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貧民街側の賊は9人、こちら側は3人。
明らかに分が悪い。
血の気の多そうな賊のうちの一人が、私の従者に斬りかかってきた。従者も剣で応戦し、戦いになってしまった。
「待って! 持ってるお金はすべて渡すわ! だから見逃してちょうだい」
私は大きな声でそう言った。
でも、男はニタニタ笑ったまま、
「着ている服もすべてだよ。わかってないな~」
とねっとりいやらしい目で見てきた。
そのときだった。
「エリーゼ様!」
こちらへ駆け寄ってくる人の姿が目に入った。
「フランケン!」
賊たちも気づき、フランケンにもナイフを向けた。
フランケンは、戦意がないことを手振りで示した。
「お前たち、やめておけ。ここにいらっしゃるお方は男爵令嬢のエリーゼ様だ。大人しく引き下がってくれ。そうじゃなければ軍隊が来るぞ」
フランケンの言葉を聞いた賊は一瞬たじろいだが、すぐにまたナイフを向け直した。
「うるせー! 邪魔するならまずはお前からぶっ殺してやる」
そう叫ぶと賊はフランケンを刺そうとした。しかしフランケンは賊のナイフをするりとかわし、ぽんと手刀を入れ、ナイフを落とさせた。
「くっ……ぐ……痛え」
フランケンを襲った賊が手首を押さえてうずくまっている間に、他の賊もフランケンに襲いかかった。フランケンは一人ひとりの動きを冷静に見て受け止め、全員に対しみぞおちや腕や背中に一発をおみまいした。
「だ、だめだ……格が違う……お前ら、出直すぞ!」
私たちをつけまわしていた首領格の男がそう指示すると、男たちはなんとか自分たちの身体を引きずるようにして去って行った。
フランケンは私の目の前まで来た。不安そうに、私を心配してくれているようだった。
「エリーゼ様。お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。助けてくれてありがとう。どうしてここがわかったの?」
「街の入口で物乞いをしていた少年が、美しいお姫様にパンをもらったと言っていました。それに街では私をたずね歩いている女性がいるとすぐに広まっていました。ダメですよ、この街でこんな目立った動きをしては」
フランケンにたしなめるような口調で言われてしまった。「でも……」と言いかけたところで、私は言葉を飲み込んだ。フランケン……あなたに会いたかったのよ。会えて嬉しいとか、そういう言葉がほしかった。怖かった。
さっきまで気が張っていたせいか、フランケンの顔を見るとほっとして涙が出てきた。
私はフランケンの胸に飛び込んだ。
フランケンが戸惑っているのがわかったけど、フランケンもわかってくれたのか、私を優しく抱きしめた。
「とにかく……ご無事でよかったです。少年から話を聞いたとき、わたしも心配しました。もしかしてエリーゼ様がこの街まで来てしまったのかと。まさか本当だとは……」
フランケンの低くて心地よい声が私の耳のそばから聞こえてくる。
「あなたが突然いなくなるからでしょ。挨拶もなしに……馬鹿……」
「申し訳ございません。ご挨拶しようとしていたのですが、レオンハルト様にもうエリーゼ様とは会うなと命令されたものですから……」
「そんなの無視して、会いに来てよ。私に探させた罪は重いわよ」
フランケンは抱きしめる手をゆっくり離し、私と向き合った。人差し指を私の目元に添え、涙に触れていた。フランケンの体温が、心細かった私の身に染みていく。
「……わたしはこのような貧民街の出身です。レオンハルト様に拾われなければ、とっくに死んでいたかもしれません。レオンハルト様とは違い……卑しい身分の男なのです」
「私を……このまま連れ去ってよ。私はあなたと生きていきたい」
フランケンは静かに首を横へ振った。
「それはなりません。エリーゼ様はレオンハルト様と結婚します。それが一番良いのです。エリーゼ様はレオンハルト様を誤解しています。レオンハルト様は、心の底からエリーゼ様を愛しておいでです」
「嘘よ! あなたは私のことが嫌いなんでしょ! だからレオンハルトを言い訳にしてるのよ!」
「……レオンハルト様は今までの行いを反省し、エリーゼ様ひとすじの行動を取られるようになりました。これまでも、本当はそうしたかったのです。でも……レオンハルト様は好きな人の前では、気持ちと裏腹な行動をとってしまう方で……ずっともどかしく感じておりました」
「フランケン……あなたは私のことが好きじゃないの? 私と一緒にいたいと思わないの?」
私は、フランケンの眼にも涙が溜まっていることがわかった。今にもあふれそうな涙の奥で、フランケンの綺麗な青い瞳が揺らいでいる。でも、彼はまたいつもの微笑みを見せた。
