上 下
35 / 46

第35話 きゃぁっ! こないでっ!

しおりを挟む
 また俺は死んでしまったようだ。
 真っ暗な空間に浮かんでいる。
 肉体的な感覚はなく、意識だけが残っている。

 ふわふわと漂う感覚も二回目となれば慣れたものだ。

 意識を集中させれば、少しだけ動かせるぐらいには適応できている。

 死んだ後、ナターシャは逃げ切れただろうか。

 領地のことよりも気になって仕方がない。家よりもたった一人の存在が気になってしまうなんて、俺は貴族としては失格なのかもしれないな。

 空間を漂っていると白い球が現れた。

 欠けている部分やヒビ割れは前回と比較して変化はない。

 そのことに少しだけ安堵した。

「……――――」

 察しの悪い俺でもなんとなく正体は分かっている。

 少しだけ近づく。

 無理はしなくてもいい。

 そう言いたかったのだが、意識だけの存在では言葉として伝えられない。それが残念で仕方ない。

「――――……――」

 そうだよな。昔から諦めが悪かったもんな。俺の意見なんて一切聞かず、周囲を振り回すタイプだった。

 それが俺には新鮮に感じて、魅力的だったんだよ。

 彼女の言うことであれば何でも聞いてあげようと思うし、今までもしてきたつもりだ。

 だがな、これだけはダメだ。
 今回は仕方がないが、次回はないと思ってくれよ。

 急に強く引っ張られて落ちていく。左右をギュッと押されている感覚があって非常に窮屈だ。苦しいが耐えていると、意識が急に途切れる。

 ああ、俺はもう一度、やり直す機会を得られたんだな。

* * *

 目が覚めると外壁の上に立っていた。ゴブリンの軍団が迫っている。

 ローバーは居ないがトンケルスは隣に立っている。時間的にゴブリンマジシャンを優先して殺せと指示する直前というところか?

 どうしてこの時間に戻ってきたんだ。もっと前でも良かったのではないか? 何か理由があるのだろうか。もしそうなら教えて欲しい。

 お互いに抱え込まず、全てをさらけ出し、そこから前に進む方法を模索したいと思う。

 早く会いたいな。

「マーシャル様! ご命令をお願いします!」

 考え事をしていて動かない俺に焦っているのか、トンケルスが叫んでいる。

 確かに今は感情に浸っている時間ではない。兵たちに命令を出すか。

「弓兵に、ゴブリンマジシャンを優先して攻撃しろと伝えろ」
「かしこまりました! ゴブリンマジシャンを優先して攻撃するよう伝えます!」

 前回と全く同じやりとりをすると、トンケルスは兵に命令を伝えるために走り去っていった。

 王都へ逃げなかったナターシャは街の中にいるはず。プルップの分体も潜んでいるはずだし、すぐにでも探しに行きたいと思うのだが、状況が許してくれない。

 目が血走ったゴブリンどもは真っ直ぐにこちらへ向かってきている。

 今はまだ、同じ展開を繰り返すしかない。

 前回と全く同じ言葉で兵を鼓舞してから、タイミングを見て手を下ろし、攻撃の合図を下す。

「放てッ!!!!!」

 雨のように隙間なく、矢が一斉に飛ぶ。ゴブリンマジシャンを中心に次々と刺さり、倒れていく。

 魔物たちの移動は完全に止まった。しばらくして死体を乗り越えてたゴブリンが増えてくることだろう。

 この場から離れられない苛立ちを抑えながら時が来るのを待ち、ゆっくりと手を上げる。

「放てッ!」

 また雨のように矢が飛んでいく。ゴブリンどもは逃げることも、防ぐこともできずに倒れていく。

 兵たちの歓声を聞きながら、オーガやトレント、ビッグボアが出てくるのを眺める。

「攻撃は順調なようですな」

 ようやく待ち人が来た。

 ローバーが戻ってきたのだ。

「この場はお前に任せた。ビッグボアが外壁にたどり着く前にゴーレムを起動させろ」

 突然の命令に驚いた顔をしている。

 街の危機に、俺が指揮権を譲ろうとしているのだから当然だろう。

 だが命令はそれだけじゃない。年寄りにはもっと働いてもらう。

「それとプルップの分体が街に潜んでいる」
「本当ですか!?」
「下水道を通って侵入しているようだ。騎士を総動員して探し、消滅させろ」
「その情報、マーシャル様はどこで知ったのでしょうか?」
「説明する時間がない。今すぐ動け。俺はナターシャを探してから、プルップの討伐に参加する」
「かしこまりました」

 色んな疑問を飲み込んで、ローバーは敬礼した。俺も同じポーズをして返事すると、外壁から飛び降りる。

 落下している途中で身体能力を強化。着地してすぐに走り出す。

 向かう先はブラデク家の屋敷ではなく、ナターシャが立ち上げた商会の本部だ。俺の目を欺き、かつ匿ってくれる場所はあそこしかないからな。

 街の中を全力で走る。
 誰も外に出ていない。
 家の中に避難しているのだろう。
 邪魔がいないので俺にとっては好都合だ。

 大通りを曲がって裏道に入り、木箱を飛び越えて進む。全力を出しすぎて体に疲労は溜まっていくが足は止めない。

 目の前にある突き当たりを曲がればもうすぐたどり着く。
 そんな瞬間に――。

「きゃぁっ! こないでっ!」

 女性が飛び出してきた。腕にはスライムが作った水の触手が絡みついている。

 プルップが動き出しているのだ。

 しばらくしたら、街全体を飲み込むほどの騒動になるだろう。

 その前にナターシャと合流しなければいけない。

 平民の女を助ける余裕なんてないのだが、脳裏に滅びかけた街の映像が浮かび、体が勝手に動いてしまう。

 刀身にオーラをまとわせるとプルップの分体を斬り裂く。

 できたばかりの分体だったのか、逃げるような動作はせず、コアごと消滅させると絶命した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ネクロマンサー風太

ぺまぺ
ファンタジー
風太は高校2年、登校中に巨大怪獣が吐く炎によって焼死する。 そんな不幸な風太は異世界に転生する奇跡により生き返った。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

処理中です...