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港町ヘルセ

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 魔狼を退治した僕らは、対価としてわずかな金銭を受け取って村を後にした。

 港町ヘルセに向かう途中、村や町に寄って状況を確認してみたけど、どこも同じだった。魔物の脅威にさらされ、貧困にあえいでいる。一部の裕福層を除いて雰囲気は最悪だ。いつ終わるか分からない苦痛によって、将来を悲観し、無気力になっているように感じた。

 コテルさんの商売を手伝いながらの学んだ旅は、もうすうぐ終わる。ようやく最後の目的地が見えてきた。

「魔力の操作って、難しい!」

 土がむき出しになった道を歩いているレーネは、イライラしているのか、眉をつり上げて言葉を吐き捨てた。

「焦らず、じっくり覚えてください」

 魔術を使うには、まず始めに魔力操作を覚えなければいけない。僕はその方法を教えていた。

 体内の魔力を指先に集め、空中に文字を書く。言葉にしてみれば簡単な動作も、いざやってみようとすると難しいものだ。

 数日前からずっと練習しているけど、マスターするにはもう少し時間が必要そうだ。この依頼中に身につけることはできないだろう。

「でも、もう時間が……」

 そうつぶやいたレーネの視線の先には港町ヘルセがあった。

 モンスターの侵入を防ぐ壁は半壊している。傾いた建物も見えているし、復興への道のりは長そうだ。

「これを受け取ってください」

 隣にいる彼女に羊皮紙の束を渡す。魔力操作の方法や使いたがっていた魔術の文字、意味などを簡潔にまとめてある。いわゆる魔術書の原型のようなものだ。

「良いの?」

 動かしていた足が止まり、驚いた顔をして僕を見上げている。

「約束は守る方なんだ」

 当たり前のことをしただけなので、驚かれるとは思わなかった。
 少しだけ恥ずかしくなった僕は、羊皮紙を押しつけるように渡して、視線をコテルさんの方に外した。

「ありがとう!」
「ちょ、ちょっと!?」

 目に涙をためたレーネが抱きついてきた。
 彼女を引き離す発想が出てこなかった僕は、手を上下に動かすだけで精一杯だ。

「パパ以外の人に親切にされたのは初めて! 本当にありがとう!」

 その言葉を聞いた僕は冷静になった。
 父娘だけで行商しているのだ。いろいろ苦労してきたんだろう。
 宙を漂っていた手をレーネの頭に置いて、優しくなでる。

 アミーユお嬢様と違って、髪の手入れする時間なんてない。甘い香りなんて漂ってこない。ホコリと汗の混じった匂いがした。でも僕は、そのリアルな感じがどうしようもなく愛おしい。今を必死に生きているって、思えるからだ。

「クリス君。うちの娘を誑かすのはやめてくれないか?」

 荷馬車の上で、コテルさんが苦笑いしていた。

「パパ! ち、違うの!!」

 レーネさんは両手を伸ばして、僕を突き飛ばした。顔を真っ赤にしながらコテルさんに抗議している。

 あ、荷台に乗り込んで、軽くたたき始めたぞ。

「はっはっは。冗談だ」

 コテルさんは笑いながら受け止めている。
 本当に仲の良い父娘だ。……少しだけ、羨ましい。

「指先に魔力を移動させる感覚、魔術文字の理解。僕と別れた後も訓練を続けてね。きっと使えるようになるから」
「え、う、うん。ありがとう」

 レーネさんは殴る手を止めて、どもりながらも返事をしてくれた。

 訓練を続けて適切な知識があれば、誰でも魔術が使えるようになる。だから諦めずに頑張ってほしい。それは必ずレーネの力になるはずだから。

「道草はここまでだ。さぁ行こう」

 コテルさんは馬に動くように指示を出すと、レーネさんを乗せたまま移動を始める。僕も周囲を警戒しながら、数歩遅れてその後を追った。


 港町ヘルセの中は予想通りだった。建物は崩れ、瓦礫がそこら中に散らばっている。

 荷馬車が通れる大きい道を歩いているけど、至る所に浮浪者がいて、じっと僕たちを見つめる。近寄ってこないのは僕たちが戦える人間だと感覚的に分かっているからだ。据えた匂いや焦げ臭いにおいが町中を覆っているように感じた。

