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第10話 窮屈じゃないか?

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「わかった。今は信じることにする」

 シェリーは勢いよく頭を下げた。燃えるような長い赤髪も一緒に動き、顔が隠れる。表情はわからないが、命の恩人である俺を疑ったことを反省はしているのだろう。

 敵対しても脅威にはならないので二人の態度は気にしていなかったが、素直に謝ってもらえたので気分は悪くない。許すとする。

「謝罪を受け入れよう」

 俺の言葉を聞いたシェリーは、勢いよく頭を上げた。

「それよりも体の方が気になる。大丈夫か?」

 生体部分が機械ゴーレムの素体と適合できているのか確認したい。もし体調が悪いようであれば、ナータに再検査させる必要がある。拒否反応が起きて死なれても困るからな。

「怖いぐらい体調は良いんです。本当に私の体に神様の一部が入ったんですね……」

 ニクシーが怯えながら自分の胸を触っていた。
 俺からすれば当たり前の処置をしただけなんだが、機械ゴーレムが支配する世界では畏れ多く、禁忌に触れてしまった、という感覚は抜けきれないようだ。

「あ、それ、起きたときに教えてもらったんだけど、本当なの!? 私の体が神様になったって!」

 謝罪した後だというのに俺への態度、口ぶりは変わっていないようだ。都市から追放されたことを考慮すると、シェリーが生まれ育った場所は治安が悪かったのかもしれん。

「一部ではない。二人の体は機械ゴーレム、まあ神や神兵と同じ体になった。体調が良いのであれば完全に適合できた証拠だ」

 体内は毒で全て腐りかけていたため、脳を残して他は機械ゴーレムの素体を使っている。生体がほとんど残ってないので、ひどい副作用は出るだろうが、死ぬよりかはマシだろうと割り切ってもらおう。

「もう少しすれば残っている生体部分とも馴染んで、体の性能も大きく上がっていくだろう」

 戦闘能力は俺が作ったナータよりかは劣るだろうが、キメラごときには負けない。地上にいる機械ゴーレムたちの技術力がどれほど上がっているかわからないので断言はできないが、量産型とは良い勝負をするんじゃないかな。

 ふむ。一体ぐらいなら鹵獲して研究してみるのもありだな。
 数百年進んだ文明レベルが、どれほどなものか。興味が湧いてきたぞ。

「……ジャザリー、あなたは何者なんだ?」

 地上では、人間を神兵にしてしまう存在はいなかったはず。
 俺のことを神に近しい得体の知れない何かだと、シェリーは畏れているのかもしれない。

「ちょっとだけ神に詳しい人間だ。今は二人の方が特別だぞ。お前たちのいう、神に似た存在なのだから」
「本当に、人間が神様を作れるんですね……」

 神ではなく機械ゴーレムだという説明は面倒そうだな。
 後でナータに説明させよう。

「まぁな。この世界だと、俺ぐらいしかできないだろうが」

 衝撃的な話を聞いて反応に困ってる二人を放置し、俺はナータを呼び出すことにした。
 何もない空間に向けて話しかける。

「ナータをここに連れてこい」
「かしこまりました。ナータ様を呼び出します」

 俺の音声から意図をくみ取り、リビング内に設置していたスピーカーが動作した。

 いつでもナータを呼び出せるようにと、シェルター内のいたるところに置いてあるのだ。

「声だけがした。誰かが隠れているんですか!?」

 驚いたニクシーが聞いてきた。
 文明レベルが違うせいで、いちいち騒いでしまう。
 さっさと初期教育しないと、こんな面倒が何度も発生しそうで、嫌になるな。

「この場には俺たちしかいない。今の声は気にするな」

 ばっさりと斬り捨てたら、不服そうな顔をしているシェリーが口を開く。

「気にするなと言ってもねぇ。もうちょっと丁寧に説明してくれない?」
「知りたいならナータにでも聞け。俺よりも親切だぞ」
「……わかった。ナータさんに聞いてみる」

 ようやく、俺がめんどくさがりだと理解してくれたようだな。やりたくないことを誰かにやらせたいから、魔技師になって機械ゴーレムをつくるようになった男なんだから。今後も丁寧な対応なんて期待するなよ。

「お呼びでしょうか」

 すぐにナータがリビングに来た。いつも早く動いてくれて助かる。

「これから二人に質問をするから、一緒に聞いてくれ」

 ナータに命令してから、ニクシーとシェリーを見る。

「俺たちは地上のことを何も知らない。どんな生活をしていたのか教えてくれ」
「本当に何もしらないのか?」
「そうだ。お前たちが普段、何を食べているかすら知らない」

 驚いた顔をしたシェリーだが、すぐ元に戻る。
 言いたいことはあっただろうに、全て飲み込んでくれたようだ。

「わかった。私が説明するよ」

 大人であるシェリーの方が知識は豊富だろう。彼女が答えてくれるのであれば歓迎だ。
 邪魔をせずに話を聞こう。

「私たちは生まれてすぐ、神様が人々を見守れるようにするための首輪を付けるんだ」
「どんな機能がある?」
「起きる時間、眠る時間、食事の時間、全て首輪が教えてくれるので、規則正しい生活をサポートする、大変ありがたいものだよ」

 自慢げに言っていいるシェリーが印象的だった。

 管理されるのが当たり前だと、ありがたいと感じるようになるのか。面白い。

「例えば、寝る時間が過ぎたらどうなる?」
「急に眠くなって倒れるよ。寝過ごしそうになったら首輪が大音量を流すし、それでも動き出さなければ、ピリッとする何かが流れるかな」

 時間を教えるだけでなく、強制的に行動させる機能付きとは!

 見守る、とは良くいったものだな。やはり人間を監視、管理するための道具でしかない。しかも脱走したら処分するための毒針機能つき。

 倫理的な考えを無視できる、機械ゴーレムならではの考え方だ。

「窮屈じゃないか?」
「別に。日常生活なんてそんなもんじゃない」

 生まれてから常識として埋め込まれた生活であれば、素直に受け入れられるのか。首輪をありがたがっていることとあわせて、これまた興味深い反応ではあるな。
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