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私はエミール様を部屋の応接用ソファーまで案内しました。いつもと違い、彼の態度から敵意を感じませんでした。冷たく蔑んでくるようなまなざしもなく、表情は優しく柔和にさえ感じ取れました。

用件はディートハルト様にまつわることだろうと察しはつきましたが、何かきついことを言われるのではないかと内心びくびくしました。

ソファーに座ったエミール様に紅茶とクッキーを出したものの、彼は簡単に会釈し「ありがとうございます」と言うだけで、手はつけませんでした。肩に力が入っているのか、姿勢がわずかに縮こまって見えます。


「ビアンカ様。本日はお忙しい中お会いくださりありがとうございます」


「いえいえ。お越しいただきありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」


「ディートハルト様から……すべてのことを教えてもらいました。過去のことも、今のことも……」


「さようでございましたか。お辛い事実もあったかと存じます」


「いろいろと申し訳ありませんでした。ビアンカ様には特にご迷惑をおかけしたように思います。わたくしは勘違いしておりました」


「お気になさらないでください。ちなみに、何を……勘違いなさっていたのですか?」


「ディートハルト様のことです。変な話かもしれませんが……ディートハルト様の恋愛対象が女性だということは知っていました。しかし……男性も恋愛対象として”あり”とするような方だと思っていたのです。わたしだけは例外で、許されていると……」


「なるほど……」


「ディートハルト様が優しすぎることはビアンカ様もご存知のことですが、わたしも長い付き合いなので知っていたつもりです。それなのにディートハルト様の優しさにつけこんで、追い詰めてしまっていました……。でも、わたくしはわたくしなりに、ディートハルト様を大切に想っています。なので傷つけることは……本意ではありません……」


「気を落とさないでください。ディートハルト様を困らせようとしてしたことではないでしょう? エミール様はディートハルト様のことが好きで……ディートハルト様もあなたの愛情をはっきり拒まなかった。ディートハルト様に恋愛感情はなかったかもしれませんが、エミール様に好かれているという事実は、きっとお喜びになっていたのだと思いますよ」


エミール様は鼻をすすり、目元を拭いました。


「お気遣いのお言葉痛み入ります。おこがましいかもしれませんが、ディートハルト様が……もし同性愛に進むのであれば、道ならぬ道を共に歩む覚悟でした。しかし一方で……そうならないことをわかっていたようにも思います。わたくしはずるい男なのです。ディートハルト様が断れないことをいいことに、自分の愛を押し付けていました……。この国では許されない同性愛者であるわたくしを……守るためとも知らず……」


「今までのことは今までのことです。大事なのはこれからです。……どうしていくおつもりですか?」


「故郷へ帰ろうと思います。父親が辺境伯なので、それを継ぐための準備をします。なのでビアンカ様とも……まもなくお別れです」


「そうですか……なんだか寂しくなりますね……。エミール様にはここに嫁ぐ前からお世話になりましたから」


「いえ、とんでもございません。数々の非礼をお許しください……。あと……わたしから伝えておきたいことがあります」


「なんでしょう?」


「第二王子様にお気をつけてください」


「えっ? どうしてですか? たしか第二王子様は病弱の第一王子様を熱心に看病している心優しい方だと伺っております」


「それは……表向きの顔です。第二王子様はとても野心の強い方です。ここ一年ほど第一王子様の看病を積極的に行っているのですが、第一王子様の健康状態はさらに悪くなっているとのことです」


「待って……その話って……聞いてもいいやつ?」


「話はここまでにしておきます。ここまでであれば、ただ事実を言っただけですから……」



こうしてエミール様は、第二王子様の不穏な情報を言い残して退出しました。

(めんどくさいことにならなければいいな……)と考えていたのですが、そう順風満帆にもいかないようです。

私が初めて参加する王家の会食で、とんでもない事件が起きるのでした。
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