上 下
43 / 46

第43話 気に入ったからです

しおりを挟む
「移動手段だと?」
「うん。スライムの上って、意外と気持ちいいらしいよ」

 まともな返答はされなかった。

 目の前にいるでかいスライムが、水で作った触手を伸ばしてくる。警戒しようと体が動いてしまったが「抵抗しないで」とプルップに言われて止まる。

 半日程度であればリスクなしで時間は戻せる。

 時空魔法に頼り切りなのは良くないが切り札としては使えるので、今回はプルップの言葉に従うのも悪くはないだろう。

「先ずは俺を上にのせてくれ」
「はーい」

 砕けた言葉なんて気にしていると、水の触手が俺の体に巻き付いた。溶解液を出している様子はない。

 体が持ち上げられて、スライムの上に置かれると解放された。

 弾力性があって気持ちが良い。ひんやりとしているところもポイントが高いな。歩き続けて火照った体にちょうどいいぞ。

「きゃぁっ」

 小さな悲鳴を上げながらナターシャが俺の隣に落ちた。

 ちょっとだけ扱いが雑なのは気のせいだろうか。

「ぷよぷよでいいですね」

 俺と違って、すぐに警戒心を解いてしまった。ナターシャは横になってしまう。

「気持ちいいです~。お兄様もどうですか?」
「遠慮しておく」

 今のところ好意的な態度を示しているが、いつ裏切るか分からない状況だ。

 魔族なんて俺たちと価値観が大きく違うので、常識なんて通用しない。今この瞬間にお仲間の魔族が襲ってきても不思議ではない。

 少なくとも俺だけは警戒を続けなければ。

「出発するね」

 上下にはねて進むと思っていたのだが、スーッと、横に移動するような移動方法だ。振動は一切なかった。

 質の悪い馬車に乗ったときのような、気分の悪さは感じない。

 悔しいが非常に快適である。

「ふんふんふーん」

 理由は分からないが、プルップは歌を口ずさむぐらいは機嫌が良い。

 罠……と考えるのは違うか。感情が純粋なので裏があるとは思えないのである。

 隣で寝そべっているナターシャは寝息を立てているし、危険な魔の森だとは思えない光景だ。

 遠くに二足歩行をする豚――オークがこちらを指さしている。醜く歪んでいる鼻を動かして臭いを嗅いでいるみたいだ。

 エサである人間がいるのは気づいているだろう。だが、スライムが怖くて近づけない。オークは立ち去ってしまう。

 不要なリスクを冒すぐらいであれば、他の動物か、もしくは果実を食べる方を選ぶ知能ぐらいはあったようだ。

 なんだか、俺一人が警戒するのも馬鹿らしくなってきたな。

 もちろん気を緩めることはないが、無駄に神経をすり減らすほどではない。この後、魔族の王との話し合いが控えているのだから。

* * *

 昼が過ぎて周囲が少し暗くなった頃。ようやく目的地に着いた。

 目の前には小さな小屋が一つある。近くには畑らしきものがあって、赤い果実が実っている。あれは酸味のあるトマトだったな。

 スライムが来たことに気づいたのか、ドアが開く。

「客か?」

 出てきたのは腰から真っ黒い羽を生やした銀髪の男――魔族の王と呼ばれているプルップの親だ。

 体は非常に引き締まっていて膨大な魔力を持っているのも変わらない。

 少し無防備な感じがするのは、自分の家だからだろうか。

 俺たちはスライムから飛び降りると真っ直ぐ見る。

「人間か。何の用だ」

 空気ががらりと変わった。

 殺意を感じ、無意識のうちに剣の柄に手をかけようとするのを止めて、瓶を取り出す。

 コアを見た瞬間、目つきが鋭くなった。

「ワレの娘に何をした」

 やば。ぶち切れた。

 先に用件を伝えるべきだったと後悔していると、プルップが話し出す。

「お父様。彼らは私がここに招待しました」
「お前が? どうしてだ?」
「気に入ったからです」

 突っ込もうと思ったのだが、ナターシャに腕をつかまれて止められてしまった。

 首を横に振っているところから、余計な口出しはするなと言いたいのだろう。

「コアだけにされ、さらに瓶に入れらたのに、か?」
「はい」
「…………いいだろう。一応、客と認めてやる」

 娘との会話を終えると魔族の王は俺を見る。

「ワレはプルップの父、シルフォンだ。先ずは名を名乗れ」
「ブラデク辺境伯の長男、マーシャル・ブラデクと、後ろにいるのが義妹のナターシャ・ブラデクです。お目にかかり光栄でございます」

 軽く頭を下げるとシルフォンは満足そうにしていた。

 下手に出たのは正解だったようだ。

「長い前置きは不要だ。要件を言え」
「プルップを解放する代わりに、人間が魔の森で暴れても我が領地へ侵略しないと約束して欲しいと思っております」
「ワレが攻撃されても一方的に我慢しろと? 脆弱なくせに傲慢な考えだ。図に乗るなッ!」

 本能が危険だとアラートを鳴らしている。それほどの怒りが魔族の王から感じ取れた。

 この反応自体は想定内ではあるが、少し危険な状況だ。

 道理の分からない存在ではないと信じ、落ち着いて対応しよう。

 一撃でナターシャが殺されないよう背に隠しつつ話を続ける。

「もしあなた方を攻撃するような愚か者がいれば、反撃しても構いません。我が領地へ逃げ込んだのであれば責任を持って捕らえましょう。問題が起きたら武力ではなく対話で解決させて欲しい。そう言ったお願いです」
「ふん。要はワレが本気で怒る前に教えて欲しいと言うことだな?」

 首を縦に振って肯定した。

「そんな約束、ワレにメリットがない。つまらん話だったな」

 くるっと背を向けて家に入ろうとする。

 このままでは引き下がれないので、何としてでもシルフォンの興味を引かなければ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

処理中です...