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第3話 あれは演技だったのか

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「ナターシャは、それでいいのか? イケメンだと喜んでいただろ」

 前は顔が良いからという理由だけで婚約を承諾していた。時間がまき戻ったからと言って、その価値観は変わらないはず。見た目に惹かれているのは確かだろう。

「いえ。彼は私の好みではありません」

 予想とは異なり、きっぱりと否定してしまった。
 信じられず半目で睨んでしまう。

「ドルク男爵と会ったときは、あれほど喜んでいたのに?」
「殿方を立てることぐらい私にだって出来ます」
「あれは演技だったというのか」
「もちろんです。父様やお兄様を見慣れているので、ドルク男爵程度では何も感じませんよ」

 自慢ではないが、俺の家系は顔が良い。父の姉である叔母さんは、夜会で他国の公爵に一目惚れされてしまい、そのまま嫁いでしまったという逸話があるぐらいだ。

 父だって負けていない。結婚するまでの間は令嬢や貴婦人の遊び相手として指名されることも多かったらしい。俺だってパーティーに出れば女性からの誘いは多かったので、顔の良さは負けていないだろう。

 ただ危険な辺境に行きたい令嬢なんていないので、遊び相手以上の関係にはなれなかったが。

「私の婚約者になるのでしたら、お兄様以上の男でなければ嫌です」

 力強く、そしてまたきっぱりと宣言した。

 俺が知っている姿とは明らかに違う。今から数年後に魔道士として成長したナターシャお圧力を感じるのだ。人が変わったように思えてしまう。

「ドルク男爵との婚約を逃したら、しばらく結婚は出来ないぞ。お前はそれでもいいのか?」

 ナターシャは今年で十六になる。この歳で婚約者がいないと、他の令嬢たちから陰口をたたかれてしまうことだろう。さらに男の方だって、何か問題を抱えているのではないかと疑い、婚約をためらってしまう。

「かまいません。私はお二人を信じておりますから」

 嫁ぎ先が見つからない場合、年老いた貴族の後妻として無理やり結婚させられるケースもあるのだが、父が生きている限りは大丈夫だろう。俺が跡を継いだとしても、そんなことはさせない。

 ナターシャは臣下たちにも愛されているので、仮に俺たちが死んでも強引に結婚させることはないだろう。

「本当に良いのか? もしかしたら、一生独身かもしれないぞ?」
「お兄様との約束の件もあるので、結婚については心配しないでください」
「どういうことだ?」

 二人の視線が俺に集まった。

 約束と言われても思い浮かぶことは、国に報告していない隠し鉱山からとびきり大きい金塊を見つけたらプレゼントする、ぐらいしかないぞ。まさか金と婚姻に関係があるとは思えないので、何を言っているのか本当にわからない。

「ナターシャ?」

 肯定や否定はせずに名前を呼んだ。
 相手の出方をうかがったのだ。

「覚えてないんですね。でも、いいんです。いつか思い出してもらいますから」

 俺は何を忘れているのだろうか。必死に記憶を漁ってみるが、何も出てこない。もしかしたら子供の頃に何か約束をしたのかもしれないが忘れてしまっている。

 ニコニコと機嫌良さそうな笑みを浮かべているナターシャに聞いたところで、答えてはくれないだろう。時間をかけてでも思い出すしかなさそうであった。

「決意は固いようだな」
「申し訳ございません。お父様」

 なんとナターシャが軽く頭を下げた。

 今まで謝ることを知らなかったのに。

 もしかして俺と同じく過去に戻ったのかとも思ったが、婚約を断ろうとしているところから違うだろう。あのときのナターシャは本当にストークを愛しているように見えたからだ。感情が変わっているのであれば別人と言われた方が納得できる。

「謝る必要はない。愛する娘の結婚相手を決める話だ。慎重に進めることに越したことはないだろう」

 貴族としては珍しく政略結婚をよしとしない父は、ナターシャの意思を尊重させた。双方に恋愛感情があれば相手が平民の男でも許すはずだ。

 むろん、教育されてない平民では辺境伯の一員として動くことは不可能。貴族らしい生活はさせるが、領内のことに口を出させることはないだろう。

 それでも一般的に見れば、非常に温情ある対応と言える。

「ドルク男爵には検討すると回答し、裏で調査を進めるとするか」

 当主として結論を出したのであれば、結果が覆ることはない。
 婚約の話はいったん止まって調査が入る。

 ブラデンク家に使えている臣下たち脳筋傾向があるので、調査周りは二我ではあるが、借金があると分かっている前提で調べれば、男爵ごときでは隠しきれないだろう。

 もし逃げ切りそうになったら俺が決定的な情報を提供すれば解決する。心配は無用だ。

「あがとうございます」

 食事は半分しか終わってないのだが、お礼を言ったナターシャが席を立った。

 小食なところは変わってないな。

「もっと食べなくても良いのか?」
「朝からお腹いっぱいになってしまうと、しばらく動けなくなってしまうんです。お許しいただけませんか」

 手を合わせて父に甘えるようお願いした。
 目が潤んでいるし、これじゃ断れないだろう。

「そ、それなら仕方がないな」
「ありがとうございます」

 スカートの両端をつまんで挨拶すると、ナターシャは食堂から出て行ってしまう。

 あざといが憎めない性格をしているのは、変わってないなと感じたのであった。
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