 それに、この町の治安は半分崩壊している。治安を守る警邏隊は解散しているので、自分の身は自分で守るしかない。弱者だと思われたとたんに、たかられる可能性もある。レーネさんは剣を抜いて威嚇しながら歩くほどだ。

 そんな風に警戒して歩いていたおかげで、無事にハンターギルドに到着した。必要な手続きを終えると、コテルさんから依頼金をもらって今回の依頼は終了となる。

「お世話になりました」

 ギルドの外に出ると、正面に立っているコテルさんとレーネさんに別れの挨拶をする。

「こちらこそだ」
「クリス君、いろいろとありがとう。魔術が使えるように頑張るから!」
「期待しているね」

 簡単な挨拶をして、お互いに握手をすると、二人は荷馬車に乗って人混みに消えてしまった。お互いに別れを惜しむ時間はないとはいえ、数日間ずっと一緒にいたので、少し寂しい。

 でも僕もここで立ち止まる訳にはいかないか……まずは墓参りに行こうかな。

 ハンターギルドの職員から聞き出した集団墓地にへと向かう。

 目的地は、町の中心から離れた場所にある、小高い丘に数メートルほどの石が置かれている。

 墓標の代わりとして使っているのだろうけど、何も刻まれていない。枯れた花束が置かれてなければ、集団墓地だとは気づかなかっただろう。

「ここに眠っているんだね」

 僕はターニャから預かった酒を墓標にかける。

「今日は僕だけだ。でも、いつか兄さんやターニャを連れてくるよ」

 そういって膝をつき、目を閉じて、両手を合わせる。
 この世界の作法とは違うけど、僕はこの方法がしっくりくる。

 時間がかかっても真相は解き明かしてみせるから。そんな報告をしていると、誰かが近づく気配を感じ取る。

 立ち上がりながら後ろを振り返ると、ボロボロの布をまとった浮浪者が二名、ナイフをちらつかせながら歩いていた。

「一人で来るなんて良い度胸だな」
「お前、死にたくなければ有り金を出せ」

 町外れにきた途端これだ。墓参りぐらい、ゆっくりとさせてほしい。

 神聖な儀式を邪魔されてイラだった僕は、無言のまま空中に魔術文字を書く。地面から無数の光の紐が伸びると、あっという間に不審者を縛り付けた。

「なっ!」
「魔術か!?」

 引きちぎろうともがいているけど無駄だ。魔狼ですら逃げられなかったのに、人間の力でどうにかなるものではない。この場から逃げ出したいのであれば、対抗魔術を使うか効果が切れるのを待つしかない。

「……」

 こいつらは、これからも同じことを繰り返すだろう。見逃す理由はない。
 僕はもう一度、指先に魔力を宿して、手を前に出す。

「や、やめてくれ!」
「……」

 助命など聞く気はない。人を襲うのであれば、襲われる覚悟もしておくべきだったのだ。

 空中に魔術文字を書き始める。今度は、拘束ではない≪魔力弾≫だ。

「彼らを解放してもらえないか? ここは大切な人が眠る場所。血で汚れてほしくないんだ」

 頭に血が上っていた僕は、警戒が疎かになっていたみたいだ。不審者の後ろに片腕のない男が立っていた。

 髪は長く、ヒゲも伸びっぱなしだ。ぱっと見は拘束した不審者と何ら変わらない。けど彼の眼光はするどく、危険な色を帯びている。声を聞いてから、頭の中では警報音が鳴りっぱなしだ。

「その意見には同意します」

 そう言いながら腕を下ろして、拘束の魔術を解除する。
 すると僕に襲いかかろうとした不審者は、脱兎のごとく逃げ出した。

「この墓の主の関係者か?」

 逃げ出す二人は眼中にないのか、微動だにせず僕に質問をする。

「両親が眠っています」
「名は?」
「父はエトムント、母はヘーデ」

 名前を聞いた片腕の男は、目を見開き驚いていた。
 眼光は和らぎ、ピリピリとした空気が霧散する。

「あの二人の息子か……」
「両親を知っているのですか!?」
「ああ、彼らのおかげで俺は生きているんだからな」

 生きている? もしかして父さんが従軍していた部隊の生き残り!?

 とんでもない出来事に、両親が引き合わせてくれたんじゃないかと錯覚してしまうほど驚いてしまった。
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