浮気をする伯爵様、負けを認めてください。不誠実な男は嫌いです。

Hibah

文字の大きさ
上 下
5 / 20

5

しおりを挟む
 お父さんが旅立つ前に僕が縫った臙脂色の着物は出来上がった。着物には黒く燕の柄が染め抜いてある。
 お父さんに出来上がった着物を渡すと、リラも綺麗な包装紙で飾った帯を渡していた。

「お父さんが旅の間も僕たちを忘れないように」
「使ってね、お父さん」

 着物を広げて、包装紙を開けたお父さんは目を細めて嬉しそうにしていた。

「大事に着させてもらうよ。私はこの土地の着物が一番好きなんだ。アマリエが作ってくれたからでもあるんだけど」
「私のも着てね」
「交代で着るよ」

 くすくすと笑って悪戯っぽく言う母にお父さんは素直に頷いていた。
 僕とリラがお父さんにプレゼントをしたことでショックを受けたのはスリーズちゃんだった。

「わたし、ない! なにも、ない!」
「スリーズは私にハグしてくれる?」
「とと、げんきになる?」
「すごくげんきになるよ」

 言われてスリーズちゃんがお父さんに抱き付いていく。抱き付いたときに魔力の流れを感じて僕はスリーズちゃんをじっと見てしまった。
 母もリラもスリーズちゃんを見ている。

「今、スリーズちゃん、魔法を使ったよね?」
「守護の魔法だったわ」
「弱いけど、確かに使ったわ」

 僕とリラと母の見解は同じだった。
 強い魔法ではないけれど、スリーズちゃんはもう自分で魔法を使うことができる。それは大きな成長だった。

「スリーズ、魔法が使えるのか」
「わたし、まほうつかってた?」
「使ってたみたいだよ」

 魔法をかけられたお父さんは気付かなかったようだが、スリーズちゃんは無意識に魔法を使えるようになっていた。

「無意識でこれなら、意識して使うようになれば、もっと強い魔法が使えるようになるわ」
「わたし、つよいまほう、つかえる! つかいたい! かか、おしえて!」
「私は厳しいわよ?」
「がんばる!」

 魔法の練習についてすっかりとやる気を出したスリーズちゃんだった。
 レオくんは違うことが習いたいようだ。

「スリーズちゃんのおかあさま、おれ、じがかけるようになりたいんだ。おしえてくれませんか?」
「スリーズも字は読めるけど書くのは腕が安定してないから練習が必要だわ。二人で勉強の時間を取りましょう」
「ありがとうございます!」

 レオくんも来年には小学校なのだ。字の練習に興味を持っていてもおかしくはなかった。

 僕はお父さんが旅立ってしまう前に話したいことがあった。
 お父さんを呼んで二人きりになってウッドデッキで話をする。

「僕、セイラン様を抱きたいって思ってるんだけど、セイラン様は逆がいいって思っていらっしゃるんだ。どうすればいいのかな?」
「ぶふぉ!?」

 真剣に聞いたつもりなのに、お父さんが吹いてしまった。

「土地神様のそういう事情を知ることになるとは思わなかった……。ラーイの相談を聞くということはそういうことなのか」
「お父さん、困ってる?」
「いや、畏れ多いけど、ラーイの父親として相談には乗りたいと思っているよ」

 畏れ多いと思っているのにお父さんは僕のために相談に乗ってくれるつもりだった。僕はお父さんに甘えることにする。

「セイラン様と話し合っても答えが出ないんだ。でも絶対、セイラン様よりも僕の方が好きが大きいと思うんだよね」
「好きが大きい方が抱くのか?」
「だって、そうじゃない? 僕、男だよ?」

 お父さんも男だから好きなひとを抱きたいという気持ちは分かってくれるのではないかと思っていたが、お父さんは意外なことを口にした。

「私はセイラン様の好きがラーイよりも小さいとは思わない。そもそもどちらが大きいかなんて比べられないものだと思う。好きには色んな形があって、ラーイは猪突猛進に真っすぐな好きかもしれないけれど、セイラン様は包み込むような暖かく優しい好きかもしれない」
「好きには色んな形がある……」

 好きの強さ、大きさしか考えていなかった僕にとっては、お父さんの考え方は目から鱗が落ちる気分だった。
 僕は猪突猛進の真っすぐな好きで、セイラン様の好きは包み込むような暖かく優しい好き。言われてみれば、そんな気がしてくる。

「僕は、考え方が間違っていたの?」
「好きは競うものじゃない。どっちが好きだから抱く、抱かれると決めるのではなくて、そのときになって、セイラン様を受け入れたいと思ったら抱かれて、セイラン様に受け入れて欲しいと思ったら抱いたらいいのではないか?」

