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受け取ってくれ!

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 ハラディンにとって退屈なパーティーは進んでいく。

 主賓は遅れてくるのが一般的であるため、貴族たちは食事や酒、談笑を楽しみながら待つ。

 招待された商人や上級平民たちは話しかけるタイミングが掴めず、見えない壁に阻まれて近づけない。そもそも貴族が出席するパーティーに参加できることが異例であるため文句は言えず、エサを前に待てをされた犬のような顔をしていた。

 護衛のためとはいえ、人生でも上位に入るほど無駄な時間を一時間ほど過ごすと、ようやく主賓が訪れる。

 パーティー会場のドアが開いた。

「プルグド子爵様、パウル新男爵様のご入場です」

 案内をしていた侍女が大声で周囲に知らせた。

 視線が一気に集まる。

 最初に目をひいたのは初老の男性だ。長い白髪と深いしわが特徴的なプルグド子爵の体は鍛えられていて背筋はピンと伸ばしている。肉体的な衰えは感じられない。内包する霊力も高いため、武人として活躍していただろうことが予想できた。

 隣には二十歳ぐらいの若い男がいる。軽薄そうな顔をしていて商人たちを見ると侮蔑の表情に変わる。

 平民を同じ人間だと思っていないような態度で、だからこそ容易にドラゴン族と戦う民兵を見捨てて大陸に逃げる決断ができたのだ。

 パウル男爵は亡命して没落したが、ようやく返り咲けたと感慨にふけっていた。

「こいつは変わってないな」

 姿を見れば怒りぐらい湧き上がってくると思っていたが、意外にもハラディンは何も感じていない。恨みや憎しみが存在しないのだ。

 白色の霊力に相応しく何も持っていない。復讐に燃えるクレイアの方が、ある意味正常と言える状態だった。

「どうしたの?」

 メーデゥは首をかしげて疑問を浮かべたが、返事はない。仕方なく前を見る。入ってきた貴族の二人はパーティー会場を歩いて最奥にきていた。

 メイドからワイングラスを受け取ると、二人は振り返る。

「本日、新しい男爵が誕生したッ!」

 五年ぶりのめでたいできごとだ。プルグド子爵の言葉を聞いたパーティーの参加者は一斉に拍手をする。

 誰もが祝福の言葉を口にし、聞いたパウル男爵は笑みが深まる。

 ようやくスタートラインに戻れた。
 これから上を目指して走り続けよう。

 そういった覚悟を改めてしたのだった。

「彼はバックス港町を発展させるため、多大な寄付をしてくれている我々の仲間だ。私は歓迎するッ!」

 会場がさらなる熱気に包まれた。

 特に借金で困っている貴族たちは熱い視線を送っている。挨拶が終われば融資の話をしに行くことだろう。

 プルグド子爵はさらに盛り上げるため、次の一手を打つ。

「就任を祝うプレゼントを用意してきた! 受け取ってくれ!」

 手押しのカートを押すメイドが会場の入り口に来た。人の背丈ほどある金属製の金庫が置かれている。

 周囲の視線が集まる中、メイドはカートを押して部屋の中心で止まる。

「いったい何が入っているんですか!?」

 パウル男爵は興奮気味に聞いた。

「まあまあ、慌てるでない」

 満更でもない顔をしたプルグド子爵がゆっくりと歩き、金庫の前に立つ。

 邪魔にならないよう、メイドは一礼してパーティー会場から出て行った。

「遠い国から取り寄せたとっておきの逸品だ。みなも驚くことだろう」

 自慢げに語りながら胸ポケットから鍵を取り出した。

 ダイヤが複数付いており無駄に豪華である。虚栄心の表れでもあった。

 鍵穴に差し込むと回す。

 ガチャリと音が鳴って金庫のドアが開いた。

「…………えッ?」

 笑顔のなくなったプルグド子爵が固まった。

 本来は豪華な装飾を施された武具一式が入っているはずなのだが、別のものがあって驚いているのである。

 金庫の中からガチャガチャと音がしている。

 カチンと何か外れた音がした。

 赤い鱗に覆われた手が伸びるとプルグド子爵の頭を掴み、金庫の中へ引き込む。

「ぎゃぁぁぁぁぁッ!! いだいッ! だずけて!!」

 悲鳴を聞いてようやくパーティー会場を護衛している騎士たちが動き出した。あまりにも遅い。長い平和が続いていたこともあって危機感が薄れていたのだ。

 騎士が全員金庫に集まると、すべての窓ガラスが割れた。

 鬼の仮面を付けた集団だ。人数は十人ほど。侵入者の存在に気づいたパーティー参加者の護衛が一斉に武器を抜いた。むろん、ハラディンやメーデゥも同様である。

「ハラディン様! 金庫に捕らわれたプルグド子爵を助けて下さい!」

 ペイジが表へ出るために交渉を進めていた相手が彼だったのだ。死なれては困る。襲撃犯の捕獲よりも優先するべきことだった。

 襲撃犯はクレイアだけだと思い込んでいたハラディンは、驚きながらも状況を冷静に分析して指示を出す。

「メーデゥはこの場に残れ。襲撃者がこっちにきたら遠慮なく殺していい」

「わかった」

 未熟な少女を守るために待機させてから走り出す。霊力で身体能力を高めているため、一瞬で金庫の前で立ち止まる。

 鬼の仮面を付けた襲撃犯は他の護衛と戦っているため近くにはいない。

 全身をプルグド子爵の血で染めた魔物が金庫から出てきた。

「まさか大陸でお前と再会するとは思わなかったぞ」

 魔物は蜥蜴を二足歩行させた姿をしていて、全身が赤い鱗で覆われている。首や手首には拘束されていた後があり、無理やり押し込められていたことがわかった。

 魔物だ。しかもドラゴン族である。

 強い恨みがこもった目をハラディンに向けると、大きく口を開いた。

「グァァァアアアアアアア!!」

 咆吼が部屋の空気を震わせる。戦闘を始めていた人々の動きを数秒止める効果があった。
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