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事情があるんだよ

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 村長と別れて来客用のみすぼらしい家で一晩を過ごした。

 歓迎会を開催すると誘われたのだが、俺はそういった気分にはなれず断っている。多少印象は悪くなっただろうが、夜遅くまで笑い、歌う声が聞こえていたので大きな影響はなかっただろう。付き合いの悪いやつと思われただけだ。

 朝になると村長から受け取った秘薬の瓶と食料を詰め込んだ背負い袋をかつぎ、短槍を手に持つ。重くなるので防具は家に置いていく予定だ。水は現地で手に入るのでコップを一つだけ持っていく。

 家を出ると周囲は薄暗かった。

 人によっては、まだ夜だと言う時間帯だ。

 道を歩いて村の中心につくと食い散らかした食べ物がそこら辺に転がっていた。他にも食器、焚き火の跡があって、歓迎会は非常に盛り上がったことがわかる。祝うべき本人が不在であっても、楽しみに飢えている村人からすれば関係ないのだろう。

 地面に転がっている物を踏まないように歩きながら村を出ると山を少し登る。

 しばらくして崖が見えてきて、一部にぽっかりと穴が空いていた。あそこが修行の洞窟だ。

 許可は出ているので遠慮なく中に入ると真っ暗で薄らと瘴気が漂っていたので、光の球を出現させて明かりを確保させてから秘薬を飲み、周囲の浄化を始める。

「淀んだ空気も変わってないな」

 かび臭いし息が詰まるような閉塞感は、どこか懐かしい。戻ってきたんだなぁと実感した。

 地面は岩で濡れている。滑って転倒すれば怪我をするだろう。あせらずゆっくり、洞窟の奥へ進んでいくと瘴気が濃くなってきた。浄化の力を強めていく。

 道は入り組んでいるが覚えているので、迷うことなく最深部についた。

 目の前に骨の山がある。あれは汚染獣のものだ。

 浄化せずに殺せた場合は死骸が残ってしまうのである。例え骨だけになっても瘴気は放ち続けるため、どうしても浄化しきれない場合は、各地から持ち込まれて修行の洞窟へ破棄されることもある。

「前に来たより増えているな」

 骨の山が大きくなっているので、強力な汚染獣が何匹も出てきたのだろう。俺なら消滅させることもできるだろうが、それはしない。

 ここで光属性の魔力を放ちながら空気を浄化させ続けることで適性が鍛えられていくのだ。イメージとして筋トレに近いが、唯一の違いは休息をしてはいけないということ。常に使い続け、限界を越えるまで光属性の魔力を放たなければ効果はない。魔力を使いすぎて気絶しそうになったら、少し休んで秘薬を飲み、また浄化を続ける。寝ている間も光属性の魔力を放出できるようになれば一人前だ。

 この生活を一カ月ぐらい続ける予定であった。

 今はやることが何もないので、背負い袋を地面に置いて槍を構える。

 突き、払いを繰り返しながら、回避のステップを踏んで、覚えた基礎の型を確かめている。

 接近戦の技術を少しでも高めたいと思っているのだが、俺には才能というのが欠けているようでヴァリィには一度も勝てたことはない。こんな事をしても気休め程度の意味しかないのは痛いほど分かっているが、それでもやらないよりかはマシだろうと思って訓練は続けている。

 何度も型を確かめて体が温まり、汗が浮き出てきた。腕や腰、足の筋肉も疲労しているようで、じんわりと重くなっている。

 体が温まってきた。そろそろ本格的に――。

「誰だ?」

 人の気配がしたので声を出しながら振り返ると、中性的な顔立ちをした男が立っていた。髪が長く一本に縛っている。腰には剣がぶら下がっていて薄汚れた服を着ていた。近くに光の球があるので彼も光属性の魔力を保有しているのだろう。

 そういえば修行中が一人いると言っていたな。

「勇者候補のリュウールだ。君は?」
「元勇者のポルン」

 リュウールの眉が少し上がって、警戒心が高まったように感じる。元って所が気になったんだろう。

「適性を上げるために再びここへ来た。邪魔をするつもりはないから攻撃だけはしないでくれよ」
「勇者じゃなくなったのに? 大人しく隠居しないのか?」
「事情があるんだよ」
「ふうん。事情ねぇ」

 頭から足下までじっくり見られてしまっているが、俺は後ろめたいことなんてないので堂々と立っておく。

「……俺の邪魔をしなければかまわない」

 少し警戒を緩めてくれたようで、リュウールは俺から離れた場所で地面に腰を下ろした。

 よく見ると整った顔立ちをしている。体の線が細いのでカッコイイというよりも綺麗だと感じた。

「何か?」

 観察していたことに気づかれたようだ。俺を睨んでいる。

「いや……なんでもない」
「何でもないなら人をジロジロと見ないでくれ」
「すまない」

 今回は全面的に悪いので軽く謝ると、背負い袋からコップを取り出して近くに流れている川の水をくんで、浄化してから飲む。

 煮沸させなくても体に害はないので気軽に使えて便利ではあるのだが、温くてマズイ。

 コップを背負い袋に戻すと槍の訓練を再開する。

 リュウールはじっと俺を見ているだけで、動こうとしなかった。

 何を考えているのかわからないので居心地が悪い。しばらくは修行の洞窟で過ごすことになるんだろうし、もう少しコミュニケーションは取っておくか。

「人をジロジロ見るのは失礼じゃないのか?」
「そうだな。悪かった」

 反発されると思ったのだが謝られてしまった。意外と素直な男みたいだ。

「言うほど気にしてない」
「なんだよ。謝って損した」
「いいじゃないか。それより剣は使えるのか?」
「もちろん」

 腰に着けた剣を軽く叩いて自信ありげに答えた。

「だったら模擬戦をしよう」
「急な提案だが嫌いじゃない。暇してたんだ。その話、乗った」

 簡単に釣れた。ちょろい男だ。

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