 僕よりもずっと長く生きているし、大人のお父さんの意見は僕の納得のいくものだった。
 お父さんがお父さんでいてくれて本当によかったと心から思う。

「今決めなくていいんだね」
「ラーイは焦りすぎるところがあるからな。私もスリーズとレオくんの婚約を急ぎ過ぎてしまっているし、私に似たのかな」
「お父さんに似ちゃったのかな」

 僕とお父さんは顔を見合わせて笑った。
 話し終えて部屋に戻ってくると、椅子に座ったスリーズちゃんとレオくんはクレヨンで大きな紙に字を書いていて、リラは母に結界の魔法を習っていた。僕とお父さんが戻って来たのに気付くと、すぐに母がお茶とお菓子の用意をしてくれる。

「今年、エイゼンと食べられる最後のおやつだから、ゆっくり味わって食べましょうね」
「お父さん、もう行っちゃうんだ」
「お父さん、気を付けてね」
「とと、だいすき」

 手を合わせて冷たいグレープフルーツのゼリーを食べて、紅茶を飲む僕とリラとスリーズちゃんは、食べ終えるのが寂しくなっていた。

 日の落ちる前の真っ赤な夕日の空に、お父さんは飛んで行った。
 次の夏までは帰ってこない。
 この生活が後何年続くのかは分からないが、しばらくはお父さんを見送って、次の夏まで帰りを待つことになるのだろう。

「かか、きょうはいっしょにねて」
「いいわよ、スリーズ。寂しくなっちゃったのね」
「かか、あしたもいっしょにねて」
「もう、無理に子ども部屋で寝ないでいいのよ」

 母のワンピースのスカートを掴んでいるスリーズちゃんは黒いお目目に涙をいっぱい溜めている。スリーズちゃんが子ども部屋で寝ていたなんて知らなかった。

「スリーズちゃんに子ども部屋を作ったの?」
「前世の話を聞いてから、十歳なら一人で過ごしたいこともあるだろうと形だけ子ども部屋は用意してたんだけど、一人では眠れなかったし、使ってなかったのよね。使い始めたきっかけはマンドラゴラだったのよ」

 マンドラゴラ?
 スリーズちゃんは人参マンドラゴラのジンジンを飼っているがその関係だろうか。

「マンドラゴラを食べるようになって乳離れができたでしょう? そしたら、大きくなった気になって一人で夜は子ども部屋に入ってベッドで寝るんだけど、夜中に眠れなくて泣きながら私の部屋にやってくるのよ」
「スリーズちゃんの年なら仕方ないよ」
「スリーズちゃん、無理しなくていいのよ。私、まだまだレイリ様と一緒に寝るんだから!」
「リラは自慢するところなの!?」

 泣きそうになっているスリーズちゃんにリラが自信満々に胸を張って言うと、スリーズちゃんは少し落ち着いたようだ。

「わたし、かかとねる」
「おれも、かあちゃんとしかねむれないよ」
「レオくんもだったの?」
「かあちゃんととうちゃんのベッドをいったりきたりしてる」

 今日はお母さん、次の日はお父さんと気分でどっちと寝るかをレオくんは決めているようだ。お父さんともお母さんとも関係が良好そうで僕は安心した。

「おれ、いもうとかおとうとがほしかったんだ。でも、スリーズちゃんとであって、いもうとやおとうとよりも、スリーズちゃんとあそぶのがたのしいっておもってる。だいすきだよ、スリーズちゃん」
「わたしも、レオくんだいすき」

 お互いにぎゅっと抱き締め合うレオくんとスリーズちゃんが可愛い。
 でも、とスリーズちゃんが付け加える。

「わたしは、おとうとかいもうと、ほしいな」
「スリーズちゃんのところは、かずがおおいもんな」

 レオくんのところはナンシーちゃんとレオくんという姉弟だけだけれど、スリーズちゃんにはアマンダ姉さん、アンナマリ姉さん、アナ姉さん、僕、リラという兄姉がいる。
 もっと増えても構わないと思うのは、お父さんが神族で、母が魔女の長だからかもしれない。

 ナンシーちゃんとレオくんのところはお父さんが人間なので、子どもが作れる期間は決まって来てしまうだろう。

「そんなこというと、おれもちょっとだけ、いもうとかおとうと、ほしくなるだろ」
「ほしいっていえばいいのに」
「いっていいのかな?」
「わたし、いうよ」

 レオくんの問いかけに自信満々に答えたスリーズちゃん。
 レオくんのところに新しい家族が生まれるかどうかは分からない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

エデルガルトの幸せ

よーこ
恋愛
よくある婚約破棄もの。 学院の昼休みに幼い頃からの婚約者に呼び出され、婚約破棄を突きつけられたエデルガルト。 彼女が長年の婚約者から離れ、新しい恋をして幸せになるまでのお話。 全5話。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

処理中です...