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なに……これ……(ヴァリィ視点)

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 汚染獣の一部である溶けかけた肉を斬り裂き、瘴気に耐えながら村長の家までたどり着いた。

 早めに避難できたみたいで村人は全員生きている。兵はケガをしていたみたいだけどトエーリエの回復魔法によって完治している。テレサは部屋の隅で横になっていて気を失っていた。

 光属性の矢が放てる魔道具を使いすぎて魔力切れになったみたい。

 絶望的な状況に見えるけど、まだ希望は残っている。

 汚染獣の一部である溶けかけている肉は非常に脆く、光属性を付与した矢を地面に突き立てるだけで近寄ってこなかった。数が多くて包囲から抜け出すことは難しいけど時間は稼げる。

「どうして汚染獣がこんなところに……」

 村人たちは絶望したような顔をしていた。今から勇者の派遣を依頼しても到着が間に合わないと知っているからだ。

 汚染獣が現れたら、勇者が到着するまで犠牲は発生し続ける。

 最初に遭遇した私たちは、死が確定していた。

 ポルン様がいなければね。

「外へ出て肉を斬ってくる」
「この家にいたほうが良いと思うけど?」

 トエーリエは心配そうな顔をしていた。

「私が囮になった方が時間は稼げるよ」

 斬っても分裂するから倒せないので数は減らせないけど、知能が低いから場所は誘導できる。できるだけ多くの汚染獣を引きつけて村長の家から離せば、全体の生存率は高まるはず。

「……もう決めたのよね?」

 こくりとうなずく。

「死なないでね」
「善処するよ」

 最後になるかもしれない言葉を交わすと村長の家を出る。

 目の前には無数の溶けかけた肉がうごめいていた。おぞましい。下手すれば、あれに飲み込まれていたと思ったら体が震えてくる。

 テレサを村の防衛に回してくれたポルン様に感謝していた。

「先ずは叩き潰そうか」

 刀身に魔力を流し込んで巨大なハンマーを作り出すと地面に叩きつける。べちゃと嫌な音がして多くの溶けかけた肉が潰れた。

 すぐさま走り出す。攻撃を受けた肉は再生のため動いていないが、無事だった個体が飛びついてきた。

 魔力で刀身を覆い巨大化させると、まとめて斬り払う。防御力は無いので両断できたけど小さな肉になって、また跳躍して襲ってくる。

 諦めずに何度も剣を振るいながら走り続けると、多くの溶けかけた肉を引き連れて村を出た。

「なに……これ……」

 目の前に絶望が広がっていた。

 土壌が汚染されて収穫前の麦は枯れて地平線まで見えるようになり、万を越えるほどの溶けかけた肉の姿がある。

 私の認識は甘かった。囮なんて意味はない。個人が奮闘してもすべてが無駄。飲み込まれて終わってしまう。

 あまりの衝撃で足を止めてしまっていたため、背中や足に溶けかけた肉が張り付く。鎧が汚染されると腐り落ちていく。

「私を簡単に食えると思うなっ!」

 剣を振るって近づいている敵を斬り、体に張り付いた溶けかけた肉は手で引き離して投げる。指が汚染されて黒く変色したけど、まだ動く。

 囮の価値はなくなってしまったけど、汚染獣ごときに無抵抗で殺されるなんてプライドが許さない。体が動くのなら殺し続ける!

「うりゃぁぁああああ!」

 叫びながら剣を振るい続ける。

 きっと百は超えていると思うけど、何匹斬ったのか覚えてない。必死に動き続けているので時間の経過は曖昧で、でも確実に瘴気によって体が汚染され終わりは近づいている。それでも心は折れない。諦めずに溶けかけた肉どもを斬り、叩き、潰す。

 思考は放棄して戦い続け……ついにその時が来た。

「ガハッ」

 魔力が切れそうになって膝をついてしまった。血を吐き出し、目がかすむ。手足の肌は黒く変色していて汚染の中期状態だ。しばらくすれば末期となって腐り落ちる。

 もう体は動かない。

 溶けた肉が体をよじ登ってきた。服の中にも入ってきて肌を直接汚染していく。

 成人してからは汚染獣と戦う日々だったけど、人々の役に立てている実感があって悪くはなかった。もしもう一度、人として生まれ変わることができるなら、またポルン様と出会って冒険がしたいな。

 そしたら今度こそ、トエーリエやベラトリックスになんか遠慮せず、もっとアプローチして気持ちに気づいてもらうんだ。

「ポルン様、先に逝きます」

 訪れることのない未来を描きながら、姿勢が保てなくなって仰向けに倒れる……と思ってたんだけど、誰かに抱きしめられた。

「まだ死ぬんじゃない」

 聞き慣れた声だ。

 死ぬ直前でも貴方のことを考えていたので、夢でも見ているのかな。

「汚染獣ごときが仲間を……許さない」

 温かい光に包まれた。浄化の力が働いているようで汚染された体が戻っていく。

 ぼやけていた視界が正常になり消えていく汚染獣の一部と、ポルン様の姿が見えた。

「本物……ですか?」
「俺の偽物なんていないよ。間違いなく本物だ」

 私を安心させるために優しい笑みを浮かべていた。

 胸が高鳴る。これで何度目だろうか。数え切れないほど惚れ直している。

「すべて浄化できた。トエーリエに頼んで傷を回復すれば元に戻るぞ」
「うん……」

 顔が赤くなっているのを知られたくないので胸に顔を埋めた。

 絶望的な状況を覆し、私に戦う勇気をくれるポルン様は、やっぱり理想の勇者様だ。すべてを捨てて付いていきたい。改めて心からそう思った。

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