上 下
106 / 106

怪我の確認をしたくてな

しおりを挟む
 リュウールから助けられた俺は自らの足で走っている。

 戦闘のダメージを回復させるため、どこか安全なところで休みたい。

 魔法陣があった場所に戻りたいのだが、俺たちが暴れたことで数え切れないほどの汚染獣が集まっている。戦うのは無謀だ。一息つけるような場所を探している。

 木に目印をつけながら未開拓の樹海を進み、汚染獣を見かけたら距離をとって隠れ、殺意を押し込めてやり過ごす。

 どのぐらいの時間移動したのかわからないが、大木が見えてきた。根の部分には巨大な洞があって二人分なら身を隠せそうである。

「あそこで休もう」
「え、はい……」

 慣れない汚染獣との戦闘と緊張が続く逃亡によって疲労が蓄積したようで、リュウールは意識がもうろうとしているようだ。一人で歩くことすら難しいみたいなので、肩を貸しながら歩いて洞の近くで座らせる。周囲に敵はいない。

 木は汚染物質をたっぷりと含んでいるようで、枝葉まで真っ黒だ。非常に濃い瘴気の中だと植物は枯れてしまうのだが、どうして変色するぐらいで済んでいるのだろう。

 洞の中を覗くと濃厚な汚染された空気が溜まっていたので浄化する。極小の汚染獣もいた気はするが、すでに消滅しているので確かめる術はない。

 中は意外と広くて一人だけなら体は横にできそうだ。

 気絶してしまったリュウールを引きずるようにして洞の中へ入れて隠すと、近くに落ちている枝と葉を使って入り口を隠し、俺も中へ入る。これでしばらくは安全を確保できたと思って良いだろう。

 少し警戒を解いて地面に座るとひんやりとしていた。湿っていて不快感はあるが贅沢は言っていられない。じっと動かないようにして体力を温存しつつ、葉の隙間から外の様子をうかがう。

 汚染獣の姿はない。基本的にアイツらは体が大きいから、カモフラージュさえできてしまえば気づかれる可能性は低い。放出している光属性の魔力も洞の中に限定しているから魔力漏れによって察知される危険はないだろう。

「ふぅ……まったくどうなっているんだよ」

 修行の洞窟から樹海に行けるなんて話は聞いたことがない。少なくとも前回はそんなことなく、秘薬を飲みながら空気を浄化し続ける訓練だけを続けていた。

 最近できた魔法陣なのだろうか。勇者を養成する場所と危険な樹海を繋げるメリットなんてない……いや、違う。やりそうな存在に心当たりがある。

 特殊な汚染獣どもだ。

 メルベルは元々トラウマがあり、寄生型は俺が撃退したこともあって勇者という存在が邪魔だと思われて対応されても不思議じゃない。もしこの考えがあっているなら次の一手は――。

「うっっ、んっ」

 声がしたので起きたかと思いリュウールを見ると、汗を流しながら苦しそうな表情を浮かべていた。

 怪我はしてなかったはずだが、見落としがあったのだろうか。

 徹底的に調べるため鎧を外して上着を脱がそうとする。

 ぷるん。

 胸に二つの柔らかい山があった。

 下着に包まれているそれは、手を伸ばせば触れるほど近い。

 ゴクリとつばを飲み込む。

「お前、女だったのかよ……」

 鎧で胸を潰して隠していたようだ。思い返せば無理して男っぽく振る舞っていたようにも見えたので、正体を知って驚いたがどこかで納得もしていた。

「う、ううん」

 やばい! 目を覚ましそうだ!

 客観的に見たら女性を襲う変態野郎でしかないので、慎重になりながらも急いで上着を戻して横にさせる。何事もなかったかのように外を監視する業務に戻った。

 しばらくして背後から人の動く音が聞こえたので振り返る。

「おはよう。疲れは取れたか?」
「今すぐにでも汚染獣と戦えるほど元気になった。迷惑かけたな」
「気にするなお互い様だろ」
「そう言ってもらえると助か…………る?」

 会話の最中に胸が楽になっていると気づいたのだろう。リュウールの視線が下がって動きが止まった。

「ねぇ、見た?」
「怪我の確認をしたくてな」
「ふーん……触ったでしょ」
「誓って、そんなことはしてない!」

 疑わしそうな目で見られてしまったが、すぐ俺の言葉を信じてくれたようだ。

 小さくため息を吐いて力を抜いた。

「ポルンなら、もし触ってても許してあげる」

 完全には信じてないのかよ!

「マジで触ってないからな」
「うん。わかってるって」

 くすっと笑われてしまった。どうやらからかわれていたようだ。

「私の性別は秘密にしてくれない?」
「理由は……聞かない方が良いか」
「そうしてもらえると助かるかな」

 命の恩人だろと言えば教えてくれそうな気もするが、女性の秘密をむやみに暴くべきじゃない。長い付き合いにはならないだろうし、知ってしまったら厄介事に巻き込まれてしまう。気軽な関係でいたいので今は引くことに決めた。

「わかった。理由は聞かないし性別のことは黙っておく」
「ありがと」

 男っぽく振る舞う必要がなくなったからか、柔らかい表情に見蕩れてしまった。リュウールが娼婦だったなら指名していただろうなんて、バカな想像をしてしまったほどである。男とは救いのない生き物だな。

 知り合いに対して失礼なことをしてしまったと反省しながらも、顔を見ていると気まずいので、視線を再び外へ向ける。

 葉の隙間から見える景色は変わっていない。平和である。

「汚染獣は近くにいる?」
「今は大丈夫だ。安心していいぞ」
「そっか。なら、これからどうするか話さない?」

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

kiyomi
2024.03.24 kiyomi

主人公の設定面白いですね!それでも周りを放っておかない性格、尊敬します。題名で読み出して一気でした。今後もとても楽しみにしています。御自愛なさって更新宜しくお願いします。

わんた
2024.03.24 わんた

大変はげみになる感想ありがとうございます!
引き続き楽しんでもらえると嬉しいです!

解除
キンドル・ファイバー

この村の食いもん全部不味いの草
汚染された地域でも育つような植物は、やっぱり不味いんですかねぇ…?
多分こんな状態じゃ行商人とかも来なくて食品を仕入れるとかも厳しそうですしなぁ。

わんた
2024.03.22 わんた

汚染された地域ででも生えている植物は不味いものばかりでした……。

おっしゃるとおり商人も寄りつかないので、早く解決しないと村が滅びるかなと思います!

解除
A.N.
2024.03.16 A.N.

女遊びをしたい元勇者というのが面白いですね(^^)

わんた
2024.03.16 わんた

ありがとうございます!
引き続き楽しんでもらえると嬉しいです!

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。