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殺すな

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「誰が指示した?」
「俺が仲間を集めて乗っ取ったと言ったら信じてくれるか?」
「できるわけないだろ」

 ヴォルデンク家だってバカじゃない。盗掘を警戒してルビー鉱山の存在は明かしても詳細な場所までは公開してなかった。最重要機密だ。

 知っているのはごく一部の家臣のみ。情報は漏洩していたから他貴族にはバレてしまったが、個人は入手できない。一般人がルビー鉱山の場所を特定して、戦力を集めたなんて信じられるわけはなかった。

「だよなぁ。俺もそう思う」

 ニヤリと嗤い、こちらを挑発するような目で見てきた。

 仲間を瞬殺した相手に自殺行為だ。ただの強がりとも思えるが違和感だけは残る。

 罠か? それとも何も考えてないだけか?

 結論は出ない。予定は変更だ。動けないようにしてから情報を搾り取ろう。

 一足で近づき槍を突き出すと、敵の男は『シールド』の魔法で防いだ。範囲は前面のみ。ベラトリックスが床の土を固めて『アースニードル』を数十本生み出すと放つ。途中で左右に分かれて防御魔法をすり抜けようとしたが、男が新たに『シールド』を発生させて防いでしまった。

 上手い。

 決して強くはないが戦いになれている。しかも粘り強く生きる方面で。

「ポルンさん……」
「大丈夫だ」

 不安そうな声でアイラがつぶやいたので安心させるために言うと、腰をひねり力を溜める。

 身体能力強化を高めながら槍にも魔力を通す。

 必殺の一撃というのを喰らわせてやろう。

「貫く」

 声を発すると同時に力を解放して槍を突き出し、『シールド』に衝突する直前で穂先から魔力を放出してランスのような形を作る。貫通力を高めるために回転させる。男を守る半透明な壁をガリガリと音を立てながら突き進み、数秒拮抗すると破壊した。

「なにッ!?」

 よほど魔法に自信があったのだろう。男は驚愕の声を上げて回避が遅れる。直撃こそしなかったが肩をえぐり右腕が宙を舞う。痛みによって集中力が途切れたようで、防御魔法はすべて解除された。この隙を見逃すほどベラトリックスは優しい女じゃない。

『アースニードル』

 すぐさま土で作られた大きい針を作り出し、放った。速度を優先したため二本しかないが、男の足と腹に突き刺さる。貫通こそしなかったが血は流れ出ていることから、防具を突破してダメージは与えられたようだ。

 瀕死の重傷を負っているというのに男は絶望していない。

 脂汗を浮かべながらも笑顔を作り、腰にあるポシェットからマスクを取り出して口に付けた。

 それと同時に背後から慣れ親しんだ気配――瘴気を感じる。

 正体に悩むまでもない。近くに汚染獣がいるのだ。

 周囲を見る。どこにもいない。

 だが瘴気ははっきりと感じる。絶対、近くに居るはずなのだ。警戒しながら必死に周囲を探す。

「……ッ!?」

 先に倒した男二人の口から溶けかけた肉がうごめきながら出てきたので、驚きのあまり叫びそうになってしまった。

 極小の汚染獣を体内に入れて瘴気を隠していたのか!?

 誰が、どうやって、と思考している間に、また別の所から瘴気が漂ってきた。

 ペチャ、ペチャ、ペチャ。

 不快な粘着性のある液体の音がする。振り返ってアイラの隣に立ち部屋のドアを見る。

「本気で殺しに来るのが遅かったな! お前たちは何も出来ず、苦しんで死ね!」

 俺が汚染獣を探している間に回復用のポーションを飲んだようで、男の出血は完全に止まっていた。

 ベラトリックスが止めを刺そうと魔法を発動させる。

「そいつには聞きたいことが増えた。殺すな」
「わかりました」

 瘴気を発生させる存在は汚染獣しかいない。

 どうして男を助けるようなタイミングでルビー鉱山に来た? 肉体に隠す方法は?

 疑問は増える一方だ。

 あのマスクが瘴気を中和する魔道具だとすれば、今回の登場は偶然ではないだろう。計画的なもので、男なら何か知っているはずだ。

 すべてが終わった後に聞き出してやる。

「息が苦しい……」

 護衛として連れてきた兵の二人が膝をついた。瘴気に耐えられなかったようである。

 まだアイラは顔色が悪いぐらいで済んでいるので、一般よりも耐性は高いみたいだった。

 すぐに光属性で浄化しても良いのだが、敵戦力の底が見えない。他に切り札があるかもしれないのでギリギリまで様子を見たい。

「兵が倒れた? これは何が起こっているのですか?」
「ふはは! この俺が教えてやる」

 思った通りにアイラが動揺しているのが面白いのだろう。男の口が軽くなった。

「汚染獣だよ。魔道具のないお前たちじゃ、瘴気に耐えられず死ぬだけだ」
「魔力が切れれば、お前だって無事では済まない。食い殺されるぞ」

 マスクで瘴気に耐えられたとしても魔力が尽きれば終わりだし、その前に汚染獣が襲ってくるので殺される。

 どんな方法を使ったか分からないが呼び出しても安全ではないのだ。普通なら逃げる準備を始める。

 しかし男はそんな素振りを見せない。余裕が感じられる。自分だけは生き残れるといった類いの自信があるように見えた。

「俺はそんな間抜けじゃない。死ぬのはお前たちだけだ」

 呼び寄せただけじゃなく、汚染獣をコントロールできるのか?

 そんな話、勇者時代に聞いたことないぞ。

 あり得ないと即座に思ってしまったが、目の前の現実が否定する。

 ドアから肉がドロドロに溶けた肉塊の汚染獣が現れたのだ。形は人に近いが頭はない。歩く度に肉が地面に落ちて周囲を汚染していく。さらに体内で腐った肉を作り出しているようで尽きることはなさそうだ。

 見間違う事なんてない。あれは極小の汚染獣だ。

 一人でも殺しきれるほど弱いだろうが、この場合、強さは問題じゃない。

 バドロフ子爵の手下に人類の裏切り者がいる。

 それが確定したのだ。

 許せることではない。なんとしてでも情報を手にれなければ。

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