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汚染獣との戦いを止めろと言いたいのか?

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「成長した己を見せに来たわけじゃないだろ?」
「修行の洞窟を使いたい」
「そうだと思ったよ。巫女様の許可が必要じゃ。案内してやる。ついてくるんだよ」
「わるいな。頼む」

 村に来た目的が汚染獣討伐に関係する話だったので呆れた顔をされてしまったが、何も言われなかった。

 曲がった背を見せると村長が歩き出したので、速度をあわせて後を追う。

 村の中は俺の記憶と変わっていない。川での洗濯、畑仕事に精を出す男、共同で管理している家畜たち。どれも見たことがある光景だ。知り合いが歳を取ってなければ、ここだけ時間が止まっていると錯覚していただろう。

 山を囲っている壁のおかげで魔物の被害はほとんどなく、村は平和だ。こんな田舎は誰も攻めてこないので、一度も大きい被害を受けたことはない。それが村人たちの自慢でもあるようだった。

「ポルンは修行の洞窟を使うつもりだろうから先に伝えておくよ。実は先客がいる」
「珍しいな。そいつは勇者候補なのか?」
「うむ」

 修行の洞窟はこの山にあり、光属性の適性をあげられる唯一の場所だ。勇者候補になったら一度は訪れることになっているので、誰かがいても不思議ではない。

 当然、そのような場所が独立しているはずもなく、光教会が主体となって運用し、各国から金銭的な支援をしてもらっている。

 勇者候補は光属性の適性を限界まで引き上げてから村を出るのが一般的だが、少しでも早く汚染獣を倒したかった俺は、勇者と呼ばれるのに相応しい力を得たらすぐに飛び出してしまい、最大まで引き上げていない。だから戻ってきたのである。

「瘴気が蔓延している修行の洞窟に入ってどのぐらい経つ?」
「すでに一か月は籠もっているよ」

 常に光属性を放出して浄化を続けながら、村に伝わる秘薬を飲み続ける。

 これが勇者になるための鍛錬、光属性の適性を上げる方法だ。

 ランタンの頼りない光だけで孤独に過ごすことになるから精神面も鍛えられる。たった一人でも汚染獣を倒すという根性までできあがるのだから、非常に効率が良い修行だと俺の中では好評だ。きっと他の勇者候補も同じ気持ちだろう。

「修行しているヤツはプルドという名前か?」
「違うね。そういった名前の男は村に着たことない。滞在しているのはリュウールという名前だよ」

 するとあの国は、村で修行させずに勇者と名乗らせたのか。汚染獣とまともに戦えなかった理由がわかった。

 光属性を持ってしまったが故に政治利用される、か。
 哀れな男だな。

 俺を自由にさせてくれたことには感謝しているし、プルドには少しだけ同情してやる。

「リュウールはどこの国の人間だ?」
「さぁね。興味ないから聞いてない。汚染獣を倒す人間であれば、どんな国に所属していても我々は歓迎するよ」

 光属性に適性さえあれば、地位、人格、資産、その他諸々どうでもいい。それがこの村のスタンスだ。非常に俺好みで、だからこそ村人たちとは気があう。

 修行中は楽しい日々を過ごしていた。

「相変わらずだな」
「おぬしと一緒だよ。長く続いた恨みは消えない」
「まあ、否定はしない」

 故郷が汚染獣によって滅ぼされてから復讐のためだけに生きてきた。村長の言うことは当然だと理解できる。

 しかし一方で、俺が抱えている憎しみのせいで仲間を巻き添えにして良いのかという疑問は残る。

 大切な人を不幸にさせてまで戦うべきなのだろうか?

 この問いの答えは既に出ている。

 俺の身勝手な行動に巻き込まれる人なんて存在しちゃいけない。 

 恨み、憎しみはすべて個人的なもの。一人で抱え込まなければならない。だから勇者をクビになったチャンスを使って仲間から離れたんだ。

 女遊びを堪能した後、戦いの果てに死ぬのは俺だけで充分である。

「少し変わったかい?」
「月日が経てば少なからず変わるもんだろう」
「それが若さかねぇ……」

 空を見上げた村長は、なんだか嬉しそうな声でつぶやいた。

 もう自分は変われないと諦めているよう感じられ、それが嫌だった。

「年齢なんて関係ないと思うぞ。変わろうと思えば今この瞬間から変われる」
「歳を取るとそんな気力すら湧かなくなるもんだよ。ポルンはまだ若いんだ。私みたいに、憎しみだけの人生を送るんじゃないぞ」
「……それは、汚染獣との戦いを止めろと言いたいのか?」
「道は一つしかないと思い込んで後悔するんじゃない。そう言いたいだけじゃ。どんな答えを出すかは、ポルンの好きにせい」

 近い将来、俺が樹海に突っ込み、汚染獣どもと戦うつもりだと気づいているような発言だった。

「年長者からのアドバイスだと思って受け取っておく」
「精々、後悔しない人生を送りなよ」

 それは難しいだろう、とまでは言わなかった。

 できるかどうかじゃなく、後悔しないと信じて進むべきだと思ったからだ。

 お互いに話すことがなくなったので黙って歩いていると、巫女が住んでいる小さな正方形の家が見えてきた。すべて木製で作られていて屋根は黒く、柱に使われている木は赤い。壁はもともと白かったが、汚れて灰色になっていた。正面にはドアが一つだけ。窓はない。家ではなく牢獄のように思えた。

 家の前に着くと村長は膝をついて頭を下げる。

「巫女様、ポルン卒業生を連れてまいりました」

 返事はない。

 風で揺れる木々の音だけが聞こえる。

 生ぬるい空気が不快だった。

 村長は体勢を崩すことなく待っていると、しばらくしてドアは開くが、誰もいない。声だけ聞こえてくる。

「中へ」
「かしこまりました」

 立ち上がろうとした村長がよろめいたので、とっさに掴んで体を支える。

「助かったよ。最近は足腰が弱くなってねぇ」
「一緒に行くぞ」

 嫌そうな顔をされたが村長を抱きかかえる。想像していた以上に軽い。肌は乾燥していて枯れ木のようだ。

 落とさないようにゆっくりと歩いて、巫女が住む家の中へ入ることにした。


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