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”結婚したくないよね”という価値観で意気投合した私たちは、気づけば夕暮れ時を迎えていました。

彼は腰掛けていた石から立ち上がりました。


「僕が思うに君は……気負いすぎるのだと思うよ。結婚したからといってすぐに妻として立派に振る舞わなくちゃいけないわけじゃないし、なんなら妻なんて役割、果たさなくてもいいんじゃないかな」


彼はなぜか根拠のない自信を持っていて、その張りのある声は素敵でした。でも、私はといえば……ついため息を漏らしてしまいました。


「あなたね……世の中そんなに甘くないのよ。結婚したら、絶対と言っていいほど”役割”を求められるものなんだから。男でも女でも、絶対にそう!」


「そんなもんなのかなあ。ちなみに、どこまでだったら許せるの?」


「そうねえ……月に一日くらいなら、夫のために使ってもいいわ。でもあとは、自分の時間を過ごしたい」


私はとんでもなく身勝手なことを言っていると自覚していました。でも、彼との会話は夢の中の話のように思っていたし、そうであるなら余計な遠慮などしたくなかったのです。理想を存分に語り、今日をなんでもない一日のように過ごせばいい。振り返ることもない談笑に幕をおろす日没が、淡く目の前にあるだけです。

彼は落ちゆく太陽を見ながらこくりとうなずくと、私に顔を向けました。彼の顔の半分は夕日に照らされていて、半分は陰で暗くなっています。彫りの深い彼の顔に差す陰影は、まるで光を吸い込んでいるようでさえありました。



「僕たちが……夫婦になってみない?」



一瞬、時が止まったような気がしました。でもすぐに冗談だと思い、笑って返しました。



「それもいいかもね。だって、あなたと結婚したら私は妻として何も求められないし、自由にしていていいんでしょ? 私は財産も家柄も子どもも何もいらないから、ただ放っておいてくれたらいいの」



私はこう言った後、彼の目が冗談の目ではなく、落ち着いた目であることに気づきました。



「うん。君は自由にしてていい。ただ……月に一度だけ、王家で集う会食があるんだ。それには出てほしい。でも、無理にとは言わない」



(ん……? 聞き間違いかしら……? 王家? ……そっか、この人は王子様気分なのね。まあ、そういう設定を楽しんでいるなら、乗ってあげましょう。どうせ一期一会の関係だし)



「わかったわ。じゃあ月に一度だけ協力してあげる。でも、あとは何もしないからね。贅沢を言わない代わりに、毎日のんびり暮らす。それでいいのね?」


「うん! 僕は僕で、条件がある。僕の家に関心を持たないこと、財産を持とうとしないこと、そして僕を……好きにならないこと」


「とんだ自信家さんだったようね。わかったわ。契約成立で」


彼は満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをしました。しかしそのあとすぐに気まずそうな顔をして、もじもじしながら言いました。


「ごめんね。君の名前を聞いていなかったよ。お名前をお伺いしても……よろしいでしょうか?」


「ビアンカ・ディ・モンテベッロです。今日はありがとうございました。またいつか……」


「さようなら、また会いましょう、ビアンカ様!」



翌日、王家からモンテベッロ家に手紙が届き、お父様は腰を抜かしました。言うまでもなく私も驚き、目が点になったのでした。
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