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第35話 きゃぁっ! こないでっ!
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また俺は死んでしまったようだ。
真っ暗な空間に浮かんでいる。
肉体的な感覚はなく、意識だけが残っている。
ふわふわと漂う感覚も二回目となれば慣れたものだ。
意識を集中させれば、少しだけ動かせるぐらいには適応できている。
死んだ後、ナターシャは逃げ切れただろうか。
領地のことよりも気になって仕方がない。家よりもたった一人の存在が気になってしまうなんて、俺は貴族としては失格なのかもしれないな。
空間を漂っていると白い球が現れた。
欠けている部分やヒビ割れは前回と比較して変化はない。
そのことに少しだけ安堵した。
「……――――」
察しの悪い俺でもなんとなく正体は分かっている。
少しだけ近づく。
無理はしなくてもいい。
そう言いたかったのだが、意識だけの存在では言葉として伝えられない。それが残念で仕方ない。
「――――……――」
そうだよな。昔から諦めが悪かったもんな。俺の意見なんて一切聞かず、周囲を振り回すタイプだった。
それが俺には新鮮に感じて、魅力的だったんだよ。
彼女の言うことであれば何でも聞いてあげようと思うし、今までもしてきたつもりだ。
だがな、これだけはダメだ。
今回は仕方がないが、次回はないと思ってくれよ。
急に強く引っ張られて落ちていく。左右をギュッと押されている感覚があって非常に窮屈だ。苦しいが耐えていると、意識が急に途切れる。
ああ、俺はもう一度、やり直す機会を得られたんだな。
* * *
目が覚めると外壁の上に立っていた。ゴブリンの軍団が迫っている。
ローバーは居ないがトンケルスは隣に立っている。時間的にゴブリンマジシャンを優先して殺せと指示する直前というところか?
どうしてこの時間に戻ってきたんだ。もっと前でも良かったのではないか? 何か理由があるのだろうか。もしそうなら教えて欲しい。
お互いに抱え込まず、全てをさらけ出し、そこから前に進む方法を模索したいと思う。
早く会いたいな。
「マーシャル様! ご命令をお願いします!」
考え事をしていて動かない俺に焦っているのか、トンケルスが叫んでいる。
確かに今は感情に浸っている時間ではない。兵たちに命令を出すか。
「弓兵に、ゴブリンマジシャンを優先して攻撃しろと伝えろ」
「かしこまりました! ゴブリンマジシャンを優先して攻撃するよう伝えます!」
前回と全く同じやりとりをすると、トンケルスは兵に命令を伝えるために走り去っていった。
王都へ逃げなかったナターシャは街の中にいるはず。プルップの分体も潜んでいるはずだし、すぐにでも探しに行きたいと思うのだが、状況が許してくれない。
目が血走ったゴブリンどもは真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
今はまだ、同じ展開を繰り返すしかない。
前回と全く同じ言葉で兵を鼓舞してから、タイミングを見て手を下ろし、攻撃の合図を下す。
「放てッ!!!!!」
雨のように隙間なく、矢が一斉に飛ぶ。ゴブリンマジシャンを中心に次々と刺さり、倒れていく。
魔物たちの移動は完全に止まった。しばらくして死体を乗り越えてたゴブリンが増えてくることだろう。
この場から離れられない苛立ちを抑えながら時が来るのを待ち、ゆっくりと手を上げる。
「放てッ!」
また雨のように矢が飛んでいく。ゴブリンどもは逃げることも、防ぐこともできずに倒れていく。
兵たちの歓声を聞きながら、オーガやトレント、ビッグボアが出てくるのを眺める。
「攻撃は順調なようですな」
ようやく待ち人が来た。
ローバーが戻ってきたのだ。
「この場はお前に任せた。ビッグボアが外壁にたどり着く前にゴーレムを起動させろ」
突然の命令に驚いた顔をしている。
街の危機に、俺が指揮権を譲ろうとしているのだから当然だろう。
だが命令はそれだけじゃない。年寄りにはもっと働いてもらう。
「それとプルップの分体が街に潜んでいる」
「本当ですか!?」
「下水道を通って侵入しているようだ。騎士を総動員して探し、消滅させろ」
「その情報、マーシャル様はどこで知ったのでしょうか?」
「説明する時間がない。今すぐ動け。俺はナターシャを探してから、プルップの討伐に参加する」
「かしこまりました」
色んな疑問を飲み込んで、ローバーは敬礼した。俺も同じポーズをして返事すると、外壁から飛び降りる。
落下している途中で身体能力を強化。着地してすぐに走り出す。
向かう先はブラデク家の屋敷ではなく、ナターシャが立ち上げた商会の本部だ。俺の目を欺き、かつ匿ってくれる場所はあそこしかないからな。
街の中を全力で走る。
誰も外に出ていない。
家の中に避難しているのだろう。
邪魔がいないので俺にとっては好都合だ。
大通りを曲がって裏道に入り、木箱を飛び越えて進む。全力を出しすぎて体に疲労は溜まっていくが足は止めない。
目の前にある突き当たりを曲がればもうすぐたどり着く。
そんな瞬間に――。
「きゃぁっ! こないでっ!」
女性が飛び出してきた。腕にはスライムが作った水の触手が絡みついている。
プルップが動き出しているのだ。
しばらくしたら、街全体を飲み込むほどの騒動になるだろう。
その前にナターシャと合流しなければいけない。
平民の女を助ける余裕なんてないのだが、脳裏に滅びかけた街の映像が浮かび、体が勝手に動いてしまう。