「わたしはエリーゼ様を愛せません」
明らかに分が悪い。
血の気の多そうな賊のうちの一人が、私の従者に斬りかかってきた。従者も剣で応戦し、戦いになってしまった。
「待って! 持ってるお金はすべて渡すわ! だから見逃してちょうだい」
私は大きな声でそう言った。
でも、男はニタニタ笑ったまま、
「着ている服もすべてだよ。わかってないな~」
とねっとりいやらしい目で見てきた。
そのときだった。
「エリーゼ様!」
こちらへ駆け寄ってくる人の姿が目に入った。
「フランケン!」
賊たちも気づき、フランケンにもナイフを向けた。
フランケンは、戦意がないことを手振りで示した。
「お前たち、やめておけ。ここにいらっしゃるお方は男爵令嬢のエリーゼ様だ。大人しく引き下がってくれ。そうじゃなければ軍隊が来るぞ」
フランケンの言葉を聞いた賊は一瞬たじろいだが、すぐにまたナイフを向け直した。
「うるせー! 邪魔するならまずはお前からぶっ殺してやる」
そう叫ぶと賊はフランケンを刺そうとした。しかしフランケンは賊のナイフをするりとかわし、ぽんと手刀を入れ、ナイフを落とさせた。
「くっ……ぐ……痛え」
フランケンを襲った賊が手首を押さえてうずくまっている間に、他の賊もフランケンに襲いかかった。フランケンは一人ひとりの動きを冷静に見て受け止め、全員に対しみぞおちや腕や背中に一発をおみまいした。
「だ、だめだ……格が違う……お前ら、出直すぞ!」
私たちをつけまわしていた首領格の男がそう指示すると、男たちはなんとか自分たちの身体を引きずるようにして去って行った。
フランケンは私の目の前まで来た。不安そうに、私を心配してくれているようだった。
「エリーゼ様。お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。助けてくれてありがとう。どうしてここがわかったの?」
「街の入口で物乞いをしていた少年が、美しいお姫様にパンをもらったと言っていました。それに街では私をたずね歩いている女性がいるとすぐに広まっていました。ダメですよ、この街でこんな目立った動きをしては」
フランケンにたしなめるような口調で言われてしまった。「でも……」と言いかけたところで、私は言葉を飲み込んだ。フランケン……あなたに会いたかったのよ。会えて嬉しいとか、そういう言葉がほしかった。怖かった。
さっきまで気が張っていたせいか、フランケンの顔を見るとほっとして涙が出てきた。
私はフランケンの胸に飛び込んだ。
フランケンが戸惑っているのがわかったけど、フランケンもわかってくれたのか、私を優しく抱きしめた。
「とにかく……ご無事でよかったです。少年から話を聞いたとき、わたしも心配しました。もしかしてエリーゼ様がこの街まで来てしまったのかと。まさか本当だとは……」
フランケンの低くて心地よい声が私の耳のそばから聞こえてくる。
「あなたが突然いなくなるからでしょ。挨拶もなしに……馬鹿……」
「申し訳ございません。ご挨拶しようとしていたのですが、レオンハルト様にもうエリーゼ様とは会うなと命令されたものですから……」
「そんなの無視して、会いに来てよ。私に探させた罪は重いわよ」
フランケンは抱きしめる手をゆっくり離し、私と向き合った。人差し指を私の目元に添え、涙に触れていた。フランケンの体温が、心細かった私の身に染みていく。
「……わたしはこのような貧民街の出身です。レオンハルト様に拾われなければ、とっくに死んでいたかもしれません。レオンハルト様とは違い……卑しい身分の男なのです」
「私を……このまま連れ去ってよ。私はあなたと生きていきたい」
フランケンは静かに首を横へ振った。
「それはなりません。エリーゼ様はレオンハルト様と結婚します。それが一番良いのです。エリーゼ様はレオンハルト様を誤解しています。レオンハルト様は、心の底からエリーゼ様を愛しておいでです」
「嘘よ! あなたは私のことが嫌いなんでしょ! だからレオンハルトを言い訳にしてるのよ!」
「……レオンハルト様は今までの行いを反省し、エリーゼ様ひとすじの行動を取られるようになりました。これまでも、本当はそうしたかったのです。でも……レオンハルト様は好きな人の前では、気持ちと裏腹な行動をとってしまう方で……ずっともどかしく感じておりました」
「フランケン……あなたは私のことが好きじゃないの? 私と一緒にいたいと思わないの?」
私は、フランケンの眼にも涙が溜まっていることがわかった。今にもあふれそうな涙の奥で、フランケンの綺麗な青い瞳が揺らいでいる。でも、彼はまたいつもの微笑みを見せた。
「わたしはエリーゼ様を愛せません」
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