないかということです。

フランケンは、レオンハルトの使用人として生きられたことすら贅沢だったとも言えるのです。そんな中、どうしてそれ以上の贅沢が言えるだろう、という気持ちは常にあったのでしょう。でも、決闘の勝利によって得られる貴族という地位に対し、心動かなかったかと言えば、どうなんでしょう。フランケンは本当に決闘で勝つつもりだったかもしれません。フランケンがわざと負けたのか、それともレオンハルトの強い気持ちの勝利なのかもまた、読みがわかれるところだと思います。

フランケンは素敵な男性なので、騎士団に入って仕事をしていく中で、また新しい素敵な女性と出会えるでしょう! エリーゼなんかより……といっては失礼ですが笑

ちっち様、フランケンが背負った負を理解してくださって本当にありがとうございました。フランケンは秩序を優先したとも言えます。巻き込まれるはずのなかった争いかもしれませんが、結果的にフランケンは騎士団に入るという選択を取ることができました。どちらがいいのかは解釈にもよるかもしれませんが、フランケンにとってはより自由になったのではないかとも思うのです。加えて、騎士団の中で働きつつも、レオンハルトとの関係を絶たないでいられている。どん底から引き上げてくれた恩人を、ないがしろにしなくてすむ。そんなところまで考えてしまうほど、フランケンは心優しい人物なのではないかと……泣



フランケンがまた騎士団から戻ってくるという未来もいいですね!
正直、そんなふうに考えていなかったので、想像が膨らみました。

フランケンがレオンハルトのもとに戻り、そこで生まれてくる子どもたちの指導役になる――いいですねえ笑

最後の最後、誰も悲惨な目に合わせたくなかったので、
結果的に複雑な描き方になってしまったかもしれません。


でも、読了してもらい本当にありがとうございました。
消化不良でなかったとのこと、よかったです。

ちっち様の感想で私も学ばせていただきました。
またこうして熱く語り合える小説を書こうと思いますので、
これからもよろしくおねがいします!

解除
ちっち
2023.03.02 ちっち

丁寧にご解説くださり、ありがとうございます。
m(_ _)m

私はこの物語を拝見して、フランケンに主を置いてしまいました。
フランケンのイメージは、ラピュタの庭園を歩いているロボット兵です笑
姿は大きく怖いけど、動物に好かれ、小鳥を乗せ、卵を保護したり、シータにそっと花をプレゼントする穏やかで心優しい感じがぴったりだと思いました笑

エリーゼは、フランケンが出自や容姿で蔑まれ悲しみ苦労した事、レオンハルトに拾われてからの今まで(剣技や勉強等を怠らなかった)、二人の関係性などを知っていたのにフランケンを巻き込んでしまった。
少し考えれば、どうなるかは想像できたはずです。
そして、嫉妬したレオンハルトが頬を打ち、フランケンが傷付く言葉も言わせてしまった。
悲しいことです。

ですがエリーゼの気持ちも理解できます。あんな舐めた言動をとられると腹が立つし未来にも絶望する、ギャフンといわせてやりたいことでしょう。

しかし考えてみると、相手がフランケンだからこそレオンハルトは覚醒し、悔い改めようとしたのかな?とも思いました。
フランケンという人物を一番知っているが為、クールで素っ気ないエリーゼが楽しそうに親しくしている光景は、惹かれている、獲られてしまう、自分の元からいなくなる、と、より危機感に苛まれたのではないかと。

フランケンはレオンハルトの意を汲み、エリーゼには
レオンハルトの本気と愛情をわからせる為、決闘を受けたと思いました。そして本当にエリーゼを奪う気はなかったと思います。
でもフランケンは恋をしていましたよね?
戦いの中でのフランケンの気持ちや葛藤を思うと…泣

フランケンは色んな負を背負って旅立ってくれたと思いました。



Hibah
2023.03.02 Hibah

フランケンのイメージが、ラピュタのロボット兵だというお気持ち、よくわかります笑
ちっち様に言われて、私の潜在意識にもあのロボット兵がいたのだとわかりました!

ちっち様の深読みはすごいです。

エリーゼはレオンハルトとフランケンの間柄を知っていて近づきました。
フランケンが素敵な人だったというのはエリーゼにとっての誤算で、そこから目的外に走ってしまうのが悲劇でした。

なんか、こういうことあるなぁって思うんですよね。
当初の目的と、今の目的が変わってしまってるのに、それでもなんとか今の自分を正当化してしまうようなこと……笑


ちっち様がおっしゃるとおり、私もフランケンだからこそレオンハルトは覚醒したのだと思います。
もともとエリーゼが好きだったとはいえ、周りには敵なし状態だったわけです。
そこを身近な人にとられてしまう。おそらく他の貴族と恋愛しているだけだったら、レオンハルトの感情はここまで揺さぶられなかったかもしれません。
もう遅いことはわかっていても、最後の最後まであがきたくなる気持ち、失ったものをなるべく取り戻したいと思う気持ちを、レオンハルトに反映させたつもりです。現実でも小説でも「もう遅かったです。残念でした。失ったものは取り戻せませんよ」という嘆きの物語が多いですが、そうは書きたくなかったんです。なぜなら人の気持はいつどこでどんなふうに揺り動くかわからず、最後まで諦めない人間が報われることだってあると思うからです。

フランケンについても、これまたちっち様のおっしゃるとおりで、決闘をしたのは本当にエリーゼを奪うためというよりも、レオンハルトのためだった可能性が高いですね。
読みの可能性はもちろん一通りではないと思いますが、エリーゼを奪いたいなら決闘などというまどろっこしいことをしなくても、フランケンはエリーゼを連れて行く選択肢があった気もします。

レオンハルトの屋敷を去るときに、エリーゼへの挨拶はなしです。もし未練が大きく、自分やエリーゼの人生を破滅させてでも恋に生きようと思うなら、それ相応の行動をしたでしょう。しかし、そうはしなかった。ただ……そうしなかったからといって、エリーゼへの愛情がないかといえば、違うんですよね……(次の感想に返信続きます)

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