刀身にオーラをまとわせるとプルップの分体を斬り裂く。
できたばかりの分体だったのか、逃げるような動作はせず、コアごと消滅させると絶命した。
真っ暗な空間に浮かんでいる。
肉体的な感覚はなく、意識だけが残っている。
ふわふわと漂う感覚も二回目となれば慣れたものだ。
意識を集中させれば、少しだけ動かせるぐらいには適応できている。
死んだ後、ナターシャは逃げ切れただろうか。
領地のことよりも気になって仕方がない。家よりもたった一人の存在が気になってしまうなんて、俺は貴族としては失格なのかもしれないな。
空間を漂っていると白い球が現れた。
欠けている部分やヒビ割れは前回と比較して変化はない。
そのことに少しだけ安堵した。
「……――――」
察しの悪い俺でもなんとなく正体は分かっている。
少しだけ近づく。
無理はしなくてもいい。
そう言いたかったのだが、意識だけの存在では言葉として伝えられない。それが残念で仕方ない。
「――――……――」
そうだよな。昔から諦めが悪かったもんな。俺の意見なんて一切聞かず、周囲を振り回すタイプだった。
それが俺には新鮮に感じて、魅力的だったんだよ。
彼女の言うことであれば何でも聞いてあげようと思うし、今までもしてきたつもりだ。
だがな、これだけはダメだ。
今回は仕方がないが、次回はないと思ってくれよ。
急に強く引っ張られて落ちていく。左右をギュッと押されている感覚があって非常に窮屈だ。苦しいが耐えていると、意識が急に途切れる。
ああ、俺はもう一度、やり直す機会を得られたんだな。
* * *
目が覚めると外壁の上に立っていた。ゴブリンの軍団が迫っている。
ローバーは居ないがトンケルスは隣に立っている。時間的にゴブリンマジシャンを優先して殺せと指示する直前というところか?
どうしてこの時間に戻ってきたんだ。もっと前でも良かったのではないか? 何か理由があるのだろうか。もしそうなら教えて欲しい。
お互いに抱え込まず、全てをさらけ出し、そこから前に進む方法を模索したいと思う。
早く会いたいな。
「マーシャル様! ご命令をお願いします!」
考え事をしていて動かない俺に焦っているのか、トンケルスが叫んでいる。
確かに今は感情に浸っている時間ではない。兵たちに命令を出すか。
「弓兵に、ゴブリンマジシャンを優先して攻撃しろと伝えろ」
「かしこまりました! ゴブリンマジシャンを優先して攻撃するよう伝えます!」
前回と全く同じやりとりをすると、トンケルスは兵に命令を伝えるために走り去っていった。
王都へ逃げなかったナターシャは街の中にいるはず。プルップの分体も潜んでいるはずだし、すぐにでも探しに行きたいと思うのだが、状況が許してくれない。
目が血走ったゴブリンどもは真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
今はまだ、同じ展開を繰り返すしかない。
前回と全く同じ言葉で兵を鼓舞してから、タイミングを見て手を下ろし、攻撃の合図を下す。
「放てッ!!!!!」
雨のように隙間なく、矢が一斉に飛ぶ。ゴブリンマジシャンを中心に次々と刺さり、倒れていく。
魔物たちの移動は完全に止まった。しばらくして死体を乗り越えてたゴブリンが増えてくることだろう。
この場から離れられない苛立ちを抑えながら時が来るのを待ち、ゆっくりと手を上げる。
「放てッ!」
また雨のように矢が飛んでいく。ゴブリンどもは逃げることも、防ぐこともできずに倒れていく。
兵たちの歓声を聞きながら、オーガやトレント、ビッグボアが出てくるのを眺める。
「攻撃は順調なようですな」
ようやく待ち人が来た。
ローバーが戻ってきたのだ。
「この場はお前に任せた。ビッグボアが外壁にたどり着く前にゴーレムを起動させろ」
突然の命令に驚いた顔をしている。
街の危機に、俺が指揮権を譲ろうとしているのだから当然だろう。
だが命令はそれだけじゃない。年寄りにはもっと働いてもらう。
「それとプルップの分体が街に潜んでいる」
「本当ですか!?」
「下水道を通って侵入しているようだ。騎士を総動員して探し、消滅させろ」
「その情報、マーシャル様はどこで知ったのでしょうか?」
「説明する時間がない。今すぐ動け。俺はナターシャを探してから、プルップの討伐に参加する」
「かしこまりました」
色んな疑問を飲み込んで、ローバーは敬礼した。俺も同じポーズをして返事すると、外壁から飛び降りる。
落下している途中で身体能力を強化。着地してすぐに走り出す。
向かう先はブラデク家の屋敷ではなく、ナターシャが立ち上げた商会の本部だ。俺の目を欺き、かつ匿ってくれる場所はあそこしかないからな。
街の中を全力で走る。
誰も外に出ていない。
家の中に避難しているのだろう。
邪魔がいないので俺にとっては好都合だ。
大通りを曲がって裏道に入り、木箱を飛び越えて進む。全力を出しすぎて体に疲労は溜まっていくが足は止めない。
目の前にある突き当たりを曲がればもうすぐたどり着く。
そんな瞬間に――。
「きゃぁっ! こないでっ!」
女性が飛び出してきた。腕にはスライムが作った水の触手が絡みついている。
プルップが動き出しているのだ。
しばらくしたら、街全体を飲み込むほどの騒動になるだろう。
その前にナターシャと合流しなければいけない。
平民の女を助ける余裕なんてないのだが、脳裏に滅びかけた街の映像が浮かび、体が勝手に動いてしまう。
刀身にオーラをまとわせるとプルップの分体を斬り裂く。
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