上 下
2 / 22

2

しおりを挟む
「すみません! 私のハンカチです!」


私がこう呼びかけて近づくと、ハンカチを手に取った男性は身を起こし、私を見ました。ブロンズの髪にすらっとした長身、整った鼻が印象的でした。


「イマバリ製のいいハンカチを使っていますね。僕も使ってるんですよ、吸水力が違います」


男性は思いのほか感じよく接してくれました。遠目から見た雰囲気では人を寄せ付けないように感じられたのですが、実際にはとても爽やかな笑顔を持つ人でした。

近づいて男性をよく見てみると、やはり身につけている衣服の品質が違います。(どこの高貴なお家の方なのだろう)と考えながら、ハンカチを受け取りました。


「そうなんですよね。小さい頃から気に入って使っています」


「よくこの丘には来るんですか? 僕は初めて来たんですよ。ここは街から近いのに人がいなくて、いい場所ですね」


「ええ、気分転換でたまに来ます」


本当はほぼ毎日来ていますが、そんなことまで言う必要はありません。

何かを察するようにして男性は微笑んでうなずくと、また石の上に寝そべり目を閉じました。



「お帰りになるのでしょう? 道中、お気をつけて」



彼は最低限のコミュニケーションをとっただけで、特に私に関心もないようでした。そしてその関心のなさが、私にとって居心地よく感じたのです。



「初めて来たとおっしゃっていましたが……閣下はどうしてここにいらしたのですか?」



身分もわからないため、私は当たり障りのない呼称で彼に問いかけました。彼は質問されると、目をぱちっと開け、意外そうな顔をしながら私に答えました。


「……僕も……気分転換ですよ。どこかもっと遠くに行きたい気持ちもありますが、そうするわけにもいきませんので……。適当に歩いていたら、ここを見つけました」


彼の顔は憂いを帯びていて、疲れているようにも見えました。しかし話している間は常に微笑をたたえていて、誠実な人柄が感じられます。


「私も……同じような気持ちです。実は毎日のように親にお見合いの話をされるのですが、それがどうも慣れなくて……」


お見合いというデリケートな問題を自ら口にしてしまったことにハッとしましたが、むしろそれは行きずりの人だからこそ出せる気安さだったと思います。

彼は沈んだ調子でいる私を気遣ってか、起き上がって私の目を見つめました。そして頬をぽりぽりとかき、リラックスした様子で長い足を組みました。


「奇遇ですね。僕も同じような状況にいるんです。親から結婚しろと言われ、次から次へと女性が紹介されます」


「男性にとっては素晴らしいことではありませんか? その中から好みの女性を選べばよいだけです」


彼は顔の前で手を横に振り、「いやいや、そんな簡単な話じゃないですよ」と笑いました。


「僕も困っているんです。家柄が少しいいばかりに……。お見合いも何度かしたことがありますが、みんなそれぞれの欲望に取り憑かれているだけです」


「欲望というと?」


「ええ。ある者は見栄のために、ある者は経済力のために、ある者は贅沢したいがために、お見合いに臨んで来るのです。恋も結婚も……馬鹿みたいだ」


「――お気持ちわかります。私も家の見栄のために嫁がなければならないのが、心底嫌なんです」


「でも結婚しないと……性格に問題があるのではないかと噂されて、もっと肩身を狭くさせられる。一時の気の迷いや、欲望に取り憑かれて結婚したような大半の連中に、どうしてごちゃごちゃ言われなければならないんだ!」


彼のことを大人しい人だと思っていたのですが、だんだん熱が上がってくる彼を見て、その見方が間違っていると気づきました。初対面の私にも気の置けない話をしてきて、可笑しくなりました。


「おっしゃるとおりですね。”先輩方”は結婚して、何を手に入れたと言うのでしょう? 私は結婚に何も求めていません。ただ周りから『結婚しろ』と言われたくないだけ」


「そのとおり!」


彼が声を張り上げて同意したあと、私たちは互いの顔を見て笑いました。そのあとも「結婚をいかに回避するか」というさまざまなシミュレーションをして、盛り上がったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

お義姉様、私は貴方をいじめておりません! 〜嘘吐き義姉に破滅させられそうで困ってます〜

柴野
恋愛
 私ことローニャの義姉、ベレニスは昔から虚言癖があった。  私が伯爵家の後妻の娘として伯爵家に行くなり、「ローニャが私をいじめてくる」と事実無根のことを言ったり、叩かれてもいないのに「お義母様に暴力を振るわれた」と訴えたり。  彼女がどういうつもりかはわからない。ただ嘘吐きだというのは事実。  そんな困った義姉を侯爵家に嫁がせることができ、やっと解放される……!と喜んでいた矢先、侯爵家に呼び出され、いつの間にかベレニスを溺愛するようになっていた侯爵から事実上の死刑宣告を告げられることに。  私たち家族は何もしていないのに……。しかしそこへ私の愛する婚約者が現れて、事態は一変していく。 ※ハッピーエンド、全五話完結です。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

処理